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2024年10月17日木曜日

判例紹介:プログラムの秘密管理性について

今回はプログラム(ソースコード)が営業秘密であると原告が主張した事件(大阪地裁令和 6年7月30日 事件番号:令2(ワ)1539号)についてです。
本事件は、原告の元従業員であった被告P2及び被告P2が代表者である被告会社に対して、原告の営業秘密である原告ソースコードを不正使用等したと原告が主張したものです。
なお、原告は、原告の元従業員であるP3が原告ソースコードを不正に取得し、被告会社は、かかる不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重過失により知らないで原告ソースコードを取得し、これを使用して被告製品を製造・販売した、P3は、取得した原告ソースコードを不正の利益を得る目的で被告会社に開示した、と主張しています。

本事件について結論を先に述べると、原告ソースコードはその秘密管理性が認められずに営業秘密ではないとされ、原告の主張は認められませんでした。なお、被告等による原告ソースコードの使用自体も認められていません。
なお、原告ソースコード等の管理体制は以下のようなものであったと裁判所は認定しています。
エ 原告各ソフトウェアのプログラムのソースコード(このうち、平成23年12月当時のものが原告ソースコードである。)は、P3が在職していた当時、リリースされた製品のものは原告社内の共有サーバーに保存される一方、開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにもバックアップとして保存されていたが、保存に関する明確なルールは存在せず、各従業員に割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインすれば、開発課の従業員に限らず、原告従業員(役員を含む。)全員がアクセス可能であった。また、従業員の退職時には、ソースコードは共有サーバーに保存し、パスワードも引き継いでいた。
オ 開発課の従業員は、原告製品の顧客先に出向いて作業をする際、必要に応じて、私有のノートパソコンに原告各ソフトウェアのソースコードをコピーして保存し、社外に持ち出すことがあった。その場合、当該従業員は、私有のノートパソコンに社用パソコンと同じユーザー名とパスワードを入力し、社内ネットワークにアクセスしていた。
ソースコードの上記社外持ち出しについては、禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、P1が口頭で許可をしたことはあったものの、従業員個人に任せていたこともあり、P1が社外持ち出しの全てを把握していたわけではなかった。また、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置については、原告としては特段の管理を行っていなかった。

このような管理体制に対して、以下のような理由から裁判所は「原告の従業員数が多くても15名程度であったことを考慮しても、社内での秘密管理はほとんどされていなかったに等しいといえる。」と判断しました。

(1)就業規則も含め保存に関する明確なルールは存在せず、原告従業員全員が、原告から割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインしさえすれば上記ソースコードにアクセス可能であった。
(2)開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにバックアップされていたが、秘密管理の観点からの何らかの措置が定められていたとは認めるに足りない。
(3)アドミニストレーターのユーザー名及びパスワードが原告の社内で厳格に管理されていたとは認められない。
(4)ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても、原告として特段の管理を行っていなかった。
(5)原告代表者のP1は、原告を退職してから半年以上も経つP4に対し、原告各ソフトウェアについて電子メールで、ソースコードを保持していなければ対応が困難と考えられる質問をしていることから、原告各ソフトウェアのソースコードの退職後の保持をP1が少なくとも一定程度黙認していたと解される。

裁判所の判断のように、原告における原告ソースコードの管理体制は秘密管理の観点からは非常に杜撰といえるでしょう。個人的にはソースコードは秘密管理性が認められやすいと思っており、従業員が15名程度の企業であればその業務範囲も狭く、全従業員の認識も統一され易いため、比較的緩い秘密管理措置であってもその秘密管理性は認められる可能性が高いと思っています。
しかしながら、上記のような管理体制、特に(5)のような行為、すなわち退職者が原告ソースコードを保有していることが前提とされる行為は致命的であると思います。


なお、原告は「退職時には「退職後における秘密保持誓約書」のほか、ソースコードを秘密保持対象とする旨の「秘密情報確認書」も示されていた旨、また、パソコン内情報の社外持ち出し禁止などの就業規則の内容は平成23年4月に開かれた従業員説明会等で従業員に周知されていた旨」を主張しています。
しかしながら、裁判所は秘密保持誓約書による秘密管理性も認めていません。また、就業規則についても、就業規則案の説明はされたとしても、異論が示され従業員の了解を得られていないとして、就業規則による秘密管理措置も求められていません。

そもそも、従業員の退職時に秘密保持誓約書に署名させていても、従業規則に秘密管理規定が設けられたいたとしても、対象となる情報に対して適切な秘密管理措置がなされていなければ、これらは意味をなさないでしょう。
一方で、従業員が15人程度であれば、会社にとってどのような情報が重要であるかは、全従業員で統一が図れている可能性があります。そして、ソースコードは一般的には秘匿されるものであるため、杜撰な管理がなされておらず、就業規則等で秘密管理規定が定められていれば、ソースコードやソースコードが保存されているフォルダがパスワード管理される等していなくてもその秘密管理性は認められる可能性があると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年9月22日日曜日

判例紹介:営業秘密ではなく、ノウハウの不正流出が認められた事件

ノウハウについての法的保護については、営業秘密とは違い条文化されていません。しかしながら、ノウハウの流出について裁判で争われた事例はいくつかあります。
今回紹介する事件は、そのような事件(東京地裁令和4年9月15日判決 事件番号:令元(ワ)18281号)であり、ノウハウの保有者である原告の賠償金請求が認められています。

原告の代表者であった被告Aが原告の開発した技術やノウハウを被告会社に提供してこれを取得させた行為は、原告に対する忠実義務(会社法355条)及び競業避止義務(同法356条1項1号)に違反する不法行為であり、原告が被告と被告会社に共同不法行為(民法719条1項)及び不法行為(同法709条)に基づいて損害賠償を求めたものです。
なお、ノウハウとは、ナノサイズの炭素繊維の製造技術や粉砕技術、分散技術に関するもののようです。
ここで、被告Aは原告の元代表取締役であり、その在任中に、炭素繊維の粉砕、分散、再生等の事業に対する技術面で中心的な役割を担ってきたようです。そして原告の主張によると被告Aは、原告代表取締役在任中の平成30年頃以降、原告に秘匿して被告会社と顧問契約を結び、技術指導として、原告が資金、労力をかけて開発してきた炭素繊維の粉砕・分散技術やノウハウを原告に無断で被告会社に提供し、その対価として顧問料の支払を受けていたとのことです。

原告のノウハウについて裁判所は具体的に以下のように判断しています。
原告は、平成29年6月までには、試作品ではあるものの、炭素繊維の粒子を平均繊維径20nm、平均繊維長360nmのナノサイズに粉砕し、これをマスターバッチ化することに成功し、その後も炭素繊維をアスペクト比を大きくするように繊維状に粉砕する方法、分散剤の選定等についても試行錯誤を重ね、同年12月までには、特許出願ができる程度に、炭素繊維を一定のサイズに粉砕するために使用する乾式粉砕の装置、雰囲気温度、インペラ回転数、粉砕時間、混合液の処方条件、湿式粉砕及び分散処理に使用する装置、使用ビーズの条件等や一連の工程を特定し、その後も、実用化に向けて、炭素繊維を一定のナノサイズにまで粉砕しつつ飛散や再凝集の課題を解決し得る一定の技術を取得していたというべきである。
他方、その当時、このような炭素繊維の粉砕技術等を用いて、所定のサイズのカーボンナノワイヤー分散液であって、かつ、高濃度にカーボンナノワイヤーを含有する分散液を調製する方法が原告以外の第三者によって既に開示されていたことをうかがわせる具体的な事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、遅くとも本件特許出願当時に原告が有していたカーボンナノワイヤー分散液の製造方法に係る技術内容、すなわち、炭素繊維をカーボンナノワイヤーと称するほどのサイズ(平均繊維径30nm~200nm、平均繊維長1μm~20μm、アスペクト比3~200)に粉砕・分散処理したカーボンナノワイヤー分散液を調製する方法(以下「原告方法」という。)は、一定の有用性・経済的価値を有するものであり、みだりに他者に開示、使用されない正当な保護を受けるに値する情報といえる。
このように原告のノウハウは保護を受けるに値すると裁判所は判断しました。この判断基準は、実質的に営業秘密でいうところの有用性と非公知性であると思われます。一方で原告主は営業秘密ではなく単にノウハウとしか主張していないので、秘密管理性については当然ながら判断されていません。


さらに、被告Aの被告会社に対する技術情報の提供の有無について、以下のように裁判所は判断しています。
被告会社は、被告Aを顧問に迎え入れるまでには炭素繊維の粉末を利用したマスターバッチを製造する技術等についての知見及び経験を有していなかったことから、被告Aが有する炭素繊維の分散技術に期待して同被告を顧問として迎え入れ、同被告も、被告会社の顧問として炭素繊維の分散技術の開発に必要な炭素繊維粉末を準備した上で、高濃度で分散性の優れた炭素繊維のマスターバッチ製造のための試行錯誤を繰り返し、一般的な炭素繊維ミルド粉末を利用したマスターバッチの濃度を優に超える高濃度のマスターバッチを作製するための製造方法(レシピ)を開発したものといえる。
このことと、原告が平成29年当時有していた炭素繊維を原料とするカーボンナノワイヤー分散液の技術的課題、意義及びその特徴と被告会社が自社の技術として広報した高分散・高濃度の炭素繊維マスターバッチのそれとが共通していること、他方で、その当時、被告会社において被告A以外の者により炭素繊維粉末を高濃度に含むマスターバッチの製造に関する具体的技術やノウハウを取得したことを認めるに足りる証拠はないことに鑑みると、被告Aは、原告において開発していたカーボンナノワイヤー分散液の製造技術を被告会社に対して提供し、被告会社においてこれを利用したことが合理的に推認される。
このように、被告Aが被告会社に原告のノウハウを提供し、さらに被告会社がこのノウハウを使用したことを裁判所は認めています。
裁判所はこのような被告Aの行為を「カーボンナノワイヤー分散液の製造方法といった炭素繊維の粉砕・分散技術に関する原告の技術情報を、少なくとも過失によって第三者である被告会社に開示して使用させたものであり、原告に対する忠実義務に違反する。これにより、被告Aは、原告の営業上守られるべき利益を侵害したといえることから、原告に対して不法行為責任を負う。」と認めています。
そして、裁判所は「原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づき、連帯して160万円の損害賠償請求権・・・を有する。」とのように原告の損害賠償請求権を認めました。

