2024年8月29日木曜日

転職者が前職の営業秘密を持ち込んだ刑事事件

自社への転職者が前職の営業秘密を不正に持ち込んだ刑事事件のリストです。なお、このリストに挙げた転職に伴う営業秘密の刑事事件は、一部であり、実際にはより多くの事件があります。
先日、兼松から双日への転職者が双日へ不正に営業秘密を持ち込んだ刑事事件の地裁判決が出ました(上記リストの一番上の事件)。懲役2年(執行猶予4年)、罰金100万円という有罪判決です。この判決は、被害企業にとって大きな損害が発生していない場合における他の刑事事件と同様と思われます。
なお、双日は転職者が持ち込んだ兼松の営業秘密を不正使用した様子はなく、双日は刑事告訴されていません。しかしながら、双日は警察によって家宅捜索を受けており、従業員は事情を聴かれているでしょう。このため、双日は本来不要であるはずの対応を行っており、双日もある意味では被害を被っていると言えるでしょう。

一方で、営業秘密侵害であるとして自社への転職者が逮捕されたものの不起訴となっている事例もあります。不起訴となっている理由は定かではありませんが、持ち出した情報が営業秘密ではなかった可能性があります。
仮に、持ち出した情報が非公知性を満たしていないことが不起訴の理由であれば、転職者は自由に使用することができる情報を持ち出したのであり違法ではありません。逆に、転職先企業がこの情報を有していなければ、この情報を転職先にもたらした転職者を雇用したことは、転職先企業にとって有意義であったともいえます。

特に、技術情報に関しては公知となっている情報が多数あります。そして公知の情報であるにもかかわらず、当該情報を秘密管理している企業もあるでしょう。このような場合、技術者は当該情報が公知であることを認識しつつ、転職先でも参考になると考えて持ち出す可能性もあります。一方で、前職企業は自社で秘密管理していた情報であるから、転職した技術者による不正な持ち出しであるとして刑事告訴する可能性があります。
そして警察は当該情報の秘密管理性が認められれば、非公知性についてさほど判断せずに(技術情報なので判断できない)、逮捕又は書類送検に至る可能性があるのではないでしょうか。

では、このような場合に転職先企業はどうするべきでしょうか?
転職先企業は営業秘密侵害の嫌疑をかけられた転職者等から、どのような情報を持ち出したかをヒアリングすべきでしょう。このとき、当該情報が真に営業秘密である可能性もあります。このため、当該情報がその後、自社内で拡散しないように非常に限られた人員又は社外の弁護士等のみが知り得る状態としてヒアリングする必要があります。
仮に当該情報が前職企業の顧客情報や取引先に関する情報(営業情報)であれば、当該情報は非公知の可能性が高いです。また、技術情報でも、数値データや物質の組成等であれば非公知の可能性が高いです。このような場合には、転職者が不法行為を行っている可能性が高いでしょうから、転職先企業は転職者を守る必要なないと考えられます。
一方で、当該情報が公知であれば、転職者は不法行為を行っていない可能性が高いので、転職先企業は転職者を守って然るべきでしょう。

このように、企業は自社への転職者に営業秘密侵害の嫌疑をかけられた場合、転職者が持ち出したとする情報が真に営業秘密であるか否かを可能な限り調査し、この転職者に対する対応を考える必要があると思います。すなわち、営業秘密侵害の嫌疑をけられたからといって、当該転職者を犯罪者のように扱うことは妥当ではないと考えます。
そもそも転職者を雇用したということは、この転職者が自社にとって必要であると判断したのであり、そのような人物を失うことがあっては自社にとって損失に他ならないでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年8月21日水曜日

判例紹介:転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為とはならなかった事例

転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為ではないと裁判所が判断した事件(東京地裁令和2年6月11日判決 事件番号:平30(ワ)20111号)を紹介します。

本事件の被告は、AIU保険会社に研修生として入社し、同社の保険商品を勧誘や販売していたが退職し、AIU保険会社の紹介により原告に入社して損害保険の勧誘等の業務に携わり、原告を退職後に訴外会社に転職しています。
そして、原告は、被告が退職前に原告の営業秘密である本件顧客情報1,2を不正に持ち出して取得し、又は転職先において使用したとして被告を提訴しました。
なお、本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客である一方、本件子役情報2の各顧客はもともと原告の顧客であって被告が開拓した顧客ではないという違いがあります。
今回のブログでは、本件顧客情報1に対する違法性について記載します。

