2024年7月15日月曜日

他社の営業秘密の二次的な不正取得、不正使用、不正開示は何れも違法行為

他社の営業秘密を二次的に取得、例えば自社への転職者から前職企業の営業秘密を不正に取得等することが違法であることを規定した条文は、不正競争防止法第2条第1項第8号(民事的責任)や第21条第1項第3号(刑事的責任)です。
第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
第21条第1項第3号
不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
上記下線を付しているように、第2条第1項第8号、第21条第1項第3号の何れも図利加害目的での営業秘密の取得、使用、開示が並列で規定されています。すなわち、転職者等から営業秘密を取得したけど、使用しなかったからOKとか他に開示しなかったからOKとかにはなりません。不正取得も不正使用も不正開示も同列で違法となります。

ここで、不正取得、不正使用、不正開示は具体的にどのような行為でしょうか。これを東京地裁令和6年2月26日判決(事件番号:令4(特わ)2148号)を参考にして考えます。
この事件は、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されたものであり、カッパ社に対して罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金100万円の判決(控訴中)となっています。

本事件では元商品部長(被告人B)が行った取得及び開示について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが遅くともパーソナルコンピュータに本件各データを保存した時点で、F社の営業秘密を自己の管理下に置いており、これを「取得」したと認められ、また、被告人Bが、本件各データ等を添付した電子メールをH宛て及びI宛てに送信した時点で、F社の営業秘密を第三者に知られる状態に置いており、これを「開示」したと認められる。
このように、本事件では、転職者から受け取ったデータを自己の管理下に置くような行為が取得となると裁判所は判断しています。このため、単に転職者から営業秘密を見せられただけでは自己の管理下に置いたとは言えないと思われますので、取得とはならないのでしょう。
また、営業秘密を第三者に知られる状態とすることが開示となると裁判所は判断しています。上記Hや被告人Bの上司であり、上記Iは被告人Bの部下に当たる人物のようです。すなわち、第三者への開示とは、自社内での開示も含まれることとなります。


また、被告人Bが行った使用について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが、原価等情報データを利用して上記の比較を行ったデータファイルを作成した行為は、本件各データ等に基づき、その使用目的に沿い、F社における商品の原価と被告会社におけるそれとを比較する資料として被告会社における商品の開発、販売等の参考に供され得る状態を作出しており、F社の営業秘密を「使用」したといえる。
上記のように「使用」とは、営業秘密をそのまま用いるだけでなく、参考にすることも含まれます。すなわち、営業秘密の不正使用の概念は非常に広い可能性があります。例えば、特許権でしたら、特許請求の範囲に記載の構成要件を全て充足するような実施をしなければ基本的には侵害とはなりません。このため、特許公報を参考にして特許請求の範囲に記載の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは特許権の侵害にはあたりません。
一方で、他社営業秘密を入手し、他社営業秘密を参考にして他社営業秘密の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは当該営業秘密の侵害になる可能性があります。

なお、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示の何れも、不正の利益を得る目的(図利加害目的)が要件となります。本事件において裁判所は図利加害目的を下記のように判断しています。
被告人Bは、本件各データがF社の営業秘密に当たることを認識して取得した上、その所掌事務でもあった商品開発等の検討をするため、これを所管する上司及び部下に本件各データを開示し、自らも原価を比較するため本件各データを使用したものである。競合他社が営業秘密としている原価、仕入れ等に関する情報を取得したり、これを利用して商品開発等に及んだりすることは、不正競争防止法又は公序良俗若しくは信義則に反することは明らかであって、被告人Bは、このような利用の可能性を十分に認識していたからこそ、本件各データを取得、開示、使用したと認められる。
ここで転職者から一方的に前職企業の営業秘密をメール等で送りつけられた場合には、営業秘密の不正取得となるようにも思えます。しかしながら、単に送り付けられただけでは送り先には図利加害目的があるとは思えないため、営業秘密の不正取得にはならないのではないでしょうか。
また、メールを受け取った人が他社の営業秘密が自社に不正流入したとして、例えば法務部や知的財産部にその旨を報告すると共に法務部や知的財産部に転送する行為は不正開示に相当するようにも思えます。しかしながら、この場合も図利加害目的ではないと思われ、営業費いつの不正開示には当たらないのではないでしょうか。

以上のように、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、最新の注意をもって対応する必要があります。具体的には、まずは当該営業秘密が自社内で拡散するような行為は行ってはならず、最小限度の人員によって然るべき対応を行うべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月26日水曜日

判例紹介:転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むルートの一例

転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むことは、転職時にのみ行われるものではありませんし、介在する人物が複数人の場合もあります。
今回はそのような営業秘密の不正な持ち込みのルートに関する事例(東京地裁令和5年1月27日 事件番号:令元(ワ)20604号)を紹介します。

