ラベル ノウハウ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ノウハウ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年3月31日月曜日

判例紹介:機密保持義務における機密情報とは?

営業秘密と機密情報とは意味が似ているようにも思える文言ですが、営業秘密は不正競争防止法で定義されている一方、機密情報は法的には定義されていません。
今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年10月10日 事件番号:令4(ワ)8300号)は機密保持義務における「機密情報」の解釈に関するものです。

本事件は原告の運営するサービスに関する販売代理店契約(本件契約)を締結した被告会社に対し、被告会社が販売代理店として取得した同サービスに係る営業上の機密事項や営業手法を利用し、これと類似する事業を行ったとのように原告が主張した事件です。

まず、本件契約における機密保持義務は以下であり、その内容は一般的な内容であると考えられます。
キ 機密保持(15 条)
(ア) 被告会社及び原告は、本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し、又は第三者に開示してはならない。(1 項)
(イ) 前項により課された機密保持義務は、以下の情報については適用されないものとする。(2 項)
・相手方による開示又は提供以前に公知となっている情報(1 号)
・相手方による開示又は提供の時点において既に自己が所有していた情報(2 号)
・相手方による開示又は提供の後に、自己の契約違反、不作為、懈怠又は過失等によらずに公知となった情報(3 号)
・相手方から開示又は提供されたいかなる情報にもよらずに独自に開発した情報(4 号)
・何らの機密保持義務を負担することなく第三者から合法的に取得又は開示された情報(5 号)
(ウ) いずれの当事者も、本件において機密とされた情報について複製を作成しようとする場合には、相手方の事前の承諾を得るものとする。(3 項)
(エ) 本条による機密保持義務は、本契約終了後も存続するものとする。(6 項)
そして、原告は以下のようにして、被告会社に開示した情報(本件提案書及び本件報告書サンプル)が機密保持義務の対象であること、及び被告会社による機密保持義務違反を主張しています。
ア 被告会社は、本件契約により、原告の業務上の情報につき、同条 2 項各号の適用除外事由に当たらない限り機密として扱うべき義務を負い、原告の承諾なく、本件契約の目的外使用ないし複製をすることは禁止されている(15条1項、3項)。本件提案書及び本件報告書サンプルは、各データのファイル名に「【confidential】」と記載され、かつ、パスワードが付されていたほか、本件提案書の各ページにも同旨の記載がされ、販売代理店に限って提供されていたものであるから、いずれも本件契約15条の機密保持義務の対象となる。
にもかかわらず、被告会社は、別紙類似性・情報使用一覧記載のとおり、原告に無断で本件提案書の記載内容を使用ないし複製してレキシル事業の提案書(以下「レキシル提案書」という。)を作成すると共に、本件報告書サンプルを使って、レキシル事業の報告書のフォームを作成した。
したがって、被告会社は、本件契約に基づく機密保持義務に違反する。
イ 本件契約 15 条は、法律上保護される情報よりも広く本件事業に関する情報を保護対象とするものであるから、同条の「機密」は不競法2 条 6 項の「営業秘密」とは異なる。仮に両者が同じ内容のものであるしても、本件提案書及び本件報告書サンプルには上記記載のとおりの措置が施されており、「営業秘密」の要件である秘密管理性、有用性及び非公知性のいずれをも充たす。
これに対して被告会社は以下のように主張しています。
本件契約の機密保持義務の対象は、原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られるというべきであり、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。
しかし、本件提案書に記載された内容は競合他社も用いる一般的なものであり、原告固有の情報はなく、機密保持を課すことが合理的に必要なものとはいえず、秘密管理性も認められない。
したがって、本件提案書及び本件報告書サンプルの記載内容はいずれも本件契約15 条の機密事項に当たらず、本件契約 15 条違反は成立しない。
また、レキシル事業の営業用資料の中には、本件事業の説明文言やその成果物であるレポートの報告項目に類似する部分はあるものの、サービスの概要を説明するための形式的なものであるし、レポートの記載内容も、利用者が一般的に求める情報が記載されているのみで、原告独自の事項は含まれないから、本件事業のノウハウを流用したとはいえない。また、レキシルレポートのひな形は被告会社が採用フィルター事業の報告書を参考にグラフを追加したものであるが、情報収集・分析をするのは企業情報センターであり、被告会社による機密保持義務違反はない。
被告会社は、「本件契約の機密保持義務の対象は、・・・不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。」とのように主張し、原告と争っています。なお、被告会社は上記のように「非公知性」については言及していません。本件提案書及び本件報告書サンプルに対する「非公知性」までも否定することは難しかったという被告会社の判断なのでしょうか。


