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2024年12月23日月曜日

判例紹介:営業秘密としての非公知性や秘密保持誓約書

営業秘密でいうところの非公知性について判断した裁判例(大阪地裁令和 6年10月31日判決 事件番号:令5(ワ)2681号 ・ 令6(ワ)585号)を紹介します。

本事件の原告は、自社サイトにおいて自動車の車載関連用品を販売し、原告の完全子会社を通じて、本件各ECサイトにおいて、車載関連用品やアウトドア用品などを販売しています。被告会社は、原告の従業員であった被告P2が取締役であり、被告P1は被告会社の代表取締役です。なお、被告P2は原告を令和4年6月13日に解雇されています。
そして原告は、「被告P2が本件PC内に保存されていた原告の営業に関する複数の有用な秘密情報(本件複製情報)のデータを複製して自己のUSBメモリーに保存し、原告の運営情報管理システム内のチャットで一部の従業員に共有されていたECサイト運営会社から提供を受けた商品売れ筋に関わる資料データ(本件資料データ)をダウンロードし、本件アプリを利用して被告P1に送った。」と主張しました。

そして、本件複製情報及び本件資料データの具体的な中身と被告P2の行為として、裁判所は以下のことを認定しています。なお、下記の同月3日とは、被告P2が原告を解雇された令和4年6月3日です。
(3) 被告P2による情報の取得、提供等
ア 被告P2は、原告の情報管理システム内に保存されていた情報を本件PCのデスクトップ上に複製して保存し、同月3日、上記保存データを自身のUSBメモリーに複製して保存した。被告P2の複製した本件複製情報には、検品資料、製品本体シール、製品販売写真、ソフトウェアUI画面、製品パッケージデザイン、取扱説明書、構成Htmlプログラム、製品車両適合表、受注担当業務マニュアル関係などに関するデータが含まれていた。(甲9、72ないし92)
イ 被告P2は、令和4年6月9日の就業時間中、原告の運営情報管理システム内で共有されていた本件資料データをダウンロードし、被告P1に送信した。本件資料データは、Yahoo!ショッピングの運営者が、出品者である原告の要請に応じて提供した資料であり、当該サイトで「毎月の流通しているジャンルの資料」(3枚もの)として、同運営者担当者により原告社内に公開された。(甲10)
また、原告による情報管理体制として、以下のことが裁判所によって認定されており、このシステムで本館複製情報及び本件資料データを管理していたようです。なお、原告の従業員数は10名に満たないようです。また、本事件において裁判所は、この情報管理体制による秘密管理措置の適否は判断していません。
(2) 原告在職中の被告P2の業務及び原告の情報管理体制
被告P2は、原告において商品の仕入れ業務を担当し、日常的に、我が国のECサイトの売れ筋の確認、中国のECサイトでの類似商品のリサーチ、売上げを見込める商品に関する中国の物品販売業者との間の見積もり取得等を行っていた。被告P2は、上記仕入れ業務にあたり、原告の販売管理システムや情報管理システムにログインし、原告の仕入先や価格等の情報にアクセスしていた。
少なくとも令和4年6月当時、同システム内のファイル情報にはパスワード等のアクセス制限措置は講じられておらず、秘密情報であるとの明示もされていなかった上、原告の従業員は、上記各システムのID及びパスワードを入力すれば、外部端末からも同システムにログインすることができた。

また、原告と被告P2は、被告P2の入社時に秘密保持誓約書を締結しており、本件秘密保持誓約書には以下のことが記載されています。
私は貴社に入社するに際して、以下の事項を遵守することを誓約いたします。
1.秘密情報の取扱い
次に掲げる情報(以下、「秘密情報」)について、貴社の許可なく、使用、
貴社内あるいは、社外において、開示もしくは漏洩しません。
①技術上の情報、知的財産権に関する情報
②製品開発等の企画、技術資料、製造原価、価格等に関する情報
③人事上、財務上等に関する情報
④他社との業務提携、技術提携等、貴社の企業戦略上重要な情報
⑤顧客データ、個人情報
⑥貴社が秘密保持すべき対象として指定した情報
このような事実のもと、裁判所は原告が主張する営業秘密(本件複製情報、本件資料データ)について以下のように判断しています。
(2) 秘密保持義務違反について
ア 前記前提事実認定事実によると、被告P2は、本件複製情報を取得し、かつ、本件資料データを被告P1に提供したが、本件複製情報は、商品の検品資料、製品本体シールのデザイン、商品説明写真、パッケージデザイン、取扱説明書等の雑多なデータで構成されるもので、公知情報か公知情報から容易に製作できるデータと認められる上、これを、例えば、被告会社や被告P1らへ開示するなど、被告P2が具体的に使用したことを認めるに足りる証拠はない。また、本件資料データは、その内容を見てもECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供するものといえるから(乙11参照)、本件秘密保持誓約書所定の「秘密情報」に該当しない。
そうすると、被告P2の本件複製情報の取得及び本件資料データの提供について、秘密保持義務違反の債務不履行があったとはいえない。
このように、裁判所は、本件複製情報に対して非公知ではないとしてその営業秘密性を認めませんでした。本件複製情報が「商品の検品資料、製品本体シールのデザイン、商品説明写真、パッケージデザイン、取扱説明書等」で構成されているのであれば、裁判所の判断は妥当であるとも思われます。

一方で、本件資料データは、非公知の情報であると思いますが、本件秘密保持誓約書所定の「秘密情報」に該当しないと裁判所は判断しています。確かに、「ECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供する」情報である本件資料データは、上記秘密保持誓約書の秘密情報の①~⑤には含まれないように思えます。また、本件資料データは、「⑥貴社が秘密保持すべき対象として指定した情報」であるといえるかというと、原告の情報管理体制からすると明確には「秘密保持すべき対象として指定」はされていません。

なお、本件資料データは、ID及びパスワードの入力を必要とするシステムで管理されているため、秘密管理されているとの主張もできるかもしれません。しかしながら、これに対する反論として、上記システムでは公知の情報である本件複製情報も管理されていることから、「本件資料データにアクセス制限措置等がなされていないため、被告P2が本件資料データが秘密であることを認識でなかった。」と主張される可能性があり、このような反論を原告が覆すことは難しいようにも思えます。
一方で、原告は従業員が10名未満という小規模であるため、他の従業員が「本件資料データ」は秘密であるとの共通認識を有していることが証明できれば、当然、被告P2も「本件資料データ」が秘密であることを認識できていたとのような原告の主張も可能かもしれません。しかしながら、「ECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供する」情報である本件資料データを従業員が秘密であると認識していたとは考えにくいので、これも難しいでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年11月28日木曜日

判例紹介:ノウハウに関する少々古い事件

今回は約20年前のノウハウに関する裁判例(大阪地裁平成13年3月23日判決 事件番号:平12(ワ)2408号)を紹介します。
本事件は、被告から懲戒解雇されて退職金不支給とされた原告が、懲戒解雇は不当であると主張して、退職金等の支払いと名誉回復措置としての謝罪広告の掲示を求めた事件です。具体的には、原告は退職にあたり「技術上の情報及び営業上の情報は一切持ち出しておりません。」とする誓約書を被告に提出したにもかかわらず、技術資料等の持出をしたことにより、懲戒解雇され、退職金不支給とされたものです。

原告が持ち出したとする被告の技術資料は下記のものです。
(1)設計図面
(2)設計計算書
(3)設計基準書
(4)試算資料(顧客から依頼のあった各装置の価格見積資料)
(5)トラブル報告書
(6)その他

原告は、下記のように自身が持ち出した技術資料の各々について、重要性はなく、懲戒解雇を相当とするようなものではなかった、と主張しています。
(一)本件設計基準書は、被告で使用頻度の高い標準部品類のJIS規格や業界規格を効率化のために抜粋したものにすぎず、そこに記載されている情報は市販の便覧等から知ることができるものばかりである。・・・
(二)本件トラブル報告書も、競合他社で同様のトラブルが必ず発生するというのであれば格別、決してそうではないから、競合他社には無用のものである。・・・
(三)本件試算資料はBAL全体の二割程度の試算資料であり、この資料からは、全体のコスト分析はできないのみならず、個別機械の価格構成、試算経過、購入品の発注先、価格、型番、輸出梱包費、管理費等は分からないし、国内と台湾との調達部品の区分けもなく、設計仕様も不明であり、肝心の電機計装類、据付工事費、電気工事費、設計費、試運転費用、監督費用等も分からないものである。・・・
(四)本件基準設計計算書は、三八年も以前のもので現在では古典的資料であり、ロール配列や皮膜の厚さは被告のカタログ他雑誌文献等にも掲載されていて公知のものであるし、被告の現行の仕様とも異なるものであって競合他社では見向きもしないものである。・・・
(五)本件設計図面(書証略)は、検討のために配送したものであって、原告は特定部分を選別する手間を省くため全部を複写したものである。本件設計図面にかかるラミネータ装置は、非常に複雑であって、顧客の運転時に立ち会った試運転経験者が理解できるだけのプロセスノウハウ及び運転ノウハウが重要となる装置であり、関連設備技術等の一貫したものがなければ製品として生産できるものではないし、高価格の高級設備であることから需要も乏しいものである。
要するに、原告は自身が持ち出した被告の技術資料は有用性又は非公知性を有していないため重要性はなく、法的に保護する価値がないとのように主張していると解されます。特に、トラブル報告書、基準設計計算書、及び設計図面に関する主張は、他社にとって利用価値が低いものであるとのようなものであり、このような主張は近年でも有用性を否定するために主張されることがあります。


このような原告の主張に対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・第一に、一般的にも設計図面には種々の技術やノウハウが盛り込まれていると考えられるところ、本件設計図面は、・・・同業他社に漏れるなどすれば、被告の競争力に重大な影響を及ぼすことは明らかである。原告は、需要の乏しいものである主張したり、カタログ掲載図面(書証略)からでも製作できると供述したりしているが、・・・一般的な需要は少ないかも知れないが、被告にとってはラミネータ装置の技術やノウハウの現時点での集大成と考えられるし、右カタログ掲載図面は寸法などが記載されていない配置図であり、これからでも製作できるという原告の供述は暴論というほかない。本件設計図面を含む設計図一式が被告にとって重要な技術資料であることは明らかであり、これが重要でないという原告の主張は採用できない
第二に、一般的にも設計計算書には種々のノウハウが盛込まれていると考えられるところ、本件基準設計計算書等は、前記認定のとおり、技術資料としては、古いものであるとしても、基本的な思想や原理原則が示されていたり、被告独自の数値が記載されていたり、被告で現在でも利用されている現行の設計計算書でもあるというのであるから、これらの設計計算書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが古典的で公知であるなどとして重要でないという原告の主張は採用できない。
第三に、前記認定のとおり、本件設計基準書は、主として公的規格や実験データ等の集積であり、その個々のデータ自体は被告独自のものではないとしても、それを被告における設計の標準化、効率化のためにまとめたものであるから、そこには自ずと被告のノウハウが盛込まれているというべきであるし、被告の設計図面や設計計算書等を検討するときにも必要になるものと考えられる。被告が、番号登録して貸与とし、改廃、退社時に回収するなどしているのも、原告がいうように単なる経費削減のためなどというものではなく、右のような内部書面として重要性の故であると考えられる。したがって、本件設計基準書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが公知であるなどとして重要でないという被告の主張は採用できい。
第四に、一般的にみても試算資料には原材料費と利益等種々の営業上の情報が盛り込まれていると考えられ、主として営業上の観点からこれが顧客や競合他社に流出するときは、商談等に重大な影響を及ぼすことは明らかというべきところ、本件試算資料は、前記認定のとおり、機械設備一式を含むもので、被告にとって社外流出を防止しなければならない重要な資料と認められ、単なる部分的なものであるがゆえに重要性がない等という原告の主張は採用できない。
第五に、一般的にみてもトラブル報告書は、これが外部に流出するときは、被告及び顧客の信用にかかわるうえ、競合他社からの攻撃材料に利用されるなどする危険をはらむものというべきところ、本件トラブル報告書も、前記認定のとおり、そのようなトラブル報告書の一つであり、しかも、被告のノウハウに属する資料まで添付されたものであったのであり、被告にとって重要な営業上及び技術上の資料であったと認められ、他社にとっては無意味である等の理由で重要でないなどという原告の主張は採用できない。
上記のように、裁判所は、トラブル報告書及び設計図面に関する有用性を否定する原告の主張を裁判所は認めませんでした。
しかしながら本事件の裁判所の判断では、全体的に各ノウハウの判断基準は被告にとって重要であるか否かを重視しているように思えます。具体的には、設計計算書や設計基準書については、非公知性を喪失している可能性があるようにも思えるものの、被告にとって重要であるとして原告の主張を認めませんでした。
ノウハウがその保有者にとって重要であるか否かは、近年の裁判例では判断基準となっていないと思います。このため、仮に設計計算書や設計基準書の全体が公知若しくは公知の情報の寄せ集めであれば、これらに記載のノウハウは近年の判断基準では法的保護の対象とはならないかもしれません。