被告が原告の本件顧客情報1,2を取得した経緯は、被告が原告を退職した後に原告の従業員であったBから、LINEを通じて本件顧客情報1,2を写真で送ってもらったというものです。このBが被告に本件顧客情報1,2を送った趣旨は、被告が原告在籍時に担当していた顧客について、保険契約の満期が迫っていたにもかかわらず連絡がとれないことから、被告を問い詰めるためであったというものです。
そして被告は転職後に本件顧客情報1の顧客(株式会社C)との間でやり取りがあったようです。


このような事実のもと、裁判所は、本件顧客情報1を取得した被告に対する違法性について以下のように判断しています。
(イ) 本件顧客情報1の各顧客に対する営業行為等について
本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報2の各顧客と比べ,被告との結び付きは弱いとはいえないものであり,また,被告は,原告在籍時,本件顧客情報1の各顧客の連絡先を,原告から支給された携帯電話ではなく,被告の所有する携帯電話に登録し,同各顧客にはこの携帯電話の番号を教えて連絡をとり,通常の業務を行っていたものである。このことに,本件顧客情報1の顧客(株式会社C)が,保険契約の満期に際し,同社の方から被告に連絡をとっていることが認められること(被告の所有する携帯電話に連絡があったとしても不自然とはいえない。)などを併せ考慮すれば,本件顧客情報1の各顧客については,本件顧客情報2の各顧客と異なり,被告が,原告からの退職後も,本件顧客情報1の各顧客から直接連絡を受けるなどして本件顧客情報1記載の情報を把握し,同各顧客への営業を行ったことが合理的に推認され,被告が,本件顧客情報1を使用して各顧客に対して営業を行ったとは認めるに足りないというほかない。
・・・そして,本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報1の各顧客の連絡先も,被告の原告在籍時から,被告が退職時に返還した原告支給の携帯電話(これには本件顧客情報2の各顧客の連絡先が登録されていた。)ではなく,被告の所有する携帯電話に登録されて通常の業務が行われていたものである。これらを併せ考慮すれば,Bから被告に対する本件顧客情報1の送付については,本件顧客情報2の送付とは異なり,原告からの退職後,当該営業秘密を保有していなかった被告に対して改めて示したものでもなく,その違法性は必ずしも高いものとまではいえず,上記をもって,法2条1項7号に規定する目的での秘密開示行為や,秘密を守る法律上の義務に違反した秘密開示行為とまでは評価されないというほかなく,これらに係る被告の悪意重過失も認められない。
そうすると,被告において,原告からの退職後等において,Bから送られた本件顧客情報1については,その送付が不正開示行為であることを知りながら,これを取得し,その取得した本件顧客情報1を使用して,同各顧客に対して営業を行ったものということはできない。
このように裁判所は、被告が原告の本件顧客情報1を取得したこと、本件顧客情報1の顧客に対して営業したことを認めたものの、その営業活動は本件顧客情報1を使用したものでもなく、本件顧客情報1の取得について被告の悪意重過失も認められないとして、本件顧客情報1に対する被告の違法性を認めませんでした。

本裁判例のような事例はレアケースのようにも思えます。しかしながら、転職先において前職企業の営業秘密とされる顧客情報に含まれる顧客から個人的に連絡があり、この顧客に対して営業活動をすることもあるでしょう。
このような場合は営業秘密侵害なるのでしょうか?
本裁判例を鑑みると、営業秘密侵害とはならないでしょう。その理由は、転職者と顧客との個人的なつながりによって営業活動を行ったのであり、前職企業の営業秘密を使用した営業活動ではないためです。

このように、どのような行為が営業秘密侵害となるのか、正しく判断する必要があります。仮に上記のような場合において、前職の顧客から個人的に連絡があっても、前職の顧客リストにある顧客という理由でその後のつながりを拒否することは誤った判断となるでしょう。このような判断をしてしまうと、転職者自身も転職先企業にとっても、せっかくのビジネスチャンスを失うこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年8月12日月曜日

日本の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移

 下記のグラフは日本の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移を示したものです。


2023年度の特許出願件数は、コロナ禍の影響による減少から少し回復して30万件を超えています。これは、特許業界にとっては喜ばしいことでしょう。
また、2022年度の日本企業の研究開発費は20.7兆円であり、はじめて20兆円を超えています。特許出願件数が回復した理由には、日本企業の研究開発費の増加も原因なのかもしれません。
一方で、2023年度の特許審査請求件数とPCT出願件数は若干の減少となっています。これは、コロナ禍による特許出願件数の減少に起因するものでしょう。とはいえ、特許の審査請求件数とPCT出願件数はそれほど大きく減少しているようにも思えないので、企業は本当に必要な特許出願に対して審査請求やPCT出願をしているのだと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信