以上のように、営業秘密ではなくノウハウの不正流出に対しても法的保護を受ける可能性があります。そして、ノウハウは秘密管理性を必要としません。すなわち、秘密管理性がないものの、営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有する情報であればノウハウとして法的保護を受ける可能性があります。
しかしながら、民法719条や709条に基づく請求であれば、損害賠償は認められても差し止めは認められない可能性があります(本事件でも原告は差し止めを請求していません。)。
とはいえ、被告がノウハウを使用しており、原告の損害賠償請求が認められた場合には、その後、被告が当該ノウハウの使用を継続する可能性は低いようにも思えます。一方で、例えば自社からの転職者によってノウハウを不正に持ち出されて、転職先で開示されただけでは、損害が発生していないとして損害賠償が認められないかもしれません(営業秘密では弁護士費用が損害として認められている裁判例もあります)。
さらに、ノウハウの不正流出(不正使用)は不正を行った者に対して民事的責任を負わせることができたとしても、刑事的責任を負わせることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月31日水曜日

判例紹介:ノウハウの法的保護について

前回のブログでは、ノウハウの法的保護について記載しましたが、今回もノウハウの法的保護に関連した裁判例(知財高裁平成30年12月6日判決、事件番号:平30(ネ)10050号)を紹介します。

本事件は、中学校受験のための学習塾等を運営する控訴人(一審原告)が同様に学習塾を経営する被控訴人(一審被告)に対し、被控訴人がそのホームページやインターネット上で配信している動画等に原告表示と類似する表示を付する行為はが不競法2条1項1号の不正競争行為であると主張したものです。

さらに、控訴人は、以下のように、被控訴人学習塾の営業は控訴人のノウハウにただ乗りするものであって、自由競争の範囲を逸脱し、一般不法行為を構成するとも主張しました。
被控訴人は,控訴人が多大な労力及び費用をかけ,控訴人独自の教育思想・理念(論理的な思考力,表現力,知識にとらわれない豊かな感性,主体的な学ぶ姿勢を生徒に持たせるように育成する。)に基づいて作問したテスト問題及び解答を材料にし,控訴人のノウハウにただ乗りし,控訴人学習塾の生徒を対象として,ウェブサイト上でのライブ解説(以下「ライブ解説」という。)の提供又は解説本の出版を行っている。被控訴人は,最難関校の合格者が多いという控訴人学習塾の実績を横取りして入学者数を増やすために,控訴人学習塾の補習塾であるかのような運営を行っているが,小学校で良い成績をとるための小学校の補習塾と異なり,営利目的の営利企業である株式会社の運営する控訴人学習塾についての補習塾を運営することは,自由競争の範囲を逸脱するものである。
ここでいうノウハウとはどのようなものであるかは、判決文からは判然としませんが、おそらく、「控訴人が多大な時間と労力をかけて作成したテスト問題」にノウハウが化体しているのでしょう。
確かに、控訴人の競合他社である被控訴人が控訴人が作成したテスト問題を用いてビジネスを行っているので、控訴人としては何らかの対応を行いたい、ということなのでしょう。


このような控訴人の主張に対して裁判所は以下のように判断しています。
大手学習塾が,自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから,大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ,他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。そして,控訴人が主張する,中学校受験生を対象とする学習塾同士が熾烈な競争下にある中で,控訴人がその教育方針に従い,そのノウハウに基づいてテスト問題を作問していること,被控訴人による解説は控訴人による事前の審査を経ておらず,その内容が受験テクニックに偏ったもので,控訴人の出題意図や教育方針に反することといった事情があったとしても,このことから直ちに,被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が社会通念上自由競争の範囲を逸脱するということはできない。
上記のように、裁判所は、控訴人のノウハウについて特段言及することもなく、被控訴人の行為は不法行為ではないと判断しています。

ここで、ノウハウは営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有するものと仮定すると、控訴人のテスト問題は公知のものであり、そのようなテスト問題の解説等を行うことは何らの不正行為、換言すると控訴人のノウハウを不正使用する行為ではないとも考えられます。
一方で、控訴人のテスト問題を作成するための手法がノウハウであり、この手法は非公知であるとすると、被控訴人はノウハウを用いた成果物であるテスト問題を使用しているに過ぎず、控訴人のノウハウそのものは使用していないこととなります。
ノウハウの定義は法的に定まっていませんが、ノウハウも有用性及び非公知性を有する情報と考えると、ノウハウの侵害(不正使用)の考えも明確になると思います。
なお、本事件では、控訴人(原告)の請求は全て棄却されています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月22日月曜日

判例紹介:法的に保護されるノウハウとは?

ノウハウを法的に保護するためには、ノウハウが営業秘密であるとして不正競争防止法による保護を受けることが考えられます。しかしながら、ノウハウを営業秘密というためには、ノウハウを情報として特定したうえで、当該情報が秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を有していることが必要です。
しかしながら、情報が三要件、特に秘密管理性を有していないとしてその営業秘密性を否定されることが多々あります。そうすると、営業秘密と認められなかったノウハウ(情報)は法的保護を受けることができないのでしょうか。

そこで法的保護を受けることができるノウハウについて示した裁判例(東京地裁令和 4年5月31日判決、事件番号:令元(ワ)12715号)を紹介します。
本事件は、ソフトウェア等のテスト業務を専門に行う原告会社の元従業員である被告Aによって、テスト業務に使用するテスト設計書の電子ファイル(本件ファイル1、2)が被告Aの転職先である被告会社に無断で持ち出され、被告会社において使用されたとのように、原告会社が主張したものです。
原告は、被告らに幾つかの請求を行っていますが、そのうちの一つとして、「原告のノウハウを侵害したことを理由とする共同不法行為による損害賠償請求」が含まれています。

なお、当事者に争いのない事実から分かるように、被告Aは少なくとも本件ファイル1について実際に転職先である被告会社に持ち出し、それを使用したようです。
(4) 被告Aによる本件ファイル1の持ち出し等
被告Aは、平成30年6月頃、原告から貸与されていた業務用パソコンを使用して、本件ファイル1の電子データをチャットツールの自身のアカウントにアップロードして保存した。そして、被告モリカトロンに入社した後、私用パソコンを使用して、上記アカウントから同電子データをダウンロードして同パソコンに保存し、自身のUSBメモリスティックを介して被告モリカトロンの業務用パソコン及びローカル・エリア・ネットワークに保存した。さらに、被告モリカトロンの社内研修で使用するために、本件ファイル1を加工修正して研修資料(以下「本件研修資料」という。)を作成し、被告モリカトロンの従業員7名が出席した被告モリカトロンの社内研修(以下「本件研修」という。)において、同研修資料を用いて指導を行った。(甲6、弁論の全趣旨)
そして、裁判所は以下のように原告が主張するノウハウである本件各ファイルは著作物又は営業秘密でもないと判断しています。しかしながら、裁判所は、著作物又は営業秘密でなくても本件各ファイルの利用行為が不法行為と解する余地もあるとしています。
本件各ファイルは、下記7に記載のとおり、著作権法2条1項1号所定の「著作物」に該当せず、また、下記8に記載のとおり、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」にも該当しないものである。しかして、本件各ファイルの利用行為は、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
もっとも、これを前提としても、原告の主張は、被告らによる本件各ファイルの利用行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業の自由を侵害するものであるとして、前記特段の事情が存在する旨をいうものと解する余地がある。

この「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様」で使用されていたか否かについて、裁判所は以下のよう判断しています。
(3) 上記認定事実によれば、本件ファイル1は、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を記載するために使用されるテスト設計書のひな型であることが認められ、具体的なテスト業務を想定したテスト観点やテスト結果等は記載されておらず、それらを記入すべき枠としての表が記載されているものに過ぎない。加えて、本件研修資料が具体的にどのような資料であったのかについては証拠上明らかでないが、本件研修資料は、少なくとも、被告Aが本件ファイル1を加工修正して作成したものであって、本件研修や被告モリカトロンにおけるテスト業務において本件ファイル1がそのまま使用されたものではない。これらの事情を考慮すれば、被告らの行為が、具体的、客観的見地からみて、直ちに自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。
また、本件ファイル2は、テスト設計書のひな型の一部であるところ、原告の主張によれば、原告は、テスト業務に使用するテスト項目を●(省略)●本件ファイル2に係る●(省略)●ものであるという。しかして、これを前提としても、本件ファイル2は、●(省略)●が記載されたもので、原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎないということになる。また、前提事実によれば、テスト業務は、ゲームソフト等のソフトウェアが仕様どおりに動作するかを確認してプログラムの不具合の有無を検出することを内容とするものであるため、そこで確認すべき事項は、ソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられる。このようなテスト業務の性質にも照らして検討すると、上記認定のような本件ファイル2自体が、客観的,具体的見地からみて、原告独自のテスト観点等を記載したものとして、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を有するとまではいいがたく、被告らの行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとはいえない。
このように、本件ファイル1には原告が実施したテスト観点やテスト結果は記載されておらず、単なる枠であり、被告Aはそれを加工修正したものであり、本件ファイル1をそのまま使用していないために原告の営業を妨害するものではないと裁判所は判断しています。そもそも、本件ファイル1はその著作物性が否定され、かつ原告独自の情報も含まれていないのであれば、それを加工修正しても原告の営業を妨害とは考え難いでしょう。
本件ファイル2は「原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎない」として、法的に保護された利益を有するとは言えないとしています。そもそも、本件ファイル2については使用したか否かも判然としません。
このように、本事件では、原告の本件各ファイルを持ち出して使用した被告の行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。」と判断されています。

このように、営業秘密や著作権等の法的保護を受けることができない情報に対して、法的な保護を受けると裁判所が認める可能性は低いように思えます。
しかしながら、特に営業秘密については、秘密管理性がその要件として重要なファクターとなっており、有用性及び非公知性を満たしているにもかかわらず、秘密管理性を満たしていないとして営業秘密性が否定される場合は少なからずあります。そして、企業が保有している情報のうち、有用性及び非公知性を満たしている情報の全てを秘密管理することは現実的に不可能です。
具体的には、開発途中の技術に係る情報や完成に近い発明等は、有用性及び非公知性を有している場合が多々あるかと思います。このような情報は、技術や発明が完成した後に秘密管理される場合がほとんどです。そして秘密管理されていない情報を不正に持ち出したとしても、営業秘密侵害にはなりません。
しかしながら、このような情報が不正に持ち出されて使用され、その行為が「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するもの」であれば法的保護を受けることができるかもしれません。
また、顧客情報が不正に持ち出されて使用された場合でも、秘密管理性が否定され営業秘密としての保護が受けられない場合が多々あります。しかしながら、秘密管理されていない顧客情報を不正に使用する行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する」行為の典型例となるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月15日月曜日