一方で、本事件は、原告に対する懲戒解雇の適否を争っているものであり、原告が持ち出した情報の非公知性の有無よりも被告における重要性を重視しているとも考えられます。すなわち、被告の就業規則には「七一条 従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に付する。 二号 業務上の機密を社外に漏らしたとき。」とあり、「機密」を「被告にとって重要な情報」とのように解釈すると、持ち出された情報の非公知性の有無はさほど重要ではないとも考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年11月11日月曜日

判例紹介:ノウハウの判断基準

営業秘密ではなくノウハウの法的保護についての裁判例を最近紹介しています。今回の裁判例は東京地裁令和4年9月16日判決(事件番号:令3(ワ)30231号)です。

本事件の原告は、インターネット上でのライブ配信活動を行う者(ライバー)のマネジメント事務所を運営しています。原告と被告は被告を原告の代理店としてライバーの勧誘業務やマネジメント業務を委託する代理店業務委託契約を締結していところ、被告が同契約に違反して原告の同業他社のためにライバーのマネジメント業務等を行ったとして、原告が被告に対して債務不履行等を主張したものです。
具体的には、被告は原告事務所に所属していたBの担当マネージャーとなり、Bのマネジメント業務を担当したものの、被告はライバーのマネジメント事務所△△を運営するa社との間で代理店となる契約を締結し、Bは△△を所属事務所としてライブ配信活動を行ったようです。

ここで、原告と被告との間で締結された代理店業務委託契約には競業禁止条項があり、この競業禁止条項が公序良俗に反するか否かが争点となっています。競業禁止条項を設定する目的として、原告のノウハウの流出を防ぐという目的があります。そして、競業禁止条項に反した場合には、500万円の違約金が発生する違約金条項が定められていたようです。そこで、原告は、被告に対して代理店業務委託契約に違反したとして、この契約に基づき500蔓延の支払いを求めました。


このため、本事件において原告は原告のノウハウを以下のように主張しました。
原告は、ライバーマネジメント業務のノウハウ、ライブ配信事業の経営ノウハウ、ライブ配信活動のノウハウなど多くのノウハウを代理店に提供している。本件契約においても、原告は、被告に対して、契約締結前の個別説明会や契約締結後の被告からの個別の問合せに答える形で多くのノウハウを提供した。このようなノウハウは、原告の営業秘密として要保護性が高い情報であり、これが外部に流出すれば、原告がこれまでかけてきたコストが無駄になるだけでなく、ライブ配信業界における原告の競争力が失われてしまうのであるから、競業禁止条項を設けることには正当な目的がある。
これに対して、被告は以下のように反論しています。
原告は、ノウハウを被告に伝授したと主張するが、原告は、代理店加盟希望者に一般的に配布している個別説明会資料や被告とのLINEのやりとりを示すにすぎない。原告が、被告に対して、秘密管理性・非公知性・有用性を有するような重要なノウハウを伝授したことはない。
そして、裁判所は、原告主張のノウハウについて以下のように判断しています。
本件競業禁止条項の違反について定められた違約金は、損害賠償の予定と解されるところ、原告の提出する証拠によっても、原告が被告に提供していた情報等の有用性や非公知性が、ノウハウとして高度のものであるとまで認めることはできない。
このように裁判所は、原告主張のノウハウは有用性や非公知性が高度のものでないとして、その法的保護を認めませんでした。すなわち、裁判所は被告の主張を認めたこととなります。
この判決でも、ノウハウの判断基準は有用性と非公知性の2つであることを示唆しています。しかしながら、この2つを一括りとして高度でないと裁判所は判断しているため、有用性が高度でないのか、非公知性が高度でないのかが判然としません。
ここで、被告が「代理店加盟希望者に一般的に配布している個別説明会資料や被告とのLINEのやりとりを示すにすぎない。」と主張していることから、原告主張のノウハウは既に公知とされている資料に記載の内容と同様であると裁判所は判断しているようにも思えます。そうすると、原告主張のノウハウは非公知性を有していないこととなります。
また、原告は「被告からの個別の問合せに答える形で多くのノウハウを提供した。」との程度の主張しか行っていないことから、本事件において、原告主張のノウハウの特定が十分に行われていなかった可能性も考えられます。

なお、裁判所は、Bを△△に所属させたことは、被告による引抜行為であるとも判断し、被告は原告に対して違約金100万円を支払えという判決となりました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年10月31日木曜日

判例紹介:ノウハウの秘密保持義務

自社のノウハウを他社に開示する場合に秘密保持義務を課すことは一般的です。今回は原告が被告に開示した自社のノウハウについて、被告が秘密保持義務違反を行ったとして争った裁判例(東京地裁令和3年10月18日判決 事件番号:平29(ワ)38189号 ・ 平30(ワ)13817号)についてです。

本事件は、訪問マッサージ治療院のフランチャイズ事業を運営する原告が、同事業に加盟して治療院を開設した被告会社に対し、被告会社は原告とのフランチャイズ加盟契約の各条項(フランチャイズ加盟契約書)に違反したと主張して損害賠償請求をした事件です。

被告Y1(被告会社の設立当時の代表取締役)は原告とフランチャイズ契約を締結した際に、原告からマニュアル等の提供を受けています。
そして、被告会社は被告Y1が代表取締役を辞任した後に、訪問マッサージ治療院を募集し、被告会社からマニュアル等の提供を受けた各治療院がそれぞれ訪問マッサージ事業を行い、その施術に係る療養費を被告会社が代行請求する方法でロイヤリティ及び療養費請求の代行手数料を徴収するというフランチャイズ事業を始めました。

原告は、原告作成のマニュアルに関して、秘密保持義務に反して被告会社がマニュアルのデッドコピーを無断で作成して、被告FC事業に加盟した上記アの治療院に配布して営業活動を行った、と主張しています。

これに関して被告らは以下のように主張しました。なお、Cは原告の取締役です。
原告作成のマニュアルの記載内容には,有用性,非公知性がなく,経営ノウハウとして法的保護に値しない上,被告らは,平成28年8月4日,上記配布につき,Cの承諾を得ている。また,被告会社は,上記8つの治療院以外には原告作成のマニュアルではなく,別のマニュアルを提供しているので,いずれにしても,被告らに秘密保持義務違反はない。
しかしながら、裁判所は以下のように、Cの承諾があったことも含めて被告の主張を認めず、原告が主張する被告による秘密保持義務違反を認めました。
ア 被告会社が別紙2記載の治療院のうち,番号5,同29及び同31を含む8つの治療院に対し,原告作成のフランチャイズマニュアル(甲55。以下「原告マニュアル」という。)を配布したことは当事者間に争いがなく,証拠(甲5(枝番を含む。)~7,甲52~56)及び弁論の全趣旨によれば,この配布は,本件FC契約15条1項の「本契約に基づいて知り得たノウハウ」及び同2項の「マニュアル」を第三者に開示あるいは譲渡したものと認めることができる。
イ これに対し,被告らは,原告のマニュアルには,有用性や非公知性がないと主張するが,被告会社は,原告のマニュアル(甲55)の内容のうち,原告が「独自のノウハウ」と述べる部分(甲53)を抜き出したと認められる被告会社名義の「〈秘〉情報「みんなの笑顔治療院」訪問マッサージマニュアル」(甲52。以下「被告マニュアル1」という。)を被告FC事業に利用しており,仮に,原告マニュアルの内容の一部に非公知性等に欠ける部分が存在していたとしても,そのことによって被告が本件FC契約に基づく秘密保持義務を免れるとはいえないから,被告らの上記主張を採用することはできない。

このように、裁判所は原告作成のマニュアルの内容の一部に非公知性等に欠ける部分があるとしても、原告が「独自のノウハウ」と主張する部分の非公知性を認め、被告が秘密保持義務に反して使用したと判断しています。なお、上記裁判所の判断では、原告作成のマニュアルの有用性については特段言及していないものの、当該マニュアルは当然にビジネスに用いられるものであることから、有用性を否定する理由はないと思われます。

ここで、本事件のように、ノウハウは有用性と非公知とを有する情報であるかと思います。ノウハウの定義をこのように考えると、何らかの法的保護を受けることができる企業の情報として、秘密管理をしていなかったものの有用性及び非公知性を有する情報であればよいことになります。

なお、本事件では被告に対して営業秘密侵害を主張できるのではないかとも思えます。原告作成のマニュアルは秘密保持義務を課して被告に渡されているからです。
しかしながら、原告が「独自のノウハウ」と主張する部分に対して秘密管理性が認められるかが微妙であり、営業秘密として認められないかもしれません。その理由は、秘密保持義務を課されて被告に渡された情報に公知の情報が多数含まれていた場合には、原告が秘密であると主張する情報(非公知の情報)が何であるかを被告が認識できないと判断される可能性があるためです。このため、仮に、本事件において原告が営業秘密侵害を主張した場合には棄却された可能性があります。
一方で、本事件では、同じ情報であってもノウハウの侵害(秘密保持義務違反)を主張したことで、営業秘密侵害のように差し止め請求はできませんが、秘密管理性の主張は必要なく実質的に非公知性の主張さえできればよいので、原告の主張が認められた結果となったかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年10月8日火曜日

判例紹介:有用性について

前回紹介した裁判例(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)では、原告が営業秘密であると主張した情報(本件データファイル)に対して裁判所は秘密管理性を否定しました。しかしながら、裁判所は当該情報の有用性及び非公知性は認めています。