この事件は、戸建て住宅の建築業を行うアキュラホーム(原告会社)の元従業員2人(被告A、被告B)が、建築工事業等を行うアイ工務店(被告会社)に転職したものです。この転職に伴い、アキュラホームのシステムに関するデータ(本件検討資料、本件AQS関連ファイル)が漏洩したと原告会社は主張しています。なお、本事件は知財高裁に控訴されたものの判決が確定しているようです。

時系列としては以下となっています。
・被告Bは、平成26年8月31日に原告会社を退職し、同年9月1日に被告会社に入社し、被告会社のシステム開発を担当。被告会社の基幹システムを独自開発を開始。
 被告Bは、被告Aに対して、原告会社で使用していたシステムに関する資料(設計建設業務支援システム操作マニュアル)を送付するように依頼。
・被告Aは、平成26年9月8日、被告Bに対して、原告会社が作成した「設計建設業務支援システム操作マニュアル」の電子データを添付したメールを送信。
・被告Aは、平成26年9月23日、被告Bに対して、被告Bのメールに返信する形式で「これですね。」とのみ本文に記載して、本件検討資料が添付されたメールを送信
・被告Aは、平成27年4月30日、原告会社に対して同年6月30日をもって退職する旨の退職願を提出。
・被告Aは、平成27年5月1日、原告会社のファイルサーバにアクセスし、本件AQS関連ファイルを複製。
・被告Aは、平成27年6月30日に原告会社を退職し、同年7月1日に被告会社に入社。被告Bと被告Aの2人でシステム開発を行う。

このように、被告Bは、被告会社への転職時には原告会社の情報は持ち出していなかったようです。しかしながら、被告会社に転職してすぐに被告Aにデータの持ち出しを依頼し、被告Aは依頼に従い原告会社に在職中に被告Bに渡しています。さらに、被告Aは被告会社に転職する際にもデータを持ち出しています。

このように転職者が前職の同僚又は部下等に依頼して前職の営業秘密を入手することは少なからず起きています。そして、多くの場合、このようなことが違法であるという認識もありません。本事件では、証人Cの証言として下記があります。この証言のように、被告Aは前職の原告会社のシステムを参考にして被告会社のシステムを作成したとのようなことを原告従業員Cに話しています。被告Aに違法性の認識があれば、下記のようなことを原告従業員に話すことはないでしょう。
被告Aは、その後、原告従業員のCとインターネットを通じてメッセージ交換ができるアプリケーションでやり取りをした。被告Aは、その中で、Cから、被告Aが働いている会社を尋ねられて被告会社だと回答し、誰の誘いかと尋ねられると、被告Bだと回答した。その後、被告Aから、「システムはアキュラのシステムをブラッシュアップして開発している」「さすがBさん、いい形でできていたよ」と送信し、これに対してCは、「そりゃそうでしょ。そこは疑う余地なし。」と返信し、これに対して被告Aは「あんなパッケージとは格が違う」と送信し、Cが「手組?」と返信すると、被告Aは、「手組よ」「インフラが凄くて」「VPNなし」「ネット通販でPC買ってる」その他、被告会社におけるシステムの環境やその管理の貧弱さを列挙していく内容を送信した。(甲20、証人C)

また、原告会社は、被告A,Bの行為をどのようにして知ることができたのでしょうか。これに関して原告会社は下記のように説明しています。
原告では、被告会社に原告の従業員を80名以上引き抜かれたこと、被告会社が使用している帳票類が原告のものに類似していることを覚知したことから、情報漏洩の可能性を考慮して平成28年8月頃から、退職者も含めた内部調査を行った。その結果、被告A及び被告Bによる平成26年9月頃の情報漏洩を疑わせるメールが存在することが発覚した。そのため、原告では、平成26年9月頃のメールを保全する必要が生じ、不正競争行為が行われたと考えられる時期のメールの保管期間を延長するために、572万8800円を支出した。また、原告は、被告A及び被告Bが原告において利用していたパソコンのフォレンジック調査を外部業者に委託し、そのために20万3200円を支出した。
このように、近年では、メールやサーバへのアクセス履歴等のデータのやり取りの情報は記録されています。このため、過去のメールやアクセス履歴等から営業秘密の不正な持ち出しが発覚することがほとんどであると思います。
本事件は、令和元年7月31日に訴訟が提起されています。被告A,Bが原告会社のデータを持ち出してから4年近く経過してからの提起であるため、被告A,Bは自身は行ったことは既に忘れてしまっていたのではないでしょうか。

なお、本事件は、原告会社の本件検討資料の営業秘密性は認められたものの、本件AQS関連ファイルの秘密管理性がないとして当該ファイルの営業秘密性は認められませんでした。
そして、本件検討資料を取得してこれを使用したことについて、原告が被告会社から受けるべき金銭の額は100万円が相当であるとされ、さらに、電子メールの保全や調査の費用に44万2750円、弁護士費用として15万円が認められ、計159万2750円が原告会社の損害とされ、被告A,B及び被告会社が連帯して支払え、等の判決となっています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月18日火曜日