他社の営業秘密の二次的な不正取得、不正使用、不正開示は何れも違法行為

他社の営業秘密を二次的に取得、例えば自社への転職者から前職企業の営業秘密を不正に取得等することが違法であることを規定した条文は、不正競争防止法第2条第1項第8号(民事的責任)や第21条第1項第3号(刑事的責任)です。
第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
第21条第1項第3号
不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
上記下線を付しているように、第2条第1項第8号、第21条第1項第3号の何れも図利加害目的での営業秘密の取得、使用、開示が並列で規定されています。すなわち、転職者等から営業秘密を取得したけど、使用しなかったからOKとか他に開示しなかったからOKとかにはなりません。不正取得も不正使用も不正開示も同列で違法となります。

ここで、不正取得、不正使用、不正開示は具体的にどのような行為でしょうか。これを東京地裁令和6年2月26日判決(事件番号:令4(特わ)2148号)を参考にして考えます。
この事件は、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されたものであり、カッパ社に対して罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金100万円の判決(控訴中)となっています。

本事件では元商品部長(被告人B)が行った取得及び開示について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが遅くともパーソナルコンピュータに本件各データを保存した時点で、F社の営業秘密を自己の管理下に置いており、これを「取得」したと認められ、また、被告人Bが、本件各データ等を添付した電子メールをH宛て及びI宛てに送信した時点で、F社の営業秘密を第三者に知られる状態に置いており、これを「開示」したと認められる。
このように、本事件では、転職者から受け取ったデータを自己の管理下に置くような行為が取得となると裁判所は判断しています。このため、単に転職者から営業秘密を見せられただけでは自己の管理下に置いたとは言えないと思われますので、取得とはならないのでしょう。
また、営業秘密を第三者に知られる状態とすることが開示となると裁判所は判断しています。上記Hや被告人Bの上司であり、上記Iは被告人Bの部下に当たる人物のようです。すなわち、第三者への開示とは、自社内での開示も含まれることとなります。


また、被告人Bが行った使用について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが、原価等情報データを利用して上記の比較を行ったデータファイルを作成した行為は、本件各データ等に基づき、その使用目的に沿い、F社における商品の原価と被告会社におけるそれとを比較する資料として被告会社における商品の開発、販売等の参考に供され得る状態を作出しており、F社の営業秘密を「使用」したといえる。
上記のように「使用」とは、営業秘密をそのまま用いるだけでなく、参考にすることも含まれます。すなわち、営業秘密の不正使用の概念は非常に広い可能性があります。例えば、特許権でしたら、特許請求の範囲に記載の構成要件を全て充足するような実施をしなければ基本的には侵害とはなりません。このため、特許公報を参考にして特許請求の範囲に記載の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは特許権の侵害にはあたりません。
一方で、他社営業秘密を入手し、他社営業秘密を参考にして他社営業秘密の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは当該営業秘密の侵害になる可能性があります。

なお、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示の何れも、不正の利益を得る目的(図利加害目的)が要件となります。本事件において裁判所は図利加害目的を下記のように判断しています。
被告人Bは、本件各データがF社の営業秘密に当たることを認識して取得した上、その所掌事務でもあった商品開発等の検討をするため、これを所管する上司及び部下に本件各データを開示し、自らも原価を比較するため本件各データを使用したものである。競合他社が営業秘密としている原価、仕入れ等に関する情報を取得したり、これを利用して商品開発等に及んだりすることは、不正競争防止法又は公序良俗若しくは信義則に反することは明らかであって、被告人Bは、このような利用の可能性を十分に認識していたからこそ、本件各データを取得、開示、使用したと認められる。
ここで転職者から一方的に前職企業の営業秘密をメール等で送りつけられた場合には、営業秘密の不正取得となるようにも思えます。しかしながら、単に送り付けられただけでは送り先には図利加害目的があるとは思えないため、営業秘密の不正取得にはならないのではないでしょうか。
また、メールを受け取った人が他社の営業秘密が自社に不正流入したとして、例えば法務部や知的財産部にその旨を報告すると共に法務部や知的財産部に転送する行為は不正開示に相当するようにも思えます。しかしながら、この場合も図利加害目的ではないと思われ、営業費いつの不正開示には当たらないのではないでしょうか。

以上のように、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、最新の注意をもって対応する必要があります。具体的には、まずは当該営業秘密が自社内で拡散するような行為は行ってはならず、最小限度の人員によって然るべき対応を行うべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月10日月曜日

判例紹介:「営業秘密」と「重大な機密」の違い

「営業秘密」には「企業秘密」や「機密」といったような意味が似通った文言があります。
これらの文言の大きな違いは「営業秘密」は不正競争防止法第2条第6項で規定されている一方、「企業秘密」や「機密」という文言は法的には何ら規定されていないということでしょう。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年5月24日 事件番号:令3(ワ)5200号)は、被告会社の経理部長代理であった原告が被告会社の営業秘密(本件持出データ)を複製、漏洩したこと等を理由として、自宅待機の後に懲戒解雇され、賞与や退職金を支給されなかったこと等に関し、原告が被告会社に対して自宅待機中の賃金や退職金等を請求したものです。すなわち、原告が被告会社の情報を持ち出しています。

本事件は、営業秘密や機密の解釈に関して、下記の被告会社の就業規則60条4項7号、60条3項1号の該当性について争っています。
就業規則60条
 次の各号のいずれかに該当する場合は、諭旨解雇または懲戒解雇に処する。
3項 情報管理および関連機器に関する違反    
 1号 機密保持義務に違反し、会社の重大な機密を社外に漏らしたとき、あるいは漏らそうとしたとき、または自社および他社の重大な機密を不正に入手したとき
4項 風紀・秩序維持に関する違反
 7号 刑法その他、刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかになったとき
まず、就業規則60条4項7号の該当性について、被告会社は以下のように主張しています。
本件持出データには営業秘密が含まれており、原告がBに提供する又は転職先での手元資料とする目的でこれを複製したことは不正競争防止法の刑事罰の対象となる行為であるから、本件持出行為は同号に該当する。
これに対して原告は以下のように主張しています。
仮に本件持出データに被告が主張するデータが含まれていたとしても、当該データに秘密管理性、有用性がない以上は不正競争防止法の定める営業秘密とはいえず、本件データの複製は犯罪を構成しない。よって、本件持出行為は同号に該当しない。
そして就業規則60条4項7号に該当するためには、原告が持ち出した本件データがそもそも営業秘密でなければならないでしょう。このため、裁判所は本件データのを営業秘密性(秘密管理性)を判断することで、就業規則60条4項7号に該当性について以下のように判断しています。
本件データである約8000件のファイルは、経理部のフォルダ内に設けられたサブフォルダ内に一定の分類基準に従って配置されていたところ・・・、当該サブフォルダ又は分類基準において、「社外秘」などの表題が付けられて秘密情報である旨が表示されて管理されていたものはない(乙4。ファイルにパスワードが設定されていたものはあるが(乙4[34])、同一フォルダ内にパスワードが記載されたファイルが存在しており、このような管理状態では秘密情報である旨が表示されているとは評価できない。また、事業収支計画書(乙26の2)の右上に小さく【社外秘】との表示があったことが認められるが、事業収支計画書は約8000件のファイルの中のごく一部に雑然と配置されており、当該表示もファイルを開かないと分からないものであるから、当該表示があるとしても、8000件以上のファイルが存在する経理部フォルダの中で明確に秘密情報である旨が表示されて管理されていたとは評価できない。)。
被告は、情報の名称及び内容自体から営業秘密であることが認識可能である旨主張するが、本件データの一覧(乙4)によっても、どの情報が秘密情報であるのかを認識することができない以上は、秘密情報であることを認識し得る程度に管理されているとはいえない。被告は、他にも①フォルダへのアクセス制限の存在、②情報持出の制限の周知、③被告社内、経理財務部への入室制限措置、④業務用端末へのパスワード設定等の事情、⑤原告自身が作成したフォルダの中から複製するファイルを選別しており、持ち出し自体がいけないことであることを認識していたことを主張するものの、上記判断を左右しない。
以上によれば、本件データについては、秘密管理性を満たすとはいえないから、その中に営業秘密が含まれているとはいえない。したがって、本件持出行為が就業規則60条4項7号に該当するとはいえない。
このように裁判所は、本件データに対して秘密管理性の判断を行い、本件データは秘密管理性を満たさないことから本件データは営業秘密が含まれていないと判断しています。そして、本件データが営業秘密でないことから、原告による本件データの持ち出しは「刑法その他、刑罰法規の各規定に違反する行為」ではないため、本件持出行為が就業規則60条4項7号に該当しないと裁判所は判断してます。
確かに、原告が持ち出した本件データが営業秘密でなければ、不正競争防止法の刑事罰(21条)に規定されているような違法行為ではないため、就業規則60条4項7号に該当しないという裁判所の判断は妥当でしょう。


では、「会社の重大な機密を社外に漏らしたとき」とある60条3項1号の該当性についてはどうでしょうか。原告は「「重大な機密」とは営業秘密と同義に解すべきであり、本件持出データが営業秘密に該当しない以上は、当該データは会社の「重大な機密」に該当しない。」とのように主張しています。