なお、本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

そして、原告は、被告会社が営業秘密であると主張する本件データファイルに対して、以下のようにその有用性を否定する主張を行いました。特に下記(イ)では、持ち出したデータファイルについて転職先では利用できないものであるから、営業秘密としての有用性が無い、と主張していると考えられます。
(ア) 本件Excelファイルは、原告が担当していたトウモロコシのデリバリー業務について、Excel関数を利用して、トウモロコシの買い付け数量とそれらの客先への売数量のバランスを常時把握するために原告が作成したファイルであり、特段、機密性の高いものではなく、有用性はない。
(イ) 本件詳細主張ファイル群を含む、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分は、原告が、平成27年度から平成30年度までの麦・油糧種子課在籍時に作成保存したものである。これらのデータファイルは、情報の鮮度からしても有用性は認められず、転職先へ持ち込む意味のないものである。また、本件詳細主張ファイル群の中には、原告が平成29年から令和元年頃までリーダーとして担当していた生産性改革のプロジェクトに関するものも含まれるが、これも相当に古い情報であって有用性はなく、日系企業と社内制度や体質が全く異なる外資系の転職先へ持ち込む意味もないものである。

これに対して裁判所は、有用性について以下のように判断しています。
 (1) 有用性及び非公知性について
ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ(別紙略)、これらにつき原告は具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、①飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、②投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、③現在交渉継続中の案件に関する情報、④被告会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、⑤食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は⑥被告会社の保有株式に関する情報等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告は、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、平成27年度から平成30年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記原告の主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、原告の上記主張は採用することができない。
裁判所は、特に下線部で示しているように、「有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならない」と述べています。

このように、営業秘密(情報)を持ち出した側が、当該情報の有用性を否定するために、転職先で利用できない等のような主張を行う事例がいくつかあります。

しかしながら、このような有用性を否定する主張はまず認められないと考えられます。その理由は、有用性の概念は基本的に広いものであり上記のように「客観的に企業の事業活動にとって有用である」というもののためです。このため、企業で創出される情報は、違法性のある情報等でなければ、基本的に有用性を有していると考えられます。なお、技術情報については、特許でいうところの進歩性と同様の判断を裁判所が行い、その有用性を否定する裁判例もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年9月22日日曜日

判例紹介:営業秘密ではなく、ノウハウの不正流出が認められた事件

ノウハウについての法的保護については、営業秘密とは違い条文化されていません。しかしながら、ノウハウの流出について裁判で争われた事例はいくつかあります。
今回紹介する事件は、そのような事件(東京地裁令和4年9月15日判決 事件番号:令元(ワ)18281号)であり、ノウハウの保有者である原告の賠償金請求が認められています。

原告の代表者であった被告Aが原告の開発した技術やノウハウを被告会社に提供してこれを取得させた行為は、原告に対する忠実義務(会社法355条)及び競業避止義務(同法356条1項1号)に違反する不法行為であり、原告が被告と被告会社に共同不法行為(民法719条1項)及び不法行為(同法709条)に基づいて損害賠償を求めたものです。
なお、ノウハウとは、ナノサイズの炭素繊維の製造技術や粉砕技術、分散技術に関するもののようです。
ここで、被告Aは原告の元代表取締役であり、その在任中に、炭素繊維の粉砕、分散、再生等の事業に対する技術面で中心的な役割を担ってきたようです。そして原告の主張によると被告Aは、原告代表取締役在任中の平成30年頃以降、原告に秘匿して被告会社と顧問契約を結び、技術指導として、原告が資金、労力をかけて開発してきた炭素繊維の粉砕・分散技術やノウハウを原告に無断で被告会社に提供し、その対価として顧問料の支払を受けていたとのことです。

原告のノウハウについて裁判所は具体的に以下のように判断しています。
原告は、平成29年6月までには、試作品ではあるものの、炭素繊維の粒子を平均繊維径20nm、平均繊維長360nmのナノサイズに粉砕し、これをマスターバッチ化することに成功し、その後も炭素繊維をアスペクト比を大きくするように繊維状に粉砕する方法、分散剤の選定等についても試行錯誤を重ね、同年12月までには、特許出願ができる程度に、炭素繊維を一定のサイズに粉砕するために使用する乾式粉砕の装置、雰囲気温度、インペラ回転数、粉砕時間、混合液の処方条件、湿式粉砕及び分散処理に使用する装置、使用ビーズの条件等や一連の工程を特定し、その後も、実用化に向けて、炭素繊維を一定のナノサイズにまで粉砕しつつ飛散や再凝集の課題を解決し得る一定の技術を取得していたというべきである。
他方、その当時、このような炭素繊維の粉砕技術等を用いて、所定のサイズのカーボンナノワイヤー分散液であって、かつ、高濃度にカーボンナノワイヤーを含有する分散液を調製する方法が原告以外の第三者によって既に開示されていたことをうかがわせる具体的な事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、遅くとも本件特許出願当時に原告が有していたカーボンナノワイヤー分散液の製造方法に係る技術内容、すなわち、炭素繊維をカーボンナノワイヤーと称するほどのサイズ(平均繊維径30nm~200nm、平均繊維長1μm~20μm、アスペクト比3~200)に粉砕・分散処理したカーボンナノワイヤー分散液を調製する方法(以下「原告方法」という。)は、一定の有用性・経済的価値を有するものであり、みだりに他者に開示、使用されない正当な保護を受けるに値する情報といえる。
このように原告のノウハウは保護を受けるに値すると裁判所は判断しました。この判断基準は、実質的に営業秘密でいうところの有用性と非公知性であると思われます。一方で原告主は営業秘密ではなく単にノウハウとしか主張していないので、秘密管理性については当然ながら判断されていません。


さらに、被告Aの被告会社に対する技術情報の提供の有無について、以下のように裁判所は判断しています。
被告会社は、被告Aを顧問に迎え入れるまでには炭素繊維の粉末を利用したマスターバッチを製造する技術等についての知見及び経験を有していなかったことから、被告Aが有する炭素繊維の分散技術に期待して同被告を顧問として迎え入れ、同被告も、被告会社の顧問として炭素繊維の分散技術の開発に必要な炭素繊維粉末を準備した上で、高濃度で分散性の優れた炭素繊維のマスターバッチ製造のための試行錯誤を繰り返し、一般的な炭素繊維ミルド粉末を利用したマスターバッチの濃度を優に超える高濃度のマスターバッチを作製するための製造方法(レシピ)を開発したものといえる。
このことと、原告が平成29年当時有していた炭素繊維を原料とするカーボンナノワイヤー分散液の技術的課題、意義及びその特徴と被告会社が自社の技術として広報した高分散・高濃度の炭素繊維マスターバッチのそれとが共通していること、他方で、その当時、被告会社において被告A以外の者により炭素繊維粉末を高濃度に含むマスターバッチの製造に関する具体的技術やノウハウを取得したことを認めるに足りる証拠はないことに鑑みると、被告Aは、原告において開発していたカーボンナノワイヤー分散液の製造技術を被告会社に対して提供し、被告会社においてこれを利用したことが合理的に推認される。
このように、被告Aが被告会社に原告のノウハウを提供し、さらに被告会社がこのノウハウを使用したことを裁判所は認めています。
裁判所はこのような被告Aの行為を「カーボンナノワイヤー分散液の製造方法といった炭素繊維の粉砕・分散技術に関する原告の技術情報を、少なくとも過失によって第三者である被告会社に開示して使用させたものであり、原告に対する忠実義務に違反する。これにより、被告Aは、原告の営業上守られるべき利益を侵害したといえることから、原告に対して不法行為責任を負う。」と認めています。
そして、裁判所は「原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づき、連帯して160万円の損害賠償請求権・・・を有する。」とのように原告の損害賠償請求権を認めました。

以上のように、営業秘密ではなくノウハウの不正流出に対しても法的保護を受ける可能性があります。そして、ノウハウは秘密管理性を必要としません。すなわち、秘密管理性がないものの、営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有する情報であればノウハウとして法的保護を受ける可能性があります。
しかしながら、民法719条や709条に基づく請求であれば、損害賠償は認められても差し止めは認められない可能性があります(本事件でも原告は差し止めを請求していません。)。
とはいえ、被告がノウハウを使用しており、原告の損害賠償請求が認められた場合には、その後、被告が当該ノウハウの使用を継続する可能性は低いようにも思えます。一方で、例えば自社からの転職者によってノウハウを不正に持ち出されて、転職先で開示されただけでは、損害が発生していないとして損害賠償が認められないかもしれません(営業秘密では弁護士費用が損害として認められている裁判例もあります)。
さらに、ノウハウの不正流出(不正使用)は不正を行った者に対して民事的責任を負わせることができたとしても、刑事的責任を負わせることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年8月21日水曜日

判例紹介:転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為とはならなかった事例

転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為ではないと裁判所が判断した事件(東京地裁令和2年6月11日判決 事件番号:平30(ワ)20111号)を紹介します。

本事件の被告は、AIU保険会社に研修生として入社し、同社の保険商品を勧誘や販売していたが退職し、AIU保険会社の紹介により原告に入社して損害保険の勧誘等の業務に携わり、原告を退職後に訴外会社に転職しています。
そして、原告は、被告が退職前に原告の営業秘密である本件顧客情報1,2を不正に持ち出して取得し、又は転職先において使用したとして被告を提訴しました。
なお、本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客である一方、本件子役情報2の各顧客はもともと原告の顧客であって被告が開拓した顧客ではないという違いがあります。
今回のブログでは、本件顧客情報1に対する違法性について記載します。

被告が原告の本件顧客情報1,2を取得した経緯は、被告が原告を退職した後に原告の従業員であったBから、LINEを通じて本件顧客情報1,2を写真で送ってもらったというものです。このBが被告に本件顧客情報1,2を送った趣旨は、被告が原告在籍時に担当していた顧客について、保険契約の満期が迫っていたにもかかわらず連絡がとれないことから、被告を問い詰めるためであったというものです。
そして被告は転職後に本件顧客情報1の顧客(株式会社C)との間でやり取りがあったようです。


このような事実のもと、裁判所は、本件顧客情報1を取得した被告に対する違法性について以下のように判断しています。
(イ) 本件顧客情報1の各顧客に対する営業行為等について
本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報2の各顧客と比べ,被告との結び付きは弱いとはいえないものであり,また,被告は,原告在籍時,本件顧客情報1の各顧客の連絡先を,原告から支給された携帯電話ではなく,被告の所有する携帯電話に登録し,同各顧客にはこの携帯電話の番号を教えて連絡をとり,通常の業務を行っていたものである。このことに,本件顧客情報1の顧客(株式会社C)が,保険契約の満期に際し,同社の方から被告に連絡をとっていることが認められること(被告の所有する携帯電話に連絡があったとしても不自然とはいえない。)などを併せ考慮すれば,本件顧客情報1の各顧客については,本件顧客情報2の各顧客と異なり,被告が,原告からの退職後も,本件顧客情報1の各顧客から直接連絡を受けるなどして本件顧客情報1記載の情報を把握し,同各顧客への営業を行ったことが合理的に推認され,被告が,本件顧客情報1を使用して各顧客に対して営業を行ったとは認めるに足りないというほかない。
・・・そして,本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報1の各顧客の連絡先も,被告の原告在籍時から,被告が退職時に返還した原告支給の携帯電話(これには本件顧客情報2の各顧客の連絡先が登録されていた。)ではなく,被告の所有する携帯電話に登録されて通常の業務が行われていたものである。これらを併せ考慮すれば,Bから被告に対する本件顧客情報1の送付については,本件顧客情報2の送付とは異なり,原告からの退職後,当該営業秘密を保有していなかった被告に対して改めて示したものでもなく,その違法性は必ずしも高いものとまではいえず,上記をもって,法2条1項7号に規定する目的での秘密開示行為や,秘密を守る法律上の義務に違反した秘密開示行為とまでは評価されないというほかなく,これらに係る被告の悪意重過失も認められない。
そうすると,被告において,原告からの退職後等において,Bから送られた本件顧客情報1については,その送付が不正開示行為であることを知りながら,これを取得し,その取得した本件顧客情報1を使用して,同各顧客に対して営業を行ったものということはできない。
このように裁判所は、被告が原告の本件顧客情報1を取得したこと、本件顧客情報1の顧客に対して営業したことを認めたものの、その営業活動は本件顧客情報1を使用したものでもなく、本件顧客情報1の取得について被告の悪意重過失も認められないとして、本件顧客情報1に対する被告の違法性を認めませんでした。