判例紹介:営業秘密を不正に持ち出した転職者個人が負う賠償額

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年4月25日 事件番号:令5(ワ)70462号)は、転職時に営業秘密を不正に持ち出した事例であり、転職者個人が賠償額についてです。

転職者である被告は、平成28年3月に原告に入社し、原告において営業推進部長等の役職を務めていました。しかしながら、令和5年4月30日付けで、「機密情報を複製して社外に持ち出し、意図的に外部に流出させ、その行為が就業規則第42 条(機密保持)に抵触している」ことを処分理由として、原告から懲戒解雇されています。被告は原告から懲戒解雇されているので、おそらく退職金も支払われていないと思います。
なお、原告は、化粧品、健康食品、医薬部外品、日用品雑貨の企画、製造、販売等の事業を営み、米国で酸素系漂白剤「オキシクリーン」ブランドの商品(本件商品)等の製造販売を行うC&D社との間で、日本における本件商品の販売に関する販売代理店契約を結んでいます。

そして、被告は、原告の営業秘密である本件情報(本件商品の原価)を使用してプレゼンテーション資料を令和5年2月25日に作成し、26 日にAREEN 社のB氏に対し送付しました。被告は本件情報に対するアクセス権を有しており、被告は転職先としてAREEN社の内定を得ました。

裁判所は原告の本件情報の営業秘密性を認め、下記のように被告による本件使用行為及び本件開示行為について「不正の利益を得る目的」であると判断しています。
・・・本件プレゼン資料の作成及び開示の時点で被告がAREEN 社の内定を得ていなかった場合、同資料の内容に鑑みると、その作成等は被告の転職活動を有利に進めるために行われたものと理解される。他方、仮に被告が本件プレゼン資料の作成当時既にAREEN 社の内定を得ていたとしても、その時点では被告はいまだ原告の従業員であり、AREEN 社の被告に対する評価を更に高めることにより一層有利な条件で転職することを目的として、本件プレゼン資料の作成等が行われたものとみるのが相当である。
そうすると、本件使用行為及び本件開示行為について、被告は、少なくとも自己の転職活動を有利に進めることを目的としていたものといえることから、「不正の利益を得る目的」を有していたと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

また、裁判所は、被告による本件取得行為に係る故意も認め、その損害額について以下のように判断しています。
(1) 証拠(掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不正競争により、被告が取得した情報の解析のため、被告のUSB メモリのデータ復旧作業を実施し、その費用として合計24 万2000 円(税込)を支払ったこと(甲40)、C&D社に対し、本件に関する事実経緯及び再発防止策等についての報告を行ったこと(甲16)、本件に関し、弁護士に対し、合計2200 万円(内訳は事実関係の調査費用につき400 万円、警察署相談対応につき100 万円、訴訟対応につき1500 万円及び消費税200 万円)の支払を約し、令和5 年11 月末日までに合計1927 万3650 円を支払ったこと(甲41~43)が認められる。
また、C&D社に対する上記報告に伴い、原告は、C&D社との関係で、製品の原価情報という取引上重要な情報の管理体制等につき疑念を抱かせることとなり、その信用が損なわれたものとみるのが相当である。
(2) 上記認定事実を踏まえつつ、本件事案の性質・内容・緊急性、調査の経過、民事訴訟対応につき訴訟代理人弁護士に委任せざるを得なかったことその他本件に表れた一切の事情に鑑みれば、弁護士費用相当損害を含め合計300 万円(うち、信用毀損に係る損害額は100 万円)をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
本事件は、被告が原告の営業秘密を使用して作成した資料を第三者に送付したものの、それによる損害は認めていません。一方で、被告の行為に対する対応費用として1927 万3650 円を支払ったことは認めています。そして、最終的に裁判所は、原告の損害額として弁護士費用を含めた300万円を認めました。
すなわち、被告は原告の営業秘密を不正使用したことによって、懲戒解雇されたうえで、300万円を原告に支払う事態となりました。

他に被告が原告会社の営業秘密を不正に持ち出して転職したとして、原告会社が被告に損害賠償を求めた事件として、アルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号、大阪高裁平成30年5月11日 事件番号:平29(ネ)2772号)があります。この事件では、原告会社が被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求し、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。なお、アルミナ繊維事件でも、被告は原告会社を懲戒解雇となっており、退職金が支給されておりません。

また、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出して、被告が設立した企業の代表取締役となった生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 事件番号:平成18年(ワ)第29160号)では、被告による営業秘密の持ち出し等が原告の就業規則に記載されている原告に対する背信行為であるとして、裁判所が被告に対して原告拠出の退職金の一部(2239万6000円)の返還義務があるとしています。

このように、営業秘密の不正な持ち出したが発覚した場合には、懲戒解雇となって退職金が不支給となり、さらに数百万円の損害賠償を負う可能性や、退職金が支給されてもその後に返還義務を負う可能性があります。
このような可能性を考えると、転職時に営業秘密を不正に持ち出すことは、金銭的なリスクも相当高く、通常の転職によりこれを超えるリターンがあるとは考え難いので、”賢い”行為であるとは思えません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信