一方で、被告会社は以下のように主張しています。
同号にいう「重大な機密」とは、会社にとって重要であり、かつ、守秘義務を負わない者に開示することが予定されていない情報を意味することは一義的に明白であり、本件持出データはそのような情報であるから、同号の「重大な機密」に該当する。原告は、Bに対し、継続的に社内の情報を漏らし、本件持出行為後も社内の情報を提供していたのであるから、原告は機密保持義務に違反し、会社の重大な機密を漏らそうとしていたといえる。よって、本件持出行為は同号に該当する。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、「重大な機密」の定義がない以上は、これを不正競争防止法の営業秘密と同義と解すべきである等と主張するが、不正競争防止法の営業秘密については刑事罰も含めた規制がされているため、その範囲は限定的に解すべきであるのに対し、従業員が就業規則により又は雇用契約上の付随義務として負っている秘密保持義務の対象となる秘密に関しては、そこまで限定的に解する必要はない。本件持出データの内容は被告の事業にとって極めて重要な情報を含んでいたことからすると、「重大な機密」の定義が何かを問題にすることなく、当該データは同号に定める「重大な機密」に該当するといえるのであって、そのように解したとしても懲戒事由の明定が要求される趣旨には反しないし、労働契約法7条の合理性を肯定できるというべきである。
原告は、Bは守秘義務を負っており、被告の不利益にデータを活用するおそれがないとも主張するが、Bは、単に前の社長に過ぎず、当時被告との間で顧問契約等を締結していたわけではないから、業務に関する相談を受ける立場にはなく、また原告もBに相談することについて上司に確認をしていないのであるから(原告本人[26、27]、証人C[9])、社外に漏洩したことに変わりはなく、上記判断を左右しない。
上記のように、裁判所は「重大な機密」の解釈を「営業秘密」と同じとしておらず、「重大な機密」は「事業にとって極めて重要な情報」とのように広く解釈していると考えられます。
そもそも、企業が保有しているデータの多くは秘密管理されていません。にもかかわらず、就業規則にある「重大な機密」や「機密データ」を営業秘密と同じように解釈してしまうと、企業が保有するデータを従業員が許可なく持ち出したとしても、その行為のほとんどは何ら咎められないことになってしまうでしょう。さらにいうと、被告会社は、原告に対する処分を営業秘密侵害に基づくものではなく、就業規則違反に基づくものとしているので「重大な機密」を「営業秘密」と解釈する必要性はないと思えます。
一方で、上述のように就業規則60条4項7号の該当性については「刑罰法規の各規定に違反する行為」とあるので、被告会社が保有する本件データの営業秘密性は判断されて然るべきでしょう。このように、同じ就業規則に含まれる規定であっても、就業規則違反とするデータの解釈は異なって当然かと思います。

なお、本事件は、「原告に懲戒解雇に相当する事由があったのであるから、被告が、原告は経理財務の管理者として根本的な資質を欠いており、会社に対して貢献したと認められないと判断し、賞与を支給しなかったことは不法行為を構成するとはいえない。」として原告の請求を全て棄却しています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年5月29日水曜日

信州大学による乳酸菌株の不法使用なのか?

先日、信州大学が企業から提供された乳酸菌株を不法に使用したとして提訴されたとの報道がありました。

・乳酸菌研究に自社のもろみを提供、契約外利用と信州大を提訴 長野市の「井上醸造」、長野地裁に (信濃毎日新聞デジタル)
・老舗味噌蔵が信大など提訴 「乳酸菌株を不法使用」 (長野朝日放送)
・「研究用に提供した乳酸菌株を不法に使用」老舗みそ蔵が信州大学と准教授を相手取り1000万円の損害賠償求め提訴「十分な説明がなくやむを得ず提訴」 (TBS NEWS DIG)
・<詳細> (有限会社井上醸造 リリース)

報道等からわかる経緯としては以下のようなものです。
①2013年に長野県のみそ製造会社である井上醸造がみそのサンプルを提供。
②信州大学の准教授がLD株と呼ばれる抗菌性が高い乳酸菌株を発見。
③商品化が持ち上がるものの、井上醸造は反対して撤退。「秘密情報は破棄」
④信州大学は高い抗菌性を持つPP165という乳酸菌株に関連する特許を出願(2016,2017年)。
⑤井上醸造は抗菌性の特徴や外部に委託した解析結果から、自社が提供した乳酸菌株だと主張。
⑥井上醸造が信州大学へ説明を求めるものの、十分な説明はない。
⑦井上醸造が信州大学と准教授に対して訴訟提起。

報道では2016年、2017年に特許出願したとのことですが、確かに信州大学が2016年に出願し、この出願を基礎として2017年に優先権主張が行われた特許出願であって、請求項にPP165の構成が含まれていたり、発酵調味料として味噌であることに言及したものがあります。この特許出願は、審査を経て補正の後に特許査定となっています。

さらに、井上醸造のリリースには下記のような記載があります。
信州大学に対しては、本訴訟提起に至るまで、再三にわたり、PP165株がLD株とは別の乳酸菌株と主張するのであれば、それがわかるよう説明してほしいと求めてきましたが、信州大学からは十分な説明はなく、信州大学の手元にあるはずの資料の開示もなされませんでした。しかも研究活動の不正に関する窓口への通報も行いましたが、それも門前払いされてしまったため、やむを得ず最終的判断を司法の場に委ねることといたしました。
上記リリースのように、信州大学は「PP165株がLD株とは別の乳酸菌株であること」を明確にすれば事足ります。報道によると「飯山市のみそ蔵から発見したもの」と説明したそうのので、当該「みそ蔵」を明確にし、この「みそ蔵」からも信州大学にサンプル提供を行ったとのことを証言してもらえば済むと思いますし、提訴される前に行うべきなのではと誰もが思うでしょう。


ここで、報道等から判然としないことは、秘密情報とされる物が何であるかということです。すなわち、秘密情報が井上醸造から提供されたサンプルである味噌なのか、この味噌から分離された乳酸菌株なのか、ということです。

おそらく、ここでいう秘密情報は乳酸菌株であると思います。しかしながら、仮に秘密情報が味噌であり、この味噌が信州大学への提供時に販売されているものだとすると、味噌そのものは公知であり、営業秘密とはなり得ないと思います。

一方で、秘密情報が乳酸菌株であるとすると、この乳酸菌株の発見は准教授によって行われたとのことですので、准教授も乳酸菌株の保有者となり得るのかもしれません。そうであれば、准教授はそもそも当該乳酸菌株を自由に使用できる立場である可能性があります。
このような知的財産の所有権に関することは、井上醸造との間における知的財産に関する契約書に記されているのではないでしょうか。
そうすると、契約において、乳酸菌株が破棄されるべき対象とされていたのかが重要となるでしょう。仮に破棄の対象が井上醸造が提供したサンプルと解釈され、乳酸菌株が破棄の対象とはなっていない場合には、准教授が当該乳酸菌株を使用することに問題がないとなるのかもしれません。また、仮に破棄の対象が発見した乳酸菌株そのものとされるものの、当該乳酸菌株に関する資料は破棄の対象に含まれていない場合には、当該資料を使用することに問題がないかもしれません。
いずれにせよ、研究により新たに発見した知的財産の取り扱いや、契約終了後に破棄するべき情報については、契約書を確認すればわかるはずです。

さらに、井上醸造のリリースには「研究活動の不正に関する窓口」に通報したものの、門前払いされたとあります。この「窓口」とは下記のものでしょう。

上記窓口における通報の対象には「捏造,改ざん,盗用,二重投稿,不適切なオーサーシップ,悪質な意図に基づく論文の不引用 など」とあります。実際に信州大学がどのような対応を行ったのかはわかりませんが、秘密情報の不正使用については、明確には通報の対象とはなっていないので、何ら対応しなかったということなのでしょうか。
しかしながら、営業秘密侵害は民事的責任だけでなく、刑事的責任も問われる違法行為であるため、本当に門前払いをしていたとあればその認識が甘く少々信じ難いことなのですが、その結果が今回の提訴なのでしょう。
また、上記のように、秘密情報が何であるのか、破棄の対象となっていた情報は何であるのかは、まずは井上醸造と信州大学との間の契約に基づいて対応するべきことは容易に理解できるはずなので、井上醸造から門前払いされたとリリースされるような対応はどのようなものだったのでしょうか。

このように、他社(今回は大学ですが)に自社の情報を正当に開示したものの、自社の思惑にないところで開示先が特許出願をしたというようなことは、知財関係者であれば少なからず耳にすることだと思います。
本提訴はまさにそのような事案が顕在化したものと思われ、裁判の行方が気になります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月31日日曜日

判例紹介:営業秘密の特定について

本ブログでは、営業秘密の特定について度々述べています。
訴訟において営業秘密の特定ができていないと、秘密管理性、有用性、非公知性についても裁判所は判断できないことになります。このため、営業秘密侵害を主張する場合には、営業秘密であるとする情報の特定が第一に重要となります。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年2月19日判決、事件番号:令4(ワ)70057号)は、「服のパターン」が営業秘密であると原告が主張した事件です。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後にSNSを利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしています。

本事件では、原告は営業秘密とする服のパターンとして、原告の製品の品名、品番等を示しています。このような原告による営業秘密の特定に対して、裁判所は以下のように判断しています。
原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。

原告と原告の元従業員であった被告との間では、「原告の製品の品名、品番等」でもお互いに服のパターンを認識できるのではないかと思います。しかしながら、裁判所は「原告の製品の品名、品番等」では服のパターンを認識することはできません。

なぜ、営業秘密の特定が必要なのかということを考えると、営業秘密の特定がなされていないと秘密管理性、有用性、非公知性の判断を客観的に行うことができないためです。
特に服のパターンは、所謂図面のようなものであるため技術情報とも言えます。このため、公知の情報との対比によって有用性及び非公知性を判断する必要もあります。そうすると、服のパターンが特定できなければ、公知の情報との対比は全くできません。

さらに、被告は「そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。」とも主張しています。これは、原告が主張する服のパターンを用いて製造販売された服をリバースエンジニアリングすることで、当該服のパターンと同じ情報が容易に得られれば、当該服のパターンは既に公知になっている、という主張です。営業秘密の特定ができないと、このような被告の主張に反論することもなく、訴訟が棄却されます。

以上のように、自身が主張する営業秘密を特定しなければ、営業秘密侵害は100%認められることはありません。なお、本事件では「原告の製品の品名、品番等」は特定できるので、これに対応する「服のパターン」の特定は容易であると思えるのですが・・・。なぜ、その「服のパターン」を裁判において示さなかったのかはわかりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年3月25日月曜日

判例紹介:「営業秘密を示された」とは?