本裁判例のような事例はレアケースのようにも思えます。しかしながら、転職先において前職企業の営業秘密とされる顧客情報に含まれる顧客から個人的に連絡があり、この顧客に対して営業活動をすることもあるでしょう。
このような場合は営業秘密侵害なるのでしょうか?
本裁判例を鑑みると、営業秘密侵害とはならないでしょう。その理由は、転職者と顧客との個人的なつながりによって営業活動を行ったのであり、前職企業の営業秘密を使用した営業活動ではないためです。

このように、どのような行為が営業秘密侵害となるのか、正しく判断する必要があります。仮に上記のような場合において、前職の顧客から個人的に連絡があっても、前職の顧客リストにある顧客という理由でその後のつながりを拒否することは誤った判断となるでしょう。このような判断をしてしまうと、転職者自身も転職先企業にとっても、せっかくのビジネスチャンスを失うこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月31日水曜日

判例紹介:ノウハウの法的保護について

前回のブログでは、ノウハウの法的保護について記載しましたが、今回もノウハウの法的保護に関連した裁判例(知財高裁平成30年12月6日判決、事件番号:平30(ネ)10050号)を紹介します。

本事件は、中学校受験のための学習塾等を運営する控訴人(一審原告)が同様に学習塾を経営する被控訴人(一審被告)に対し、被控訴人がそのホームページやインターネット上で配信している動画等に原告表示と類似する表示を付する行為はが不競法2条1項1号の不正競争行為であると主張したものです。

さらに、控訴人は、以下のように、被控訴人学習塾の営業は控訴人のノウハウにただ乗りするものであって、自由競争の範囲を逸脱し、一般不法行為を構成するとも主張しました。
被控訴人は,控訴人が多大な労力及び費用をかけ,控訴人独自の教育思想・理念(論理的な思考力,表現力,知識にとらわれない豊かな感性,主体的な学ぶ姿勢を生徒に持たせるように育成する。)に基づいて作問したテスト問題及び解答を材料にし,控訴人のノウハウにただ乗りし,控訴人学習塾の生徒を対象として,ウェブサイト上でのライブ解説(以下「ライブ解説」という。)の提供又は解説本の出版を行っている。被控訴人は,最難関校の合格者が多いという控訴人学習塾の実績を横取りして入学者数を増やすために,控訴人学習塾の補習塾であるかのような運営を行っているが,小学校で良い成績をとるための小学校の補習塾と異なり,営利目的の営利企業である株式会社の運営する控訴人学習塾についての補習塾を運営することは,自由競争の範囲を逸脱するものである。
ここでいうノウハウとはどのようなものであるかは、判決文からは判然としませんが、おそらく、「控訴人が多大な時間と労力をかけて作成したテスト問題」にノウハウが化体しているのでしょう。
確かに、控訴人の競合他社である被控訴人が控訴人が作成したテスト問題を用いてビジネスを行っているので、控訴人としては何らかの対応を行いたい、ということなのでしょう。


このような控訴人の主張に対して裁判所は以下のように判断しています。
大手学習塾が,自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから,大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ,他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。そして,控訴人が主張する,中学校受験生を対象とする学習塾同士が熾烈な競争下にある中で,控訴人がその教育方針に従い,そのノウハウに基づいてテスト問題を作問していること,被控訴人による解説は控訴人による事前の審査を経ておらず,その内容が受験テクニックに偏ったもので,控訴人の出題意図や教育方針に反することといった事情があったとしても,このことから直ちに,被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が社会通念上自由競争の範囲を逸脱するということはできない。
上記のように、裁判所は、控訴人のノウハウについて特段言及することもなく、被控訴人の行為は不法行為ではないと判断しています。

ここで、ノウハウは営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有するものと仮定すると、控訴人のテスト問題は公知のものであり、そのようなテスト問題の解説等を行うことは何らの不正行為、換言すると控訴人のノウハウを不正使用する行為ではないとも考えられます。
一方で、控訴人のテスト問題を作成するための手法がノウハウであり、この手法は非公知であるとすると、被控訴人はノウハウを用いた成果物であるテスト問題を使用しているに過ぎず、控訴人のノウハウそのものは使用していないこととなります。
ノウハウの定義は法的に定まっていませんが、ノウハウも有用性及び非公知性を有する情報と考えると、ノウハウの侵害(不正使用)の考えも明確になると思います。
なお、本事件では、控訴人(原告)の請求は全て棄却されています。

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2024年7月22日月曜日

判例紹介:法的に保護されるノウハウとは?

ノウハウを法的に保護するためには、ノウハウが営業秘密であるとして不正競争防止法による保護を受けることが考えられます。しかしながら、ノウハウを営業秘密というためには、ノウハウを情報として特定したうえで、当該情報が秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を有していることが必要です。
しかしながら、情報が三要件、特に秘密管理性を有していないとしてその営業秘密性を否定されることが多々あります。そうすると、営業秘密と認められなかったノウハウ(情報)は法的保護を受けることができないのでしょうか。

そこで法的保護を受けることができるノウハウについて示した裁判例(東京地裁令和 4年5月31日判決、事件番号:令元(ワ)12715号)を紹介します。
本事件は、ソフトウェア等のテスト業務を専門に行う原告会社の元従業員である被告Aによって、テスト業務に使用するテスト設計書の電子ファイル(本件ファイル1、2)が被告Aの転職先である被告会社に無断で持ち出され、被告会社において使用されたとのように、原告会社が主張したものです。
原告は、被告らに幾つかの請求を行っていますが、そのうちの一つとして、「原告のノウハウを侵害したことを理由とする共同不法行為による損害賠償請求」が含まれています。

なお、当事者に争いのない事実から分かるように、被告Aは少なくとも本件ファイル1について実際に転職先である被告会社に持ち出し、それを使用したようです。
(4) 被告Aによる本件ファイル1の持ち出し等
被告Aは、平成30年6月頃、原告から貸与されていた業務用パソコンを使用して、本件ファイル1の電子データをチャットツールの自身のアカウントにアップロードして保存した。そして、被告モリカトロンに入社した後、私用パソコンを使用して、上記アカウントから同電子データをダウンロードして同パソコンに保存し、自身のUSBメモリスティックを介して被告モリカトロンの業務用パソコン及びローカル・エリア・ネットワークに保存した。さらに、被告モリカトロンの社内研修で使用するために、本件ファイル1を加工修正して研修資料(以下「本件研修資料」という。)を作成し、被告モリカトロンの従業員7名が出席した被告モリカトロンの社内研修(以下「本件研修」という。)において、同研修資料を用いて指導を行った。(甲6、弁論の全趣旨)
そして、裁判所は以下のように原告が主張するノウハウである本件各ファイルは著作物又は営業秘密でもないと判断しています。しかしながら、裁判所は、著作物又は営業秘密でなくても本件各ファイルの利用行為が不法行為と解する余地もあるとしています。
本件各ファイルは、下記7に記載のとおり、著作権法2条1項1号所定の「著作物」に該当せず、また、下記8に記載のとおり、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」にも該当しないものである。しかして、本件各ファイルの利用行為は、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
もっとも、これを前提としても、原告の主張は、被告らによる本件各ファイルの利用行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業の自由を侵害するものであるとして、前記特段の事情が存在する旨をいうものと解する余地がある。

この「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様」で使用されていたか否かについて、裁判所は以下のよう判断しています。
(3) 上記認定事実によれば、本件ファイル1は、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を記載するために使用されるテスト設計書のひな型であることが認められ、具体的なテスト業務を想定したテスト観点やテスト結果等は記載されておらず、それらを記入すべき枠としての表が記載されているものに過ぎない。加えて、本件研修資料が具体的にどのような資料であったのかについては証拠上明らかでないが、本件研修資料は、少なくとも、被告Aが本件ファイル1を加工修正して作成したものであって、本件研修や被告モリカトロンにおけるテスト業務において本件ファイル1がそのまま使用されたものではない。これらの事情を考慮すれば、被告らの行為が、具体的、客観的見地からみて、直ちに自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。
また、本件ファイル2は、テスト設計書のひな型の一部であるところ、原告の主張によれば、原告は、テスト業務に使用するテスト項目を●(省略)●本件ファイル2に係る●(省略)●ものであるという。しかして、これを前提としても、本件ファイル2は、●(省略)●が記載されたもので、原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎないということになる。また、前提事実によれば、テスト業務は、ゲームソフト等のソフトウェアが仕様どおりに動作するかを確認してプログラムの不具合の有無を検出することを内容とするものであるため、そこで確認すべき事項は、ソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられる。このようなテスト業務の性質にも照らして検討すると、上記認定のような本件ファイル2自体が、客観的,具体的見地からみて、原告独自のテスト観点等を記載したものとして、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を有するとまではいいがたく、被告らの行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとはいえない。
このように、本件ファイル1には原告が実施したテスト観点やテスト結果は記載されておらず、単なる枠であり、被告Aはそれを加工修正したものであり、本件ファイル1をそのまま使用していないために原告の営業を妨害するものではないと裁判所は判断しています。そもそも、本件ファイル1はその著作物性が否定され、かつ原告独自の情報も含まれていないのであれば、それを加工修正しても原告の営業を妨害とは考え難いでしょう。
本件ファイル2は「原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎない」として、法的に保護された利益を有するとは言えないとしています。そもそも、本件ファイル2については使用したか否かも判然としません。
このように、本事件では、原告の本件各ファイルを持ち出して使用した被告の行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。」と判断されています。

このように、営業秘密や著作権等の法的保護を受けることができない情報に対して、法的な保護を受けると裁判所が認める可能性は低いように思えます。
しかしながら、特に営業秘密については、秘密管理性がその要件として重要なファクターとなっており、有用性及び非公知性を満たしているにもかかわらず、秘密管理性を満たしていないとして営業秘密性が否定される場合は少なからずあります。そして、企業が保有している情報のうち、有用性及び非公知性を満たしている情報の全てを秘密管理することは現実的に不可能です。
具体的には、開発途中の技術に係る情報や完成に近い発明等は、有用性及び非公知性を有している場合が多々あるかと思います。このような情報は、技術や発明が完成した後に秘密管理される場合がほとんどです。そして秘密管理されていない情報を不正に持ち出したとしても、営業秘密侵害にはなりません。
しかしながら、このような情報が不正に持ち出されて使用され、その行為が「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するもの」であれば法的保護を受けることができるかもしれません。
また、顧客情報が不正に持ち出されて使用された場合でも、秘密管理性が否定され営業秘密としての保護が受けられない場合が多々あります。しかしながら、秘密管理されていない顧客情報を不正に使用する行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する」行為の典型例となるのではないでしょうか。

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2024年6月26日水曜日

判例紹介:転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むルートの一例

転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むことは、転職時にのみ行われるものではありませんし、介在する人物が複数人の場合もあります。
今回はそのような営業秘密の不正な持ち込みのルートに関する事例(東京地裁令和5年1月27日 事件番号:令元(ワ)20604号)を紹介します。

この事件は、戸建て住宅の建築業を行うアキュラホーム(原告会社)の元従業員2人(被告A、被告B)が、建築工事業等を行うアイ工務店(被告会社)に転職したものです。この転職に伴い、アキュラホームのシステムに関するデータ(本件検討資料、本件AQS関連ファイル)が漏洩したと原告会社は主張しています。なお、本事件は知財高裁に控訴されたものの判決が確定しているようです。

時系列としては以下となっています。
・被告Bは、平成26年8月31日に原告会社を退職し、同年9月1日に被告会社に入社し、被告会社のシステム開発を担当。被告会社の基幹システムを独自開発を開始。
 被告Bは、被告Aに対して、原告会社で使用していたシステムに関する資料(設計建設業務支援システム操作マニュアル)を送付するように依頼。
・被告Aは、平成26年9月8日、被告Bに対して、原告会社が作成した「設計建設業務支援システム操作マニュアル」の電子データを添付したメールを送信。
・被告Aは、平成26年9月23日、被告Bに対して、被告Bのメールに返信する形式で「これですね。」とのみ本文に記載して、本件検討資料が添付されたメールを送信
・被告Aは、平成27年4月30日、原告会社に対して同年6月30日をもって退職する旨の退職願を提出。
・被告Aは、平成27年5月1日、原告会社のファイルサーバにアクセスし、本件AQS関連ファイルを複製。
・被告Aは、平成27年6月30日に原告会社を退職し、同年7月1日に被告会社に入社。被告Bと被告Aの2人でシステム開発を行う。

このように、被告Bは、被告会社への転職時には原告会社の情報は持ち出していなかったようです。しかしながら、被告会社に転職してすぐに被告Aにデータの持ち出しを依頼し、被告Aは依頼に従い原告会社に在職中に被告Bに渡しています。さらに、被告Aは被告会社に転職する際にもデータを持ち出しています。

このように転職者が前職の同僚又は部下等に依頼して前職の営業秘密を入手することは少なからず起きています。そして、多くの場合、このようなことが違法であるという認識もありません。本事件では、証人Cの証言として下記があります。この証言のように、被告Aは前職の原告会社のシステムを参考にして被告会社のシステムを作成したとのようなことを原告従業員Cに話しています。被告Aに違法性の認識があれば、下記のようなことを原告従業員に話すことはないでしょう。
被告Aは、その後、原告従業員のCとインターネットを通じてメッセージ交換ができるアプリケーションでやり取りをした。被告Aは、その中で、Cから、被告Aが働いている会社を尋ねられて被告会社だと回答し、誰の誘いかと尋ねられると、被告Bだと回答した。その後、被告Aから、「システムはアキュラのシステムをブラッシュアップして開発している」「さすがBさん、いい形でできていたよ」と送信し、これに対してCは、「そりゃそうでしょ。そこは疑う余地なし。」と返信し、これに対して被告Aは「あんなパッケージとは格が違う」と送信し、Cが「手組?」と返信すると、被告Aは、「手組よ」「インフラが凄くて」「VPNなし」「ネット通販でPC買ってる」その他、被告会社におけるシステムの環境やその管理の貧弱さを列挙していく内容を送信した。(甲20、証人C)

また、原告会社は、被告A,Bの行為をどのようにして知ることができたのでしょうか。これに関して原告会社は下記のように説明しています。
原告では、被告会社に原告の従業員を80名以上引き抜かれたこと、被告会社が使用している帳票類が原告のものに類似していることを覚知したことから、情報漏洩の可能性を考慮して平成28年8月頃から、退職者も含めた内部調査を行った。その結果、被告A及び被告Bによる平成26年9月頃の情報漏洩を疑わせるメールが存在することが発覚した。そのため、原告では、平成26年9月頃のメールを保全する必要が生じ、不正競争行為が行われたと考えられる時期のメールの保管期間を延長するために、572万8800円を支出した。また、原告は、被告A及び被告Bが原告において利用していたパソコンのフォレンジック調査を外部業者に委託し、そのために20万3200円を支出した。
このように、近年では、メールやサーバへのアクセス履歴等のデータのやり取りの情報は記録されています。このため、過去のメールやアクセス履歴等から営業秘密の不正な持ち出しが発覚することがほとんどであると思います。
本事件は、令和元年7月31日に訴訟が提起されています。被告A,Bが原告会社のデータを持ち出してから4年近く経過してからの提起であるため、被告A,Bは自身は行ったことは既に忘れてしまっていたのではないでしょうか。

なお、本事件は、原告会社の本件検討資料の営業秘密性は認められたものの、本件AQS関連ファイルの秘密管理性がないとして当該ファイルの営業秘密性は認められませんでした。
そして、本件検討資料を取得してこれを使用したことについて、原告が被告会社から受けるべき金銭の額は100万円が相当であるとされ、さらに、電子メールの保全や調査の費用に44万2750円、弁護士費用として15万円が認められ、計159万2750円が原告会社の損害とされ、被告A,B及び被告会社が連帯して支払え、等の判決となっています。

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2024年6月18日火曜日

判例紹介:営業秘密を不正に持ち出した転職者個人が負う賠償額

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年4月25日 事件番号:令5(ワ)70462号)は、転職時に営業秘密を不正に持ち出した事例であり、転職者個人が賠償額についてです。

転職者である被告は、平成28年3月に原告に入社し、原告において営業推進部長等の役職を務めていました。しかしながら、令和5年4月30日付けで、「機密情報を複製して社外に持ち出し、意図的に外部に流出させ、その行為が就業規則第42 条(機密保持)に抵触している」ことを処分理由として、原告から懲戒解雇されています。被告は原告から懲戒解雇されているので、おそらく退職金も支払われていないと思います。
なお、原告は、化粧品、健康食品、医薬部外品、日用品雑貨の企画、製造、販売等の事業を営み、米国で酸素系漂白剤「オキシクリーン」ブランドの商品(本件商品)等の製造販売を行うC&D社との間で、日本における本件商品の販売に関する販売代理店契約を結んでいます。

そして、被告は、原告の営業秘密である本件情報(本件商品の原価)を使用してプレゼンテーション資料を令和5年2月25日に作成し、26 日にAREEN 社のB氏に対し送付しました。被告は本件情報に対するアクセス権を有しており、被告は転職先としてAREEN社の内定を得ました。

裁判所は原告の本件情報の営業秘密性を認め、下記のように被告による本件使用行為及び本件開示行為について「不正の利益を得る目的」であると判断しています。
・・・本件プレゼン資料の作成及び開示の時点で被告がAREEN 社の内定を得ていなかった場合、同資料の内容に鑑みると、その作成等は被告の転職活動を有利に進めるために行われたものと理解される。他方、仮に被告が本件プレゼン資料の作成当時既にAREEN 社の内定を得ていたとしても、その時点では被告はいまだ原告の従業員であり、AREEN 社の被告に対する評価を更に高めることにより一層有利な条件で転職することを目的として、本件プレゼン資料の作成等が行われたものとみるのが相当である。
そうすると、本件使用行為及び本件開示行為について、被告は、少なくとも自己の転職活動を有利に進めることを目的としていたものといえることから、「不正の利益を得る目的」を有していたと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

また、裁判所は、被告による本件取得行為に係る故意も認め、その損害額について以下のように判断しています。
(1) 証拠(掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不正競争により、被告が取得した情報の解析のため、被告のUSB メモリのデータ復旧作業を実施し、その費用として合計24 万2000 円(税込)を支払ったこと(甲40)、C&D社に対し、本件に関する事実経緯及び再発防止策等についての報告を行ったこと(甲16)、本件に関し、弁護士に対し、合計2200 万円(内訳は事実関係の調査費用につき400 万円、警察署相談対応につき100 万円、訴訟対応につき1500 万円及び消費税200 万円)の支払を約し、令和5 年11 月末日までに合計1927 万3650 円を支払ったこと(甲41~43)が認められる。
また、C&D社に対する上記報告に伴い、原告は、C&D社との関係で、製品の原価情報という取引上重要な情報の管理体制等につき疑念を抱かせることとなり、その信用が損なわれたものとみるのが相当である。
(2) 上記認定事実を踏まえつつ、本件事案の性質・内容・緊急性、調査の経過、民事訴訟対応につき訴訟代理人弁護士に委任せざるを得なかったことその他本件に表れた一切の事情に鑑みれば、弁護士費用相当損害を含め合計300 万円(うち、信用毀損に係る損害額は100 万円)をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
本事件は、被告が原告の営業秘密を使用して作成した資料を第三者に送付したものの、それによる損害は認めていません。一方で、被告の行為に対する対応費用として1927 万3650 円を支払ったことは認めています。そして、最終的に裁判所は、原告の損害額として弁護士費用を含めた300万円を認めました。
すなわち、被告は原告の営業秘密を不正使用したことによって、懲戒解雇されたうえで、300万円を原告に支払う事態となりました。

他に被告が原告会社の営業秘密を不正に持ち出して転職したとして、原告会社が被告に損害賠償を求めた事件として、アルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号、大阪高裁平成30年5月11日 事件番号:平29(ネ)2772号)があります。この事件では、原告会社が被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求し、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。なお、アルミナ繊維事件でも、被告は原告会社を懲戒解雇となっており、退職金が支給されておりません。

また、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出して、被告が設立した企業の代表取締役となった生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 事件番号:平成18年(ワ)第29160号)では、被告による営業秘密の持ち出し等が原告の就業規則に記載されている原告に対する背信行為であるとして、裁判所が被告に対して原告拠出の退職金の一部(2239万6000円)の返還義務があるとしています。

このように、営業秘密の不正な持ち出したが発覚した場合には、懲戒解雇となって退職金が不支給となり、さらに数百万円の損害賠償を負う可能性や、退職金が支給されてもその後に返還義務を負う可能性があります。
このような可能性を考えると、転職時に営業秘密を不正に持ち出すことは、金銭的なリスクも相当高く、通常の転職によりこれを超えるリターンがあるとは考え難いので、”賢い”行為であるとは思えません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月31日日曜日

判例紹介:営業秘密の特定について

本ブログでは、営業秘密の特定について度々述べています。
訴訟において営業秘密の特定ができていないと、秘密管理性、有用性、非公知性についても裁判所は判断できないことになります。このため、営業秘密侵害を主張する場合には、営業秘密であるとする情報の特定が第一に重要となります。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年2月19日判決、事件番号:令4(ワ)70057号)は、「服のパターン」が営業秘密であると原告が主張した事件です。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後にSNSを利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしています。

本事件では、原告は営業秘密とする服のパターンとして、原告の製品の品名、品番等を示しています。このような原告による営業秘密の特定に対して、裁判所は以下のように判断しています。
原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。

原告と原告の元従業員であった被告との間では、「原告の製品の品名、品番等」でもお互いに服のパターンを認識できるのではないかと思います。しかしながら、裁判所は「原告の製品の品名、品番等」では服のパターンを認識することはできません。