不正競争防止法第2条第1項第7号には営業秘密の不正行為として下記のように規定されています。
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
では、営業秘密が「示された」場合とは、どのような場合でしょうか。そのことが争点となった裁判例(大阪高裁令和6年2月9日判決、事件番号:令5(ネ)1657号)を紹介します。

本事件は、被控訴人(原審被告)に所属する研究者が控訴人(原審原告)となっており、控訴人は振興会の科学研究費助成事業により交付される科研費を用いてするUCN(超冷中性子)の研究に従事していました。そして、控訴人らは、同研究において製作し、被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)を被控訴人が使用等することは控訴人らが本件物件について有する営業秘密侵害であるとして提起しました。

より具体的には、被控訴人が控訴人らの寄付を受け入れたことにより、本件物件の所有権を取得するものの、本件物件に化体する本件情報に関する権利は控訴人らに帰属したままであり、被控訴人は本件情報に関し、控訴人らに対して信義則上の秘密保持義務を負うものというべきであるものの、被控訴人は本件物件の管理目的を超えて、本件物件を第三者との共同研究の用に供している、というものです。
なお、原審では、控訴人らの主張する営業秘密が特定されていないから請求(訴訟物)は特定されておらず本件訴えが不適法であるして棄却されています。また、裁判所は、被控訴人の秘密保持義務も認めませんでした。

本事件(高裁)では上記のように、「被控訴人が営業秘密を示されたのか」についてが争点となっています。
まず、控訴人が被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)の本件情報(控訴人主張の営業秘密)ついて、控訴人は「本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(構成部品)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報」であると主張しています。
さらに、この本件情報に対して控訴人は、「本件物件の外観を見ただけでは解析が不可能であり、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないため非公知性は維持されている」とも主張しています。


これに対して裁判所は、以下のように判断しています。
確かに、本件情報が控訴人ら主張のような技術情報であるなら、本件物件2のうちHe-Ⅱ冷凍器は被控訴人が管理し、その余の本件物件は第三者が管理しているものの、本来の目的である実験等に利用されているだけであって、控訴人ら主張の本件情報を得るための詳細な分解検討等がなされたわけではない以上(科研費で購入された本件物件につき、その可能性も考え難い。)、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないとされる本件情報(本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器を含む仕組み自体、あるいは本件物件全体及び上記各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報)は、なおこの被控訴人を含む第三者によっても知られていないと考えられる。そして、そうであれば、本件情報が営業秘密としての特定が不十分であることはさておき、その非公知性はなお維持されていることを否定できないというべきである。
しかし、そうであれば、被控訴人が本件物件の寄付を受け、これらをその管理下においたとしても、それだけでは本件情報を知ることができないということになるから、争点(3)ウにおける被控訴人が本件物件の寄付を受けることで、これにより、あるいはその際、営業秘密たる本件情報を示された旨をいう控訴人らの主張する事実は認める余地がないということになる。なお、控訴人らが被控訴人に対して本件物件の引渡しのほかに本件情報を開示したとの事実は主張立証されていないことはもとより、これをうかがわせる事実はない。また、控訴人らの主張に従う限り、本件物件を実験等に利用したとしても、そのことで本件物件の構造等にかかわる本件情報を知ることができないはずであるから、被控訴人は現時点においてもなお本件情報を「示された」とも認められないということになる。
裁判所の判断を要約すると、下記のようなことと理解できます。
①被控訴人が主張するように、本件情報は本件物件(UCN源)の仕組みや構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報であるため、本件物件が被控訴人の管理下にあるとしても、非公知性は維持されている。
②本件情報の非公知性は維持されているため、本件物件を管理している被控訴人であっても本件情報を知ることはできないし、他に本件情報が被控訴人に開示された事実はない。
③被控訴人は本件情報を知らないため、被控訴人が本件物件を寄付され、使用していても被控訴人に本件情報を「示された」とは認められない。

なお、裁判所は、本件物件の引渡しのみで本件情報を示された、すなわち「営業秘密を示された」ことが肯定されるというのなら、被控訴人は秘密保持義務を負わないため、本件情報は既に非公知性が失われたことになって営業秘密の要件が充足されない、とも述べています。

上記の裁判所の判断は妥当であると思われますが、このような営業秘密に関するトラブルは想定し得ることでしょう。
例えば、企業間における共同研究開発において、共同研究開発先が独自開発した装置を借りて実験等を行う場合に、当該装置の内部構造に対して秘密保持義務を課されており、その後、借りた側が同様の装置を製造等した場合です。
このような場合、貸した側は営業秘密侵害を主張したくなりますが、借りた側は当該装置を「営業秘密を示された」ことにはなりませんので、当然、営業秘密侵害とはなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年2月20日火曜日

判例紹介:原告が被告を特許侵害で提訴、被告は原告が被告の営業秘密を特許化したとして反訴

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月7日 事件番号:令3(ワ)26762号)は、今後も起こりそうな事件です。
この裁判の概要としては、まず、原告(個人)が被告(三菱ケミカル株式会社、三菱ケミカルインフラテック株式会社)に対して特許権侵害(特許第6350985号)で提訴(本訴)したものの、被告が本件特許は原告の冒認出願によりされたとして反訴しました。

本事件の原告(特許権者(出願人)と発明者は同一の個人)は、昭和39年から平成12年1月15日まで、被告企業である三菱ケミカル(社名変更前の三菱レイヨン時に日東化学を承継)において勤務しており、中央研究所の研究部長を務めていたとのことです。そして原告は、退職から14年後の平成26年7月2日に本件特許の出願を行い、平成30年6月15日に設定登録を受けています。

本事件において被告は、以下のように、本件特許発明は日東化学の従業員が完成させた本件硬化剤発明とが同一であるとして、本件特許発明は特許を受ける権利を有しない者による出願であるとして反訴を行っています。
ア 本件特許発明は、日東化学の従業員であったBⅰ及びCⅰが平成3年10月に完成させたものである。
すなわち、Bⅰ及びCⅰは、GS硬化剤の開発に関し、平成3年10月度月報において、「エヌタイトGS」という銘柄の処方(以下、同処方により特定される硬化剤に係る発明を「本件硬化剤発明」という。)を完成させた。本件特許発明と本件硬化剤発明とは、一部の構成要件において形式的な相違があるものの、これらは、以下のとおり、いずれも実質的な相違点ではなく、両発明の同一性を損なうものではない。
・・・
イ 原告は、日東化学の研究所において、Bⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件特許発明を同人らから直接又はその他の日東化学の書類や従業員を介して知得したにすぎず、本件特許発明の発明者ではない。そして、Bⅰ及びCⅰが完成させた本件特許発明に関する特許を受ける権利は、本件職務発明取扱規程に従って日東化学に承継されたのであり、原告がこれを譲り受けたことはない。
ウ 仮に本件特許発明と本件硬化剤発明が同一でないとしても、本件硬化剤発明をその範囲に含む本件特許発明は、本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密(●(省略)●)を利用した発明であることは明らかである。これに対し、原告は、日東化学従業員として、就業規則及び本件誓約書に基づき、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密を退職後も自己の目的に利用したり第三者に開示したりしてはならない義務を負っていた。そのような原告が、被告らに権利を行使する目的で本件特許発明について特許出願をし、本件特許権を取得したことは、就業規則及び本件誓約書において禁じられた「自己の目的」への利用そのものである上、特許出願に伴う公開を通じた第三者への開示にも該当する。
このように、本件特許発明が本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用してされたものである以上、原告は、本件特許発明について、特許を受ける権利を有しない。また、原告の秘密保持義務違反によってされた利用発明である本件特許発明についての特許を受ける権利は、条理上、本件硬化剤発明に関する営業秘密の保有者であった日東化学、ひいてはその権利義務を承継した被告三菱ケミカルに帰属するというべきである。


しかしながら裁判所は、原告の本件特許発明と被告の営業秘密(本件硬化剤発明)とを対比してこれらが同一でないとしたうえで、本件特許は冒認出願ではない、として被告の主張を認めませんでした。

なお、被告は、原告が日東化学の研究所において、本件硬化剤発明を完成させたBⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件硬化剤発明と同一の本件特許発明を知得したにすぎないと主張したものの、裁判所は、これも下記のように認めませんでした。
・・・原告は、遅くとも平成3年初め頃以降、日東化学の中央研究所の研究部長を務めており(前提事実(1)ア)、平成3年4月度月報及び同年10月度月報には、原告の姓を示す「Aⅰ」との印が押されていることが認められる(乙12、22)。そうすると、原告は、平成3年当時、Bⅰらによる本件硬化剤発明に係る報告内容を把握し得る立場にあったとはいえるが、本件硬化剤発明は、複数の含有物を異なる割合で混合するというものであるから、上記各月報を一瞥しただけでその内容を完全に記憶することは必ずしも容易ではないと考えられる。そして、本件証拠上、原告が、上記各月報を具体的にどのような態様で閲読したのかは明らかでなく、Bⅰらによる研究内容をどの程度具体的に把握していたのかも明らかではない。
したがって、原告が本件特許発明をBⅰらから知得したと認めることはできない。
また、被告は、本件特許発明は本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用した発明であるから、原告は本件特許発明について特許を受ける権利を有しないとも主張しました。しかしながら、裁判所はこの主張も以下のように認めませんでした。
・・・原告は、従前、日東化学及び三菱レイヨンにおいて、地盤安定化剤、床用石膏プラスター組成物の研究開発に携わっており、その過程で、自らが発明者又は研究従事者として、①珪酸ソーダ水溶液からなるA液と、石灰、Ⅱ型無水石膏及び界面活性剤の混合物の水性スラリーからなるB液とを混合した薬液を地盤中に注入して硬化させる地盤安定化法(甲17)、②フッ酸副生無水石膏に、苛性カリ(水酸化カリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、消石灰、炭酸カルシウム等のアルカリ性物質を添加して中和すること(乙48、49)、③●(省略)●といった、本件特許発明を構成する具体的な技術事項を把握するに至っていたと認められる。
しかし、上記①及び②に係る技術事項は、特許公報等により公開されているものであるし、本件証拠上、本件特許発明を構成するその余の技術事項が日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属するものと認めることができないから、原告が、三菱レイヨンを退職した後に、公知の刊行物等を参照しつつ、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属しない技術事項を組み合わせるなどして本件特許発明を着想し、それを具体化して本件特許発明を完成することができたとしても、直ちに不自然であるとはいえない。
なお、原告による特許権侵害という主張は、被告の製品(GS硬化剤等)は本件特許の技術的範囲に属さないとして認められませんでした。このように、原告による本訴、被告による反訴は共に棄却されました。

このように、前職企業を退職した従業員が、転職先等で前職企業における職務内容と同様の発明を行うことは当然あり得ることだと思います(本事件では特許権の権利者と発明者とが同一の個人であるため、原告が他企業に転職していないのかもしれませんが)。
そうすると、本事件のように前職企業は、転職した発明者が自社の営業秘密を持ち出して転職先で特許出願をしたのではないかという疑念が生じさせる可能性あるでしょう。特に特許出願の発明者は明確であるため、自社の元従業員が転職先企業で特許出願をしたか否かが容易に判断でき、かつ特許出願に係る技術内容が元従業員の職務内容と同様であるかも容易に判断できます。