なぜ、営業秘密の特定が必要なのかということを考えると、営業秘密の特定がなされていないと秘密管理性、有用性、非公知性の判断を客観的に行うことができないためです。
特に服のパターンは、所謂図面のようなものであるため技術情報とも言えます。このため、公知の情報との対比によって有用性及び非公知性を判断する必要もあります。そうすると、服のパターンが特定できなければ、公知の情報との対比は全くできません。

さらに、被告は「そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。」とも主張しています。これは、原告が主張する服のパターンを用いて製造販売された服をリバースエンジニアリングすることで、当該服のパターンと同じ情報が容易に得られれば、当該服のパターンは既に公知になっている、という主張です。営業秘密の特定ができないと、このような被告の主張に反論することもなく、訴訟が棄却されます。

以上のように、自身が主張する営業秘密を特定しなければ、営業秘密侵害は100%認められることはありません。なお、本事件では「原告の製品の品名、品番等」は特定できるので、これに対応する「服のパターン」の特定は容易であると思えるのですが・・・。なぜ、その「服のパターン」を裁判において示さなかったのかはわかりません。

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2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月30日月曜日

公知の情報の組み合わせの営業秘密性

営業秘密は、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たした情報であり、たとえ秘密管理性を満たした情報であっても、公知の情報は営業秘密とはなり得ません。一方で、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められて営業秘密となり得るかは、裁判所の判断が分かれる可能性がありそうです。

まずは、塗料配合情報流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日、事件番号:平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)での裁判所の判断です。この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社の子会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、日本ペイント社の競合他社である菊水化学工業株式会社に営業秘密(塗料の原料の配合)を漏えいし、自身も同社の取締役に就任したというものです。この被告人は、懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

本事件において被告人の弁護人は、「本件各塗料の原料の情報は特許公報等の刊行物から容易に推測が可能であるので,非公知性が失われている」と主張しました。
しかしながら、裁判所は、下記のように弁護人の主張を認めませんでした。
・・・本件各塗料の配合情報に含まれる原料は,特許公報等の刊行物に掲載されているものの,一つの刊行物に配合情報としてその全てが掲載されているわけではなく,関連する多数の刊行物を検索した上,複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。また,刊行物に掲載されている複数の原料のうちどの原料が本件各塗料の配合情報を構成するかを推測することには相応の困難がある。そうすると,特許公報等の刊行物の情報から本件各塗料に含まれる原料を全て特定することは不可能でないにしても相当な労力と時間を要するといえる。したがって,特許公報等の刊行物に本件各塗料の原料の情報が記載されているからといって,本件配合情報の非公知性は失われない。

一方で、東京地裁平成30年3月29日判決(事件番号:平成26年(ワ)29490号)の高性能多核種除去設備事件では、裁判所は一見、日本ペイントデータ流出事件とは逆の判断をしているように思えます。
上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
また、AI技術を用いた自動会話プログラムをまとめた情報を営業秘密とした東京地裁令和4年8月9日判決(事件番号:令3(ワ)9317号))でも、当該情報に対して「平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。」と裁判所によって判断されています。
この事件は、原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号)されていますが、下記のように控訴審ではより明確に非公知性が否定されています。
(8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。
以上のように、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められるか否かは裁判所の判断が分かれるているようにも思えます。より具体的には、非公知性が認められる場合とは、高性能多核種除去設備事件で示されているように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」場合と考えられます。

ここで、塗料配合情報流出事件では「複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。」として配合情報の非公知性を認めていますが、仮に、このような配合情報に非公知性がないとすると、物の配合情報はほとんどが営業秘密ではなくなってしまい、企業にとって不合理な不合理な判断となり得るでしょう。
一方で、労力と時間を要せずにインターネットの検索や文献調査等によって集めた情報は、誰でも取得できるものと言え、そのような情報にまで営業秘密としての保護価値を与えてしまうことも適切ではないと思えます。
そうすると、上記のように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」ことを非公知性の判断基準とすることは妥当であると思われます。

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2023年9月14日木曜日

判例紹介:営業秘密としての技術情報の特定(認められない例)

技術情報を営業秘密として特定するためには、図や表、プログラム、特許請求の範囲と同様の記載、とのように様々な形態があり得ます。しかしながら、特定は形態でもよいわけではなく、やはり営業秘密とする技術情報の内容が客観的に判断可能な形態で特定する必要があります。

ここで、技術情報の特定が認められなかった裁判例として大阪地裁令和5年7月3日判決(事件番号:令2(ワ)12387号)があります。
この事件では、UCN(波長が600オングストロームより長い、極端に低いエネルギーの中性子であって、その低いエネルギー故に容器の中に閉じ込められる性質を有するもの(Ultra Cold Neutron))に関する装置を、原告が営業秘密と主張しています。

本事件において、まず原告は以下のように営業秘密の特定について述べています。
❝本件は、本件情報が化体した本件物件につき、その使用、開示の差止め等を求める事案であり、本件物件が社会通念上他の有体物から識別できる程度に特定できていればよく、必ずしも、営業秘密に当たる技術上の情報そのものの記載まで求められるものではない。原告らは、別紙物件目録において、社会通念上他の有体物から識別できる程度にまで本件物件を特定している。❞
そして、原告は営業秘密を下記のように主張しています。
❝本件情報の具体的内容は、本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(以下「構成部品」という。)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報である❞

このような原告の主張(営業秘密とする技術情報の特定)に対して、裁判所は以下のように判断し、原告の主張を認めませんでした。
❝しかし、かかる記述は情報の属性を極めて抽象的に述べたものにすぎず、具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことは全く不可能であり、ひいては公知の情報との対比(有用性、非公知性)や、管理態様(秘密管理性)を観念することができず、営業秘密の要件を備えるかどうかを判断することができない。
したがって、原告らの主張によってはそもそも本件情報が営業秘密に当たるとすることはできず、その主張は失当に帰する。原告らは先例からこのような特定で十分であるとするが、上記のとおり、営業秘密に該当するかどうかの判断ができない以上、原告らの主張は採用することができない。❞
ここで、客観的に特定できる技術情報がどのようなものであるかが上記で示されていると思います。
すなわち、「具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことが可能」なように技術情報を特定する必要はあります。
たとえば、図面やソースコード、材料の配合比率等は、具体的な内容を読み解くことができる典型でしょう。しかしながら、技術情報を上位概念にするほど、抽象的となり、具体的な内容を読み取くことができないものになり可能性があります。

そして、具体的な内容を読み解くことを必要とする理由は、「公知の情報との対比(有用性、非公知性)」、「管理態様(秘密管理性)を観念する」ことを可能とするためです。
すなわち、営業秘密の三要件を判断可能な程度に技術情報は特定されないといけません。そして、本事件のように営業秘密の特定ができていないとして、原告敗訴となる事例が少なからずあり、秘匿化する情報の特定は何より大事です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年8月29日火曜日

判例紹介:情報を持ち出さない旨の合意の解釈

前回のブログで紹介した事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))、知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))続きです。

この事件は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告在籍中に本件データのファイルのスライドの一部を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのスライドの一部を作成し、被告Aに対して被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
本事件の結論は、原告が主張する情報は営業秘密ではないと地裁によって判断され、原告の主張は全て棄却され、知財高裁でも覆ることはありませんでした。

今回は、本事件において原告と被告との間で締結していた合意書についてです。
本事件では、原告の元代表取締役である被告Aは、原告会社に在籍している時に下記5項を含む合意書を原告Cとの間で締結していました。この合意書において乙は被告Aであり、甲が原告Cとなります。
❝5.乙はGSPの資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないこと。❞
上記5項の合意があると、被告Aが原告の情報に基づく作成データを入手したことは5項違反のようにも思えます。


しかしながら、裁判所は、この5項について❝本件合意書5項にいう「情報」とは、本件経過及び当事者双方の合理的意思を踏まえると(原告C21頁)、営業秘密又はこれに準ずる情報をいうものと解するのが相当である。❞とし、以下のように被告の5項違反を否定しています。
❝本件データは営業秘密に該当するものではなく、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえず、その内容に照らし、有用性が極めて低い情報であるといえる。そして、上記認定事実によれば、その他の情報についても、単なる電子メールのやり取りにとどまるものなど、その内容に照らし、被告ら作成データと同様に原告の営業秘密又はこれに準ずるものに該当することを認めるに足りない。のみならず、被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。
以上の諸事情を総合すれば、被告Aが指示して原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、当該情報が営業秘密又はこれに準ずる情報に当たらないから、本件合意書5項に違反すると認めることはできない。❞
このような裁判所の判断に対して、知財高裁において原告は以下のように主張しました。
❝原判決は、同項の「情報」について「営業秘密又はこれに準ずる情報」を意味するものと限定的に解釈したが、これを裏付ける証拠のうち、「営業秘密又はこれに準ずる情報」という具体的な表現が出てくるのは、原審における控訴人代表者Bに対する裁判長からの誘導的かつ抽象的な補充尋問のみであることからして、上記限定解釈は根拠を欠く。❞
すなわち、原告は5項でいうところの「情報」は営業秘密に限らず、自社で作成等された全ての情報を含むものであると、との主張を行っているのでしょう。
これに対して知財高裁は、下記のように原告の主張を認めませんでした。なお、下記のBは原告(控訴人)の代表者です。
❝原審の控訴人代表者尋問におけるやりとりをみると、Bが、5項の「情報」について「経営上有益なもの」を持ち出さないという趣旨である旨述べたことを踏まえて、原審裁判長が、「要するに営業秘密又はそれに準ずるような情報という趣旨」かを確認したところ、Bが「おっしゃるとおり」と回答したのであるから、B自身が「経営上有益なもの」に限定する意思を有していたのであり、原審裁判長による誘導などされていない。❞
ここで、原告の主張するように5項の「情報」が「営業秘密又はこれに準ずる情報」に限定解釈されなかったどうなったのでしょうか?被告Aが原告から情報を取得したのであれば、被告Aは当然に5項違反となり得るかと思います。そうすると、当該情報は、営業秘密ではないため差し止めは認められずとも、損害賠償は認められるのでしょうか。
しかしながら、裁判官は一審において❝被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。❞とも認定しています。そうすると、当該「情報」が営業秘密であるなしにかかわらず、原告の損害は認められないことになるのでしょうか。

上記5項のような情報管理の規定において「情報」はできるだけ広い概念として定義される場合もあるかと思います。そうすることで、自社から持ち出された情報が秘密管理性を満たさず営業秘密でなくとも、持ち出した者に対して損害賠償が可能なようにも思えます。
しかしながら、そのように「情報」を定義しても本事件の裁判所の判断を鑑みると、当該情報に有用性や非公知性がないとしたら、自社に損害はない、すなわち当該情報には保護する価値がないと判断される可能性が高いのではないでしょうか。

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2023年7月11日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その2

前回のブログでは、どのようか行為が不競法2条1項8号違反(営業秘密の転得者による不正取得・使用等)となるのかについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えました。今回はその続きです。

本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件では、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

前回のブログでは、不競法2条1項8号違反における「取得」について述べましたが、今回は「使用」についてです。
まず、工料表の価格と思われる資料1-5に対して、下記のようにして裁判所は、被告P1については不競法2条1項7号が認められる、と裁判所は判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,「EDION 工料表」及び「エディオンの内装リフォーム価格表」を送付したことが認められる。P3は,被告会社ビジネス開発大阪営業所長であったところ,同営業所はパッケージリフォーム商品の工事見積りを担当する部署であること(甲81の2)を踏まえると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,原告の工事料金を意識して積極的に活用していたことがうかがわれる。このことと,被告P1がP3に対して送付した「EDION 工料表」は資料1-5であること(被告P1本人)に鑑みると,被告P1が被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たりこれを参考としていたことが合理的に推認される。❞
そして、裁判所は、下記のようにして、被告会社は資料1-5の情報につき被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたと判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,工事費売価は「EDION 工料表の価格」で設定してあるとしつつ,工事費原価は仮の数値を入れているとしてP3による設定を求めている(甲86の1)。また,別の機会に,P3は,「エディオンの内装リフォーム価格用」記載の価格での運用を求める被告P1に対し,「内装工事の工事価格は,柔軟に変更してまいります。」と回答している。こうした被告P1とP3のやり取りからは,両者(スマートライフ推進部とビジネス開発大阪営業所)のやり取りを通じて被告会社のパッケージリフォーム商品の工事価格が決定されていたことがうかがわれる。
そうすると,資料1-5の情報につき,被告会社は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたものといえる。また,上記メールのやり取りの内容から,被告P1の示す工料表が原告のものであることはP3も当然に認識し得ることに鑑みると,被告会社は,被告P1の開示した資料1-5の情報が原告の営業秘密であることを知り又は重大な過失によりこれを知らないで取得し,使用したものと認められる。
このように、被告会社は、資料1-5に対して分かりやすい態様で不正使用を行っていたようです。


次に、システムの情報である資料3-1~3-9についてです。
まず、原告は、リフォーム事業において「House System Operation Reform Program」システム(HORPシステム)を使用し、被告会社はリフォーム事業において「Joshinreform Unify Management Program」システム(JUMPシステム)を使用しています。
そして、資料3-1~3-9は被告P1が取得していると裁判所は認め、以下のことから、被告P1は被告会社にこれらの情報を開示したと判断しています。
❝また,市販のリフォーム事業向け案件管理システムが建築業者等向けであるのに対し,HORPシステムの情報は,原告と同じく家電量販店としてリフォーム事業を展開する被告会社にとって,自社のシステム開発に当たり参考となるといえる。
さらに,被告P1は,転職後に転職先でリフォーム事業に使用する意図で原告データサーバ上の情報を取得したと見られることに鑑みると,被告P1がHORPシステムに関する知識経験を有することを踏まえても,手持ちのHORPシステムに関する資料をJUMPシステムの開発に当たり開発関係者に開示しない理由はない。現に,平成26年4月頃,被告P1は,P4に対し,HORPシステムの業務全体フロー(甲82)を示し,JUMPシステムの業務全体フロー(別紙6)を作成させているし,他の原告のリフォーム事業に関する資料を被告会社従業員に示すなどしている。しかも,被告P1は,取引先に対するメール(甲25)において,「100満ボルト,エディオンにて試行錯誤しながら辿り着いた一つのビジネスモデルを,今回は更にグレードアップさせ,スピードアップさせて最短でカタチにしてゆきます。」,「HORPシステムと同じ考えの基,それ以上のオペレーションシステムの開発…等ご協力いただく内容が沢山あります」などと,HORPシステムと同様のシステムの開発に強い意欲を示していた。
こうした事情等に鑑みると,被告P1は,被告会社スマートライフ推進部でJUMP システムの開発に当たる中心的メンバーであるP4に対し,資料3-1~3-9を示し,JUMPシステム開発の参考に供したことが合理的に推認される。
そして、裁判所は、以下の理由から、被告P1から開示された資料3-1~3-9を被告会社は使用したと判断しています。
❝JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記で特徴的だと感じることは、被告会社のJUMPシステムの開発を委託していたシステム開発業者であるファンテックに原告のHORPシステムの関連情報が提供されていないにも関わらず、被告会社は「家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしたと推察して、資料3-1~3-9を被告会社が使用したと裁判所が判断したことです。

ここで、特許権侵害においては、他者の特許権に係る請求項の構成要件を全て充足する態様で実施しなければ、基本的には侵害となりません。一方で、営業秘密侵害は、上記のように、他者の営業秘密を全て充足するような使用態様でなくても、参考にするだけでも侵害とみなされます。しかも、本事件では「システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしただけでも営業秘密の使用と判断されています。
すなわち、本事件を鑑みると、営業秘密の使用とみなされる範囲は特許権と比較してとても広い可能性があります。従って、万が一、自社に他社の営業秘密が不正に流入したとしても、当該営業秘密を決して参考程度にでも閲覧することなく、さらには自社内で拡散することがないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月4日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その1

不正競争防止法第2条1項8号は下記のように規定されており、例えば、自社への転職者(転入者)が前職企業の営業秘密を自社で開示して、それを自社で使用した場合に不正競争防止法違反であるとして適用されます。
不正競争防止法第2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
では、具体的にどのような行為がこの不競法2条1項8号違反となるのでしょうか。これについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えます。
本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件は、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

まず、原告の営業秘密である資料1-1について、以下のように被告P1の不正使用・開示行為があったと裁判所は判断しています。なお、資料1-1の内容は閲覧制限により具体的にはわかりませんが、原告の標準構成明細というものに含まれる情報であると思われます。また、下記P4は原告の従業員です。
❝(ア) 前記(1)ウ(エ)のとおり,被告P1は,被告会社において,パッケージリフォーム商品の商品開発や仕入交渉等を単独で担当するとともに,原告の標準構成明細を使用して本件比較表及びこれに添付された標準構成明細を作成し,これをP4等に示した。また,被告P1は,原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレート(別紙2「営業秘密目録」資料1-1-2)を作成した(前記ウ(オ))。当該テンプレートは,原告の標準構成明細の書式とかなりの程度類似する上,その備考欄上部の記載は,これが原告の標準構成明細の書式をもとに作成されたことをうかがわせる。
被告P1も,当該テンプレート作成に当たり表としては原告の標準構成明細を使用したことを認めている(被告P1本人)。
これらの事情に加え,被告P1がP1HDD に原告の標準構成明細のデータを保存していること(前記ア(イ))に鑑みると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,その仕入価格,粗利率,粗利金額の設定のため原告の標準構成明細記載の原告の仕入価格等の情報を参考にしていたことが合理的に推認される。また,被告P1は,被告会社の標準構成明細の書式作成に当たり,原告の標準構成明細の書式を使用したことが認められる。・・・
以上より,被告P1による資料1-1の情報の使用及び同情報に基づき作成された資料1-1-2の情報の使用は,不正競争(不競法2条1項7号)に当たる。❞

そして、被告会社に対して、裁判所は下記のように資料1-1の情報について、被告会社は営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに取得したと認めました。
❝(イ) 前記(1)ウ(エ)及び(1)エのとおり,被告会社共有フォルダ内に原告の標準構成明細のデータが保存されており,同フォルダを通じてP4及びP8がこれに含まれるデータを業務上使用する USBメモリに保存している。しかも,そのフォルダ名から,当該データが,本来は被告会社にあるはずのない原告のデータであることは容易に理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告会社は,資料1-1の情報につき,営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに,これを取得したものと認められる。すなわち,被告会社による資料1-1の情報の取得は,不正競争(不競法2条1項8号)に当たる。❞
なお、前記(1)ウ(エ)及び(1)エは、下記です。
❝(1)  関連する事実
・・・
ウ 被告P1の被告会社入社と被告会社のJUMPシステム開発等
・・・
 (エ)被告P1は,被告会社入社後,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発及び仕入交渉等を単独で担当するようになった。・・・
被告P1は,その頃,本件比較表を,当時パッケージリフォーム商品の仕入を担当していたP4を含む被告会社従業員に示した上で,被告会社の粗利額,粗利率が低いことについて厳しい口調で叱責した。その際,P4は,被告P1からそのデータをもらい受け,業務上使用する資料等を記録する自己のUSB メモリに保存した。また,本件比較表及び関連資料である上記標準構成明細のデータ(「JE構成明細比較.xls」)は,被告会社共有フォルダの「Edion」フォルダ内に保存されたことにより,被告会社スマートライフ推進部所属の従業員であれば閲覧可能な状態に置かれた。
・・・
エ 被告会社共有フォルダに保存されたデータ
被告会社共有フォルダには,「Edion」という名称のフォルダが存在する。同フォルダには,「(旧)商品作り」,「1P1」,「110218 エディオン様マスター」等のフォルダが存在する。このうち,「(旧)商品作り」には,「J-E 構成明細比較.xls」のファイルがあるほか,標準構成明細,プランニングチェックシート等のデータが保存されている。
スマートライフ推進部の従業員は,上記「Edion」フォルダの存在を認識しており,同フォルダ内のデータを閲覧するのみならず,前記のとおり,P4やP8は,同フォルダ内のデータを自己が使用するUSB メモリに保存していた。❞
すなわち、原告の営業秘密を被告P1から受け取った被告会社従業員P4やP8が「Edion」という名称のフォルダを作成し、そこに原告であるエディオンの営業秘密を保存したという行為に対して、被告会社は不競法2条1項8号違反であると判断されたことになります。

確かに、不競法2条1項8号には「取得」も不競法違反として含まれています。このため、転入者が転職先企業において前職の営業秘密を開示した段階で、当該転職先企業はこの営業秘密を否が応でも取得したこととになり、不競法違反の可能性が生じます。これは転職先企業において非常に厳しい状況であり、このような状況に陥ることは避けなければなりません。

さらに、被告は、原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレートである資料1-1-2を作成して、被告会社従業員P3にメールしています。しかしながら、これについて裁判所は、下記のように被告会社の不競法違反に認めていません。
❝他方,被告P1は,被告会社において,その在籍中は被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等を単独で担当していたものであり,その際に使用する標準構成明細も,原告の標準構成明細のデータ及び原告在籍中の被告P1の経験に基づき,他の被告会社従業員の関与のないままに作成されたものとうかがわれる。そうすると,被告会社における標準構成明細(甲86,87)について,被告会社が,被告P1の営業秘密不正開示行為により作成されたものと知っていたこと又は知らないことにつき重大な過失があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,資料1-1-2の情報については,被告会社の行為は,不正競争(2条1項8号)に当たらない。これに反する原告の主張は採用できない。❞
資料1-1-2について、被告会社の不競法違反が否定された要因として「被告P1以外の被告会社従業員の関与がなく、原告の営業秘密を使用したこと被告会社が知ることもできなかった」ことにあるのでしょう。すなわち、すでに被告会社従業員であるものの転入者である被告P1が独自に作成した資料を被告会社で開示しても、被告会社は不競法違反にならないようです。
従って、本事件において、仮に被告P1が原告の営業秘密である情報1-1を被告会社で開示することなく、自身が独自に資料1-1-2を作成して、それを被告会社が使用しても被告会社は不競法違反にならないと思われます(原告から被告会社へ警告等がされた後も使用し続けたら、不競法2条1項8号違反となる可能性はあると思います)。