すなわち、転職先企業は、転職してきた者(転入者)が前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたのではないかと疑念を持たれる立場となります。万が一、前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたとなれば、転職先企業による営業秘密侵害であり、民事的、刑事的責任を負う可能性が生じます。
転職先企業では、このような事態に陥ることは避けなければなりません。このため、転職先企業(の知財部)は、発明がどのようにしてなされたかの確認が必要となるでしょう。例えば、発明の着想から具体化までに至る資料(研究ノート)を確認し、当該発明が自社においてなされたことを確認することが必要です。特に、転入間もない従業員に対しては、前職企業の営業秘密が混在していないことを十分に確認するべきでしょう。
また、万が一、本事件のように前職企業から発明の成立過程について疑念を持たれた場合に反論できるように研究ノート等や各種データを保存する必要があるでしょう。

なお、不正競争防止法第6条では具体的態様の明示義務として、以下のように規定されています。
第六条 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。
この規定によると、例えば、営業秘密の不正使用が疑われる製品や物の製造方法等において、営業秘密保有者は当該製品や製造方法等の具体的態様を明らかにすることを求めることができます。これにより、当該製品や製造方法等に自社の営業秘密が使用されているか否かが明確になることが期待されます。一方で、この規定は物や方法を対象としており、特許に係る発明の成立過程等を明らかにすることを求めることはできないと解されます。
しかしながら、上記のように、自社からの転職者が転職先等で自社の営業秘密を使用して特許出願等を行う可能性があることを鑑みると、特許に係る発明の成立過程を明らかにすることを求める規定が設けられても良いのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年1月18日木曜日

判例紹介:従業員が会社に秘密保持誓約書を提出しなくても秘密管理性が認められた事例

所属している会社から秘密保持誓約書の提出を求められる場合があるかと思いますが、秘密保持誓約書を提出しなければ、会社の営業秘密を持ち出しても大丈夫なのでしょうか。
東京地裁平成14年12月26日中間判決(事件番号:平12(ワ)22457号)はこのような事例について争った裁判例です。

本事件は、人材派遣事業等を行う原告会社の元従業員であった被告A及びBが人材派遣事業等を行う被告会社を設立し、被告A及びBが原告の営業秘密である派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を被告会社に不正に開示したというものです。なお,被告A及びBは各々、原告会社の取締役営業副部長、原告会社の取締役営業部長でした。

まず、裁判所は、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報が原告会社においてコンピュータとスタッフカード(帳簿)によって管理されており,その両方において下記のように秘密管理性を認めました。
本件においては,上記ア(ア)~(ウ)に認定のとおり,派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報が様々な形態で存在するが,このうち,上記情報のコンピュータにおける管理状況は,ア(ア)に認定したように,秘密であることの認識及びアクセス制限のいずれの点でも,秘密管理性の要件を満たすものと認められる。・・・
これらのスタッフカードについては,利用の必要のある都度,コーディネータあるいは営業課員により複写機でコピーが作成されて,営業課員がこれを持ち歩くこともあったというのであるが,これらのコピーの作成とその利用は,スタッフカードのうちの数名分について一時的に行うものであって,・・・,業務の必要上やむを得ない利用形態と認めることができる。また,営業課員が自分の手帳等に自己の担当する派遣スタッフや派遣先事業所に関する情報を転記して携帯していたことも認められるが,・・・,その必要上やむを得ない利用形態と認められる。他方,前記ア(エ)において認定したとおり,原告会社では,派遣スタッフや派遣先事業所の情報の重要性やこれらを漏洩してはならないことを研修等を通じて従業員に周知させていたうえ,該当部署の従業員一般との間に秘密保持契約を締結して秘密の保持に留意していたものである。

一方で被告A及びBは、原告会社から求められた秘密保持誓約書を提出していませんでした。このため、被告A及びBは、原告会社が一部の従業員から秘密保持誓約書を徴していたとしても、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を秘密と認識できた根拠とはならない、とのように主張しました。被告A及びBが秘密保持誓約書を提出しなかった点に関して、裁判所は下記のように判断しました。
なお,被告B及び被告Aは,誓約書を差し入れていないが,他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時,被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず,上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから,このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
そして裁判所は、原告会社が保有する営業秘密を被告A及びBが使用して被告会社に開示した行為、及び被告会社が被告A及びBから各情報の開示を受け、これを取得して使用した行為はいずれも不正競争行為に該当すると判断しました。

本事件では、被告A及びBが秘密保持誓約書を提出していなかったものの、原告会社に所属していたときの被告A及びBの役職(取締役営業副部長又は取締役営業部長)も考慮にいれて、被告A及びBは原告会社が保有する派遣スタッフ等に関する情報が秘密であると認識できたと裁判所は判断しています。

このように,営業秘密とする情報に対する秘密管理措置が適切であれば,秘密保持誓約書を提出しなかったことをもって秘密の認識が否定されることはないと考えられます。一方で、下記のブログ記事で紹介したように、秘密保持誓約書の提出を拒否しても、会社が情報の秘密管理をしていなければ、当然、当該情報は営業秘密とは認められません。すなわち、情報の秘密管理性は、当該情報に対する秘密管理措置の実態に基づいて判断され、秘密保持誓約書のみをもって秘密管理性が認められる可能性は低いでしょう。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年1月8日月曜日

昨年末に報じられた営業秘密侵害事件(刑事事件)

昨年末には、下記のように営業秘密侵害事件(刑事事件)に関連する報道がいくつかありました。

・回転寿司チェーン店事件

かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件について、カッパ社及びその従業員も刑事告訴されていましたが、これに対して検察側の求刑が12月22日にありました。なお、前社長の有罪は既に確定しています。

そして、求刑から5日後の27日にはま寿司は、カッパ社や前社長に対して5億円の損害賠償等を求める民事訴訟を行いました。

これは、刑事告訴によりカッパ社が有罪となる可能性が高いと見通したタイミングで民事訴訟を提起したのだと思います。
カッパ社が有罪となると、持ち出された営業秘密をカッパ社が不正使用したことが認められたということになります。そうすると、民事訴訟では、実質的に損害論のみとなり、はま寿司にとって民事訴訟の負担は小さくなり、かつ民事訴訟でも勝訴する可能性は高くなります。
このように、刑事告訴を行い、その後に民事訴訟という流れは営業秘密の侵害事件においてよく用いられる手法のようです。

・航空保安情報事件

この事件は、航空会社であるオリエンタルブリッジ(ORC)の元管理職がトキエアに転職する際に、ORCの保安対策に関する情報を持ち出したというものです。この元従業員は、昨年の8月に書類送検されたものの、「起訴するに足りる証拠がないため」として不起訴となりました。

「起訴するに足りる証拠がない」とは具体的にどのようなことなのか報道からは分かりません。しかしながら、書類送検されたときに元管理職は「次の会社の業務に役立つかもしれないと思い、持ち出した」と証言していることから、当該情報の持ち出しはあったのでしょう。また、上記読売新聞の報道によると、「こうした秘匿性の高い情報を閲覧できる社員は限られていたが、男は立場上、閲覧に必要なパスワードを知っていたという。」とあることから、当該情報は秘密管理性を満たしていた可能性があります。
それにも関わらず、「起訴するに足りる証拠がない」ということは、当該情報は非公知性を満たしていなかった、すなわち誰にでも容易に入手できる情報であったのかもしれません。
仮にそうであったとすると、非公知の情報と公知の情報とが混在して秘密管理されていることとなり、営業秘密管理として問題のある管理方法であった可能性があります。


また、上記読売新聞の報道によると、トキエアは転職者は管理職扱いであったものの、降格処分とし、さらに、トキエア内での当該情報の開示がなかったものの、転職者が作成に関与したトキエアの安全管理規定を作り直したとのことです。
ここで、トキエアによるこのような対応は正しかったのでしょうか。そもそも、トキエア内での当該情報の開示がなかったのであれば、安全管理規定の作り直しは過剰な対応であったと思えます。さらにトキエアは、この転職者を降格処分としていますが、書類送検の段階でそのような処分を行うことは果たして適切だったのでしょうか。

実際、営業秘密侵害の刑事事件は、逮捕や書類送検されても不起訴となる場合が多々あります。不起訴となる理由は公開されませんのでわかりませんが、持ち出したとされる情報がそもそも営業秘密ではない可能性もありますし、持ち出し又は使用そのものが不法行為でない場合もあります。また、転職者も営業秘密に対する理解が不十分であることが多々あるため、「営業秘密を不正に持ち出した」とのような証言を行う可能性があります。しかし、このような証言を行ったとしても、不起訴となる可能性もあります。
このため、逮捕や書類送検の段階で転職者に対する処分を行うことについては、相当の熟慮が必要であると思います。

・車載電装機器事件

この事件は、アルプスアルパインの元従業員であって、ホンダに転職して中国籍の会社員がアルプスアルパインの車載電装機器に関する営業秘密を不正に持ち出したというものです。

本事件の捜査は警視庁公安部が行っています。
営業秘密侵害事件において警視庁公安部が捜査する場合とは、おそらく中国、ロシア、北朝鮮等の外国政府が関与している事件であると思われます。
警視庁公安部が捜査した事件としては、中国籍の研究員が産総研から営業秘密を漏洩させた事件や、ソフトバンクの5G基地局に関する情報をロシア外交官に漏洩させた事件があります。

このような事件を捜査している警視庁公安部が、アルプスアルパインからの情報漏洩に関する本事件も捜査しているということは、本事件も単なる転職者が前職企業の営業秘密を持ち出したという事件ではないのかもしれません。すなわち、ホンダも被害企業の立場であり、アルプスアルパインだけでなくホンダの営業秘密も持ち出され、海外に流出しているのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月26日火曜日

判例紹介:元勤務先企業の立場で秘密管理の認識が異なる?