次回につづきます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月30日火曜日

判例紹介:有用性は誰にとって有用なのか

営業秘密の三要件として秘密管理性、有用性、非公知性があります。この有用性について、誰にとって有用であるかを争った裁判例(5G情報漏洩事件(東京地裁令和4年12月9日 事件番号:令3(特わ)129号))を紹介します。
本事件は、刑事事件であり、被告がA社から転職するにあたり、A社の営業秘密を不正に持ち出して同業他社であるB社に就職したというものであり、被告は懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円となっています。なお、被告が持ち出した営業秘密である本件ファイル①は下記のものです。
❝本件ファイル①は、全国各地約16万箇所のAの基地局の位置情報(緯度・経度)、各基地局で使用されている周波数帯、各基地局に至る回線の種別及び回線の月額料金等の情報、マイグレーションに関する検討結果のほか、4Gから5Gへの切り換えに係る対応を計画していた基地局の情報を一覧表形式で取りまとめたエクセルファイル❞
上記営業秘密に対して弁護人は、下記のようにして本件ファイル①の有用性を否定しています。
❝弁護人は、携帯電話事業者が抱える事情等は様々で、これを反映して各社が整備しているネットワークの構成や無線機器等も異なり、5G化対応に係る計画も異なることから、他社がAの基地局や周波数帯に係る情報及び5G化に係る情報を流用して自社の通信サービスを向上させることはできないこと、Aのマイグレーションの検討状況は、Aのネットワーク構成や契約状況を前提とするもので、他社の事業活動に何ら役立つものではないことなどから、本件ファイル①に含まれる情報は他社には利用価値がなく、有用性は認められないなどと主張する。❞
すなわち、弁護人は、本件ファイル①は被告の元勤務先であるA社の事業活動でしか役立たないものであるから、有用性はないと主張しています。


これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
❝しかし、当該情報が、営業秘密保有企業の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が反社会的な行為に係る情報であり保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるものと考えられるのであって、この点は当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。その意味で、本件ファイル①の有用性に関し、それに含まれる情報が他の携帯電話事業者の事業活動に役立つものではないことを理由に有用性を否定する弁護人の主張には、当を得ないものがある。❞
このような裁判所の判断は当然のものでしょう。特に❝当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。❞という点に言及した判断は今までには無かったと思われます。なお、本事件は、他の営業秘密もありますが、これに対しても同様の判断がなされています。

本事件と同様の主張をした被告が事件として、宅配ボックス事件((横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号))があります。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものであり、原告が勝訴しています。

宅配ボックス事件において、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張しました。これに対して、裁判所は被告の主張を認めずに、当該営業秘密の有用性を認める判断を行いました。

このように、5G情報漏洩事件では、営業秘密保有企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張した一方で、宅配ボックス事件では、被告企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張したことになり、夫々の被告は同様の主張を異なる視点から行っているものの、裁判所はこれらの主張を認めませんでした。
したがって、営業秘密とされる情報の有用性を否定するために、当該情報が特定の企業でのみ使用されるといった主張を行っても、その主張が認められる可能性は相当に低いと思われます。そもそも、営業秘密を不正に持ち出した者は、当該情報が有用であると認識しているので持ち出しているのでしょうから、このような主張が認めらないことは当然とも思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月7日日曜日

判例紹介:営業秘密の非公知性

営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性の三要件をすべて満たした情報ですが、裁判において非公知性が否定されることでその営業秘密性が否定される例はあまり多くありません。
今回紹介する裁判例(大阪地裁令和5年2月13日判決 事件番号:令3(ワ)6381号 ・ 令4(ワ)1721号)は、営業秘密の非公知性が否定されたものです。

本事件の原告は、有料職業紹介事業等を目的とする株式会社です。また被告は、医療及びヘルスケア関連人材の派遣、採用支援、評価、教育、研修等を目的とする株式会社です。
そして本事件では、被告が行った告知行為等が原告の営業上の信用を害するとして、原告が被告に対して、不競法2条1項21号違反を理由に提訴したものであり、この反訴として、被告が原告に対して営業秘密侵害を主張しました。このため、本事件では、営業秘密であると主張する情報の保有者は被告となります。
なお、本事件の判決としては、原告、被告両方の主張は棄却されています。

被告が営業秘密であると主張する情報は下記の5つです。

・情報①:被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名。
具体的には、被告の取引先医療機関である特定の病院が大阪府の病院を指すこと、同病院の担当者の実名、同病院の担当部署が総務・経理課であること
・情報②:特定の医療機関の手術状況。
具体的には、ある特定の整形外科・外科病院の金曜日案件(金曜日における人材紹介案件)において過去に複数の症例(一度の人材紹介で複数の手術を担当することとなる場合)があったこと
・情報③:特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容。
具体的には、被告とある特定の病院との間に契約関係があること、当該契約がプレミアムプラン(上位顧客向けの料金プラン)であること
・情報④:被告における契約の仕組みに関する情報。
具体的には、被告が提供する人材紹介サービスにおいて、連続した手術に関する人材募集をする場合に、1件目9時、2件目オンコールというように、時間指定で、オンコールの選択ができること
・情報⑤:紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報。
具体的には、ある特定の病院に紹介することを避けるべき医師4人の実名

これらの情報に対して、営業秘密の侵害者とされる原告は❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞と主張しています。

原告による「営業秘密不正取得行為」に対して被告は、下記のように主張しています。なお、P1は、原告の取締役であり、P4は被告の従業員です。
❝P1は、日中の昼間の勤務時間中で、P4が被告の事業場において営業秘密に容易にアクセスすることができる状況下において、行動を監督する者がいない時間を狙って、同人に対し、スマートフォンという個人的な連絡ツールを用いて連絡をとることで、密かに本件情報を取得した。P4が、部外者であるP1に対し本件情報を提供する行為は、被告の就業規則に違反する行為であるところ、被告の元従業員であるP1は、そのことを容易に認識し得た。このような行為は、正常な経済活動を大きく逸脱した公序良俗に反するものであることは明らかである。したがって、本件取得等行為は、営業秘密不正取得行為に当たる。❞
これに対して、原告は、❝メッセージのやり取りという、一般に用いられるコミュニケーション手段を用いて、相手に対し平穏な形で質問を行って事実を確認する行為は、不正な手段とはいえない。❞として営業秘密不正取得行為を否認しています。
すなわち、原告は、被告が営業秘密であると主張する情報①~⑤を取得したことについては否認していないようです。

これら情報①~⑤の非公知性判断において、まず裁判所は営業秘密でいうところの非公知性である「公然と知られていない」状態を❝営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態❞と定義しています。

そして裁判所は、情報①(被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名)、情報②(特定の医療機関の手術状況)、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)に対して❝主として特定の医療機関が保有する情報を被告が入手して管理しているにすぎないもの❞としてその非公知性を認めませんでした。

情報①,②,⑤に対する裁判所の判断は、上記の原告による❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報❞との主張を認めたようにも思えます。しかしながら、判決文には、実際に原告が対象医療機関に直接確認したとのような記載はなく、情報①~⑤が対象医療機関に確認すれば得られる情報であるかは実際には分からないように思えます。

営業秘密に関する幾つかの判決では、このように、当該情報が公知であるか否かが実際に確認されなくても、公知であるという蓋然性が高いと判断した場合には、当該情報が公知であると判断されています(例えば、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)。
上記錫合金組成事件では、錫合金の組成が営業秘密と主張される情報であったため、リバースエンジニアリングすれば誰もがその組成を知ることができるでしょう。このため、この組成の非公知性は認められませんでした。
一方、本事件の情報①,②,⑤は、特定の医療機関も保有しているとしても、この医療機関が誰にでも当該情報を開示しなければ公知と言えないようにも思えます。特に、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)は誰にでも開示してもらえるのでしょうか。


さらに、裁判所は、情報③(特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容),④(被告における契約の仕組みに関する情報)に対して❝その性質上、契約の相手方に対し開示されることが予定された情報であって、被告の管理下のみに属する情報ではなく、被告が、契約の相手方との間で、当該情報についての秘密保持契約等を締結するなどして、その開示等を禁止していたことをうかがわせる証拠もない。❞としてその非公知性を認めませんでした。

この情報③,④の契約内容に関する情報に対して、裁判所は契約の相手方との間で秘密保持契約等を締結しておらず、契約の内容は当該相手方も管理しているのでこの契約内容は公知である、とのように判断していることになるかと思います。
一般的には、他社との契約内容は公知としない情報であるかと思います。とはいえ、契約当事者の少なくとも一方が当該契約内容を公知にして欲しくない場合には、当該契約に対しても相手方に秘密保持義務を課すことをします。このため、秘密保持義務を課すことなく締結した契約内容は何れか又は両方の契約当事者から開示される可能性はあるとも言えるでしょう。

ここで、営業秘密に関する裁判において、他社に開示した情報は当該他社との間で秘密保持契約等を締結しないとその秘密管理性はほぼ認められません。そうすると、他社との間で締結した契約内容も当該契約に対して秘密保持契約を締結しないと、営業秘密でいうところの秘密ではなく、当該契約内容は他社の管理下にもあるため公知であるとの判断になるということでしょう。
しかしながら、他社との契約内容を無関係な第三者に開示する企業等は実際には略存在しないと思います。もしかすると、被告と契約を締結した相手方は、被告との間で秘密保持契約を締結していないものの当該契約内容を自社内では秘密管理しているかもしれません。仮にそうであれば、当該契約内容は被告が自ら開示しない限り、公知とはならないとも思えます。
それにもかかわらず、当該契約が秘密保持契約無しに締結されたという理由で、実際に公知となったか否かにかかわらず、当該契約内容が公知であるとする裁判所の判断はやはり疑問に感じます。

なお、被告は、当該情報の秘密管理性及び有用性については以下のように主張しています。
❝ (1) 秘密管理性が認められること
 本件情報は、「アネナビ管理画面」というシステムに保存されていたところ、同システムへのアクセス権限が与えられていたのは、被告の全従業員約621名のうちP4を含むわずか十数名程度に限られており、それらの限られた従業員にはID及びパスワードが発行され、当該ID等がなければ同システムにアクセスできない仕組みになっていた。
  (2) 有用性が認められること
 本件情報は、被告の顧客奪取に繋がる情報(情報①、③、④)、対象の医療機関に対して先回りをした営業をすることが可能となる情報(情報②)、顧客のニーズに合ったサービスを提供することが可能となる情報(情報⑤)である。❞
これに対して原告は下記のように反論しているものの、実質的に非公知性についての反論であり、秘密管理性、有用性について反論はしていないと思われます。
❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞
そして、裁判所は、当該情報の秘密管理性及び有用性について下記のように判断しています。
❝ (2) 以上から、本件情報は、非公知性を欠く上、秘密管理性や有用性についても的確な立証を欠くから、「営業秘密」に当たらず、これを前提とする被告の主張は理由がない。❞
本事件におけるこのような裁判所の判断は妥当でしょうか?
被告人は、秘密管理性についてID及びパスワード管理されているシステムによって本件情報の管理を行っていると主張しています。このような秘密管理の態様は一般的とも思われ、被告人の秘密管理性を否定し得る証拠が無ければ(原告は秘密管理性を否定する主張は実質行なっていません。)、本件情報に対する秘密管理性は認められてもよいかと個人的には思います。
また、有用性についても裁判所は❝的確な立証を欠く❞と認定していますが、逆に、本件情報についてどのような立証を行なえば❝適格❞なのでしょうか?
一見すると、本事件の被告による有用性の主張は簡素なものですが、営業秘密性が認められた他の裁判例における営業秘密保有者の有用性の主張と比較しても、妥当なものだと思います。

このように、本事件の裁判所の判断は疑問を感じるものでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信