所属している会社が従業員に秘密保持誓約書の提出を求める場合は少なからずあると思います。今回紹介する裁判例(東京地裁平成14年12月26日中間判決 東京地裁平成15年11月13日判決 事件番号:平12(ワ)22457号)は、そのような誓約書を提出しなかったことを持って被告が秘密管理性を否定する主張を行った事件です。

本事件は、原告会社及び被告会社共に一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社です。被告会社は、原告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bが設立して設立と同時に代表取締役に就任し、原告の取締役営業部長であった被告Aは被告会社営業部長に就任しています。
そして、原告会社は、原告の営業秘密である派遣労働者の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を、被告B及び被告Aが不正の目的で使用あるいは被告会社に開示したと主張しました。

本事件において、原告は被告は原告の各種情報の秘密管理性に対する否定において、原告が従業員に求めていた秘密保持の誓約書について下記のように主張しています。
エ 誓約書について
 原告会社は、従業員全員から誓約書を徴していたことをもって、秘密として管理していたことの根拠の一つとしているようであるが、甲61の誓約書の束に被告小野及び被告大湊のものがないことから、少なくとも被告小野ら両名が誓約書を提出していなかったことは明らかである。このように、従業員全員が誓約書を提出していたわけでないから、一部の従業員から誓約書を徴していたとしても、被告小野ら両名が当該情報を秘密と認識できた根拠とはならない。

そして、裁判所は原告会社の派遣スタッフ名簿と被告会社の派遣スタッフ名簿との記載内容について以下のように認めています。
これらを比較すると、まず、被告会社の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」は、4頁からなり、被告会社への登録順に第1頁~第3頁に各頁62名、第4頁に34名の合計220名の派遣スタッフの氏名等が記載されているところ、このうち原告会社の名簿にも登録されていた者は、第1頁に47名、第2頁に22名、第3頁に5名(第4頁は0名)の合計74名である。このように、始めに近い頁ほど重複者が多い、すなわち被告会社に初期に登録した者ほど重複が多いのは、被告会社が設立当初は、原告会社に登録していた派遣スタッフを移籍ないし重複登録させることで自己の派遣スタッフを集め、その後事業の進展とともに、徐々に原告会社と関わりのない新たな派遣スタッフを募集したためと認められる。
また、上記によれば、被告会社の派遣先の事業所は全部で26社であるところ、うち原告会社の派遣先と重複しているものは23社に及んでいる。
さらに、裁判所は、原告による「派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報」の秘密管理性について、コンピュータによる管理とスタッフカード(帳簿)による管理の両方に対して、その秘密管理性を認め、被告が主張する誓約書については以下のように判断しました。
なお、被告B及び被告Aは、誓約書を差し入れていないが、他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時、被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず、上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから、このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
このように、営業秘密とする情報に対する秘密管理措置が適切であれば、秘密保持の誓約書等を提出しなかったからといって、非提出者に対する秘密の認識が否定されることはありません。さらに、本事件では、原告会社に所属していたときの被告A,Bの役職も考慮にいれて裁判所は判断しているようです。
なお、本事件では、被告らは各自6269万円の損害金を原告に支払え、という判決となっています。

本事件からわかることは、秘密保持の誓約書等の提出の有無にかかわらず、営業秘密とする情報の秘密管理措置の実態を鑑みて、当該情報の秘密管理性が判断されるということです。
すなわち、会社が従業員に対して秘密保持の誓約書等を提出させていたとしても、秘密管理措置が適切でなければ当該情報の秘密管理性は認められません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月20日水曜日

営業秘密の不正使用の範囲

営業秘密とする技術情報の不正使用として、例えば営業秘密が図面である場合に、当該図面に基づいて製品を製造するというような直接的な使用(直接使用)は分かり易いと思います。
また、営業秘密を参考として、当該営業秘密とされる技術情報の下位概念となるような製品を製造するような行為や当該技術情報を改良して使用する行為も不正使用(参考使用)と言えるでしょう。

ここで、参考使用の例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。

本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして上新電機による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムはエディオンのリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは上新電機のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、上新電機はエディオンのシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。


一方で、大阪地裁平成25年7月16日判決(事件番号:平成23年(ワ)第8221号)であるFull Function事件では、リフォーム事業情報事件における不正使用とは異なる判断が裁判所によって行われているようにも思えます。
本事件は、ソースコード(原告ソフトウェア)が営業秘密とされ、被告が原告ソフトウェアを原告退職後も所持していたとのことです。そして、被告による原告ソフトウェアの不正使用について、裁判所は以下のようにして認めませんでした。
(1)原告は,本件争点につき,主張によると,被告は,本件ソースコードそのものを「使用」したものではなく,ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択,処理,出力の各手順)を,被告らにおいて解釈し,被告ソフトウェアの開発にあたって参照したことをもって,「使用」に当たるとし,このような使用行為を可能ならしめるものとして,被告P1及び被告P2による,「ロジック」の開示があったものと主張する。
(2)しかし、上記2に説示したとおり,本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。
上記のように裁判所は、営業秘密であるソースコードを「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当する」とのように述べ、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないと判断しているようです。
このように、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないとする判断は、リフォーム事業情報事件とは真逆の判断のようにも思えます。

ここで、営業秘密を「抽象化、一般化」した情報は、凡そ公知の情報であり、そもそもが営業秘密とはなり得ない情報であるとも思われます。このため、リフォーム事業情報事件において被告が不正使用したされる「リフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」がどのような情報であるかは不明ですが、仮に公知の情報と言える内容であれば、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断は、誤りであるようにも思えます。
このように、営業秘密の上位概念を参考にする場合には、参考にする内容が公知の情報となっている可能性が高いと思われ、そのような使用をも不正使用とすることは適切でないと考えます。

なお、Full Function事件において裁判所は、下記のようにも判断しています。
(3)原告は,原告ソフトウェアがdbMagic,被告ソフトウェアがVB2008と,全く異なる開発環境で開発されていることから,本件ソースコード自体の複製や機械的翻訳については主張せず,本件仕様書(乙1)に,本件ソースコードの内容と一致する部分が多いことから,被告P2らにおいて,本件ソースコード自体を参照し,原告ソフトウェアにおけるプログラムの処理方法等を読み取って,これに基づいて被告ソフトウェアを開発した事実が認められる旨を主張する。
しかしながら,前述のとおり,企業の販売,生産等を管理する業務用ソフトウェアにおいて,機能や処理手順において共通する面は多いと考えられるし,原告ソフトウェアの前提となるエコー・システムや原告ソフトウェアの実行環境における操作画面は公にされている。また,被告P2は,長年原告ソフトウェアの開発に従事しており,その過程で得られた企業の販売等を管理するソフトウェアの内部構造に関する知識や経験自体を,被告ソフトウェアの開発に利用することが禁じられていると解すべき理由は,本件では認められない。
このような裁判所の判断は非常に重要でしょう。
仮に、従業員等が業務の過程で得た一般的な知識や経験自体も営業秘密であり、これらを転職先等で使用することを営業秘密の不正使用であるとすると、従業員にとって転職を躊躇させる一因となります。このため、営業秘密の不正使用の範囲を必要以上に拡大して解釈されることは抑制されるべきと考えます。
また、他社との共同研究開発等において他社から営業秘密を開示された場合に、当該営業秘密から知り得た技術情報を「一般化、抽象化」した情報(参考情報)を使用することが営業秘密の使用とされると、例えば共同研究開発終了後に自社で参考情報を使用した研究・開発を行うことを躊躇する事態になりかねません。
これらの点からも、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断よりも、Full Function事件における裁判所の判断の方が適切ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月10日日曜日

秘密管理性の判断基準が低い情報(ソースコード)

前回のブログでは、営業秘密における秘密管理性の判断基準を緩和してもよいのではという個人的な意見を述べました。とはいえ、実際には秘密管理性の判断が緩いと思える裁判例も存在します。

・Full Function事件
(大阪地裁平成25年7月16日判決 平成23年(ワ)第8221号)
この事件は、原告の元従業員であった被告P1及び被告P2が原告の営業秘密である本件ソースコード等を被告会社に対し開示し、被告会社が製造するソフトウェアの開発に使用等したと原告が主張しました。

そして、本件ソースコードに対する原告主張の秘密管理措置は以下のようなものです。
(ア)保管場所
本件ソースコードの保管場所である原告の開発用サーバには,開発担当者のみがアクセスできるようになっており,従業員ごとにID,パスワードが設定されていた。
(イ)従業員の秘密保持義務
原告の就業規則には秘密保持条項が設けられ(甲2),同就業規則は従業員に周知されていた。
(ウ)原告の情報管理体制
原告は,従業員個人所有のパソコンへのデータコピー禁止,電子メールの監視,ファイルサーバでのデータの一元管理などの措置を執っていた。
(エ)秘密であることの表示について
本件ソースコード自体に秘密であることの表示はされていなかったが,ソフトウェア開発に携わる者であれば,ソースコードを秘密にすることは常識である。
(オ)顧客に対する関係について
原告ソフトウェアの顧客の環境にdbMagicの開発環境及び本件ソースコードが保存されることはあるが,その場合,顧客には開示されないパスワード設定がされていた。
 なお,原告ソフトウェアの以前のバージョン(V8)で,パスワードが設定されないものもあったが,その場合も,大多数の顧客が閲覧可能な状態であったことはない。
上記(エ)で原告自ら主張しているように、本件ソースコード自体に秘密であることの表示はされていませんでした。(オ)に関しては、原告と顧客との関係なので、これが原告と従業員との間における本件ソースコードに対する秘密管理措置となりえるかは微妙なところです。このため、原告は(ア)~(オ)のような秘密管理措置を主張していますが、(ア)と(イ)が本件ソースコードに対する実質的な秘密管理措置とも思われ、そうであれば本件ソースコードに対する秘密管理措置の程度は低いと考えられます。


このような原告主張の秘密管理措置に対して裁判所は、下記のようにソースコードの一般的な認識を示したうえで、ソースコードに対する秘密管理措置を認めました。
一般に,商用ソフトウェアにおいては,コンパイルした実行形式のみを配布したり,ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても,これを開示しない措置をとったりすることが多く,原告も,少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について,このような措置をとっていたものと認められる。そうして,このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては,通常,開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。
前記1に認定したところによれば,本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる
このように、本事件では、ソースコードは一般的に営業秘密に該当するという原告の主張を認める形で、裁判所は、本件ソースコードの管理は必ずしも厳密ではないとしつつも、本件ソースコードの秘密管理性を認めました。

一方で、本事件は顧客情報についても争われています。顧客情報の秘密管理措置に対して原告は下記のように主張しています。
(ア)保管場所
本件顧客情報は,原告のサーバの販売管理システム上の情報であり,従業員ごとにID及びパスワードを設定していた。
(イ)従業員の秘密保持義務
原告の就業規則には秘密保持条項が設けられ(甲2),同就業規則は従業員に周知されていた。
(ウ)原告の情報管理体制
原告は,従業員個人所有のパソコンへのデータコピー禁止,電子メールの監視,ファイルサーバでのデータの一元管理などの措置を執っていた。
上記(ア)~(ウ)は、本件ソースコードの秘密管理措置と同じであり、本件顧客情報と本件ソースコードの秘密管理措置との違いは、本件ソースコードの(エ)、(オ)がないことです。これに対して、裁判所は、下記のようにして本件顧客情報の秘密管理性を認めませんでした。
本件全証拠をみても,原告主張にかかる原告の販売管理システムについて,秘密の管理に関する具体的機能,内容,運用方法(どの職種の従業員にいかなる権限を付与しているのか等)を明らかにする的確な証拠はなく,結局,具体的な秘密管理の方法は不明であったといわざるを得ない。
このように、同じような秘密管理措置を行っていても、ソースコードの秘密管理性は認められる一方で、顧客情報の秘密管理性は認められないという裁判所の判断となっています。この理由は、❝開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。❞からのようです。一方で、顧客情報に対しては、営業秘密に該当すると認識はされていないとの裁判所の判断なのでしょう。

なお、本事件では、本件ソースコードの営業秘密性は裁判所において認められたものの、被告による使用は認められず、被告らが本件ソースコードを開示,使用して不正競争行為を行ったとは認定されませんでした。

また、本事件と同様に、ソースコードの一般的な認識として❝ソフトウェアのソースコードは,一般に非公開とされているもの。❞と認定した裁判例として、大阪地裁平成28年11月22日判決(事件番号:平成25年(ワ)第11642号)もあります。

このように、ソースコードに対しては、❝ソースコードである❞という理由によりその秘密管理性を認めた裁判例があります。これは例外とも思え、Full Function事件では、ソースコードと同様の秘密管理を行っていた顧客情報の秘密管理性は認められていません。
個人的には、積極的に公開しない限り、顧客情報も一般的には秘密とされる情報であると思うのですが、顧客情報の秘密管理措置が認められない理由は判然としません。しかしながら、ソースコードのように❝一般的❞な認識によって秘密管理措置が認められる情報が存在するのであれば、ソースコードと同様に秘密管理措置が認められる情報(例えば顧客情報や非公知の技術情報等)の幅が広げられてもよいのでは無いかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月30日月曜日

公知の情報の組み合わせの営業秘密性

営業秘密は、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たした情報であり、たとえ秘密管理性を満たした情報であっても、公知の情報は営業秘密とはなり得ません。一方で、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められて営業秘密となり得るかは、裁判所の判断が分かれる可能性がありそうです。

まずは、塗料配合情報流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日、事件番号:平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)での裁判所の判断です。この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社の子会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、日本ペイント社の競合他社である菊水化学工業株式会社に営業秘密(塗料の原料の配合)を漏えいし、自身も同社の取締役に就任したというものです。この被告人は、懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

本事件において被告人の弁護人は、「本件各塗料の原料の情報は特許公報等の刊行物から容易に推測が可能であるので,非公知性が失われている」と主張しました。
しかしながら、裁判所は、下記のように弁護人の主張を認めませんでした。
・・・本件各塗料の配合情報に含まれる原料は,特許公報等の刊行物に掲載されているものの,一つの刊行物に配合情報としてその全てが掲載されているわけではなく,関連する多数の刊行物を検索した上,複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。また,刊行物に掲載されている複数の原料のうちどの原料が本件各塗料の配合情報を構成するかを推測することには相応の困難がある。そうすると,特許公報等の刊行物の情報から本件各塗料に含まれる原料を全て特定することは不可能でないにしても相当な労力と時間を要するといえる。したがって,特許公報等の刊行物に本件各塗料の原料の情報が記載されているからといって,本件配合情報の非公知性は失われない。

一方で、東京地裁平成30年3月29日判決(事件番号:平成26年(ワ)29490号)の高性能多核種除去設備事件では、裁判所は一見、日本ペイントデータ流出事件とは逆の判断をしているように思えます。
上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
また、AI技術を用いた自動会話プログラムをまとめた情報を営業秘密とした東京地裁令和4年8月9日判決(事件番号:令3(ワ)9317号))でも、当該情報に対して「平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。」と裁判所によって判断されています。
この事件は、原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号)されていますが、下記のように控訴審ではより明確に非公知性が否定されています。
(8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。
以上のように、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められるか否かは裁判所の判断が分かれるているようにも思えます。より具体的には、非公知性が認められる場合とは、高性能多核種除去設備事件で示されているように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」場合と考えられます。

ここで、塗料配合情報流出事件では「複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。」として配合情報の非公知性を認めていますが、仮に、このような配合情報に非公知性がないとすると、物の配合情報はほとんどが営業秘密ではなくなってしまい、企業にとって不合理な不合理な判断となり得るでしょう。
一方で、労力と時間を要せずにインターネットの検索や文献調査等によって集めた情報は、誰でも取得できるものと言え、そのような情報にまで営業秘密としての保護価値を与えてしまうことも適切ではないと思えます。
そうすると、上記のように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」ことを非公知性の判断基準とすることは妥当であると思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月16日月曜日

判例紹介:取引先との間の秘密保持契約による秘密情報の特定

自社の営業秘密を取引先等に開示する場合、秘密保持契約を締結するかと思います。その秘密保持契約には、秘密保持の対象となる情報の特定方法が規定されている場合も多いでしょう。この特定を行わないまま開示した情報の取り扱いはどのようになるのでしょうか。

このような判決がなされた裁判例が大阪地裁令和5年8月24日判決(令3(ワ)11898号)であり、本事件は、原告が被告との間で販売代理店契約を締結し、原告が被告に対し契約保証金300万円を支払ったものの、その後、本件代理店契約を解除したにもかかわらず、代理店契約終了時に返還が予定されている被告からの上記保証金の返還がないと原告が主張したものです。これに対して、被告は、原告が被告の営業秘密を不正使用したので、これが原告の被告に対する契約保証金返還債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしました。

ここで、被告と原告とは下記のような秘密保持契約を締結していました。
2条(秘密情報)1項
本契約において、「秘密情報」とは、本契約の有効期間中に、本検討に関して相手方から提供または開示された技術上または営業上の情報および資料(この情報および資料にはサンプル、製造図面、分析検証データ、報告書等およびノウハウを含む。以下、同じ。)のうち、次の各号に定めるものをいう。
(1) 電子的記録媒体、書面その他有体物…または電子メール…にて開示または提供され、当該有体物および当該電子メールに秘密である旨が明示されているもの。
(2) 口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。
上記(2)のように、本秘密保持契約では「口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。」が秘密情報として特定されると規定されています。

しかしながら、被告は、下記のように秘密情報の特定を行っていないことを認めつつ、原告は秘密保持義務違反等があると主張しました。
被告は、本件秘密保持契約書2条1項に従った秘密情報の特定をしていないが、本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた。
ところが、原告は、被告製品の図面等の被告の秘密情報を用いて模倣し、被告製品と同種の油化炭化装置である「パイロリナジー」(以下「原告製品」という。)を製造して、令和4年3月1日から販売している(乙17、18)。
したがって、原告には、本件各契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務ないし秘密情報の目的外使用禁止義務に違反した債務不履行がある。
これに対して裁判所は、秘密保持契約の規定に従い、下記のように被告の主張を認めませんでした。
本件秘密保持契約における「秘密情報」というためには、本件秘密保持契約書2条1項に定めるとおり、契約有効期間中に相手方から提供又は開示された情報及び資料であって、開示又は提供された有体物及び電子メールに秘密である旨が明示されているもの、もしくは、口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付又は届けられたものであることを要すると解される。
しかし、被告が本件秘密保持契約に基づき秘密が保持されるべき秘密情報である旨主張する本件各情報について、同項に従った特定が行われていないことは当事者間に争いがないから、本件各情報は、本件秘密保持契約における「秘密情報」には当たらず、原告が本件秘密保持契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務(本件秘密保持契約書3条)、及び、秘密情報の目的外使用禁止義務(同4条)を負うことはないというべきである。

また、被告は、上記秘密保持契約とは別途締結した代理店契約書24条に原告が違反する、とも主張しました。なお、代理店契約書24条は下記のとおりです。
1 甲(被告)または乙(原告)は、お互いに本契約における取引等で得た事項を第三者に漏洩してはならない。
2 甲は乙に提供する「本製品」製造の技術ノウハウと知識を日本において、乙に提供することと使用させることを保証する。乙は自身で甲の提供する「契約製品」製造の技術ノウハウと知識を使用する。乙は該当技術ノウハウ或いは知識或いは設備を第三者に提供してはならない。
しかしながら、これについても裁判所は、下記のように被告が主張する代理店契約書24条に基づく原告の秘密保持義務違反を認めませんでした。
原告と被告とは、本件代理店契約を締結するに伴い、それに先立って本件秘密保持契約を締結したものであるから(乙19、証人P1、同P2)、本件代理店契約書24条にいう「秘密」は、本件秘密保持契約における「秘密情報」と同様に解するのが契約当事者の合理的意思に合致するというべきである。
前記(2)のとおり、本件各情報は本件秘密保持契約における「秘密情報」に当たるとは認められないから、本件代理店契約書24条の秘密保持義務の対象となる「秘密」に当たるともいえない。
したがって、原告に同条に基づく秘密保持義務違反があるとの被告の主張は採用できない。
また、被告は「本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた」と主張していますが、裁判所はこれも認めませんでした。

さらに、被告が自身の営業秘密であると主張した本件各情報についても、「本件各情報につき、被告による管理の意思が客観的に認識可能であったとは認められない。」等の理由から、その営業秘密性が認められませんでした。

以上のように、取引先に自社の情報(営業秘密)を開示する場合には、秘密保持契約に規定されている営業秘密の特定方法に沿った方法で行わないと、相手方との間で当該情報が営業秘密であるとは認められません。これは、相手方との間で締結した契約書に定めれていることであるため、当然のことでしょう。
また、相手方に開示する情報が営業秘密であると主張するのであれば、当該情報が自社においても秘密管理しなければなりません。

このように、取引先との間で秘密保持契約を締結したからといって、取引先に開示した情報が営業秘密であると認められるものではなく、契約に沿った特定や管理を適切に行う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信