上記のような原告と被告会社との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
2 争点 1-2(被告会社の機密保持義務違反の成否)
(1) 前提事実及び前記各認定事実によれば、被告会社は、本件契約に基づき、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し…てはならない」という機密保持義務を負う。しかるに、被告会社は、上記のとおり、本件事業に関して原告から提供された資料に示された情報をもとにレキシル提案書その他レキシル事業に関する資料等を作成し、レキシル事業に使用したものと理解される。
具体的には、本件提案書及び本件報告書サンプルは、いずれも本件事業の内容や、営業手法について記載されたものであり、機密事項であることがそのデータファイルのファイル名等に明記された上で、被告会社に対し、本件事業の販売代理店として営業活動を行う上で必要なものとして原告から提供されたものである。したがって、これらに記載された情報は、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の…営業上その他の業務上の情報」すなわち「機密」(本件契約 15 条 1 項)に当たる。しかるに、被告会社は、本件契約締結の前後に原告から本件提案書その他の資料の提供を受ける一方で、原告との本件契約締結から約 2 か月後に企業情報センターと被告 OEM 契約を締結してレキシル事業を開始したところ、レキシル提案書には、本件提案書記載の「Web の専門手法と心理学的知見」という特徴的というべき文言を含め、別紙類似性・情報使用一覧記載の下線部部分のとおり、全く同一の文言を使用した説明箇所が複数存在する。こうした経緯やレキシル事業に関する資料等の記載を踏まえると、被告会社は、少なくとも、原告から取得した本件提案書等をレキシル提案書等の作成に当たって流用ないし参照したものとみるのが相当である。
したがって、被告会社は、本件契約上「機密」とされる原告の固有の「営業上その他の業務上の情報」を「本契約の目的以外に使用し」たものといえ、原告に対する本件契約上の機密保持義務に違反したものと認められる。
(2) これに対し、被告会社は、本件契約の機密保持義務の対象は原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られ、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定されるところ、資料中の類似する文言等はこれに当たらない旨など主張する。しかし、本件契約 15 条 1 項の文言上、機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。その他被告会社が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告会社の主張は採用できない。
このように、裁判所は「機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。」としつつ、被告会社による機密保持義務違反を認めています。
そもそも原告は上記のように、機密保持義務の対象に対して秘密管理措置を行い、この対象は有用性及び非公知性も有していると主張しており、被告はこれに対する明確な反論は行えていません。そうすると、本事件において機密保持義務の対象が営業秘密であるか否かにかかわらず、本件契約 15 条 1 項に原告が被告会社に開示した情報は機密であるといえるでしょう。

一方で、このような機密保持義務の対象となる情報は営業秘密であるとする裁判所の判断もあります。このような事例では、取引先に開示した情報が営業秘密でいうところの非公知性を有しているか否かが判断され、非公知性を有していないとして機密保持義務の対象ではないと判断されています。


すなわち、機密保持義務の対象は営業秘密であるか否かが本質的な議論ではなく、当該機密保持義務の対象が既に公知となっているか否かが重要であると思えます。そして、わざわざ機密保持義務まで締結して開示された他社の情報は、非公知である蓋然性が高いと考えられるでしょう。従って、機密保持義務を締結して受け取った取引先の情報は、機密(秘密)であるとして扱い、目的外使用をしないことが重要かと思います。

なお、本事件において機密保持義務違反による損害については裁判所は以下のように、機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない、と判断しています。
また、本件契約上、機密保持義務については契約終了後も存続する旨の規定が存するところ(15 条 6 項、21 条)、同条にはその存続期間に関する定めがないことなどに鑑みると、そもそもその効力につき疑義なしとしない。その点を措くとしても、本件契約終了後において、レキシル事業に係る被告会社の営業活動を通じた顧客獲得に起因して本件事業の顧客獲得機会を原告が喪失したことなど、原告に損害が発生したことをうかがわせる具体的な事情の存在は、証拠上認められない。すなわち、仮に原告に何らかの損害が発生していたとしても、それと被告会社の本件契約上の機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年2月20日木曜日

営業秘密の2次的取得者による侵害行為とは?

営業秘密の2次的取得者による侵害行為とはどのような行為でしょうか。ここでいう2次的取得者とは、例えば、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合に当該営業秘密を取得等した自社及び自社の従業員です。
ここで、営業秘密の2次的取得者による侵害行為は不正競争防止法2条1項8号等に定められています。
不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
8号に定められているように、不正開示行為による営業秘密を「取得」しただけで、文言上は営業秘密の侵害行為となります。すなわち、営業秘密の2次的取得者による侵害行為は「使用」しなくても成立します。このことは、権利のない者が他者の特許に係る技術を「実施」した場合に特許権の侵害となることと概念が異なります。

このような営業秘密の2次的取得者が「取得」しただけで侵害行為となった裁判例としては、東京地裁令和6年5月14日(事件番号:令4(ワ)19400号)があります。この事件は、NHKの受信契約者の情報(顧客情報)を取得した者から、被告が不正開示を受けたというものです。
裁判所は、このような行為に対して以下のように判断しています。
2 争点2(Biの図利加害目的(不競法2条1項7号)の有無及び営業秘密不正開示行為であることの被告の認識(同項8号)の有無)について
・・・被告は、BiがFF社に入社した後に、YouTubeにアップロードした動画において、NHKの集金人を潜入させて情報を入手しようとしている旨を述べていたものであり、証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、原告の受信料収納業務を委託されていたFF社の従業員であるBiも、本件動画の冒頭で、被告と声を合わせて「NHKをぶっこわーす!」と掛け声を発していると認められる。これらの事実からすると、Biは、被告の政治的思想に同調し、被告の活動の協力者であることがうかがわれ、被告にYouTubeに本件動画をアップロードする意図があることを知りつつ、これに協力するため不正に営業秘密を開示したと認めるのが相当である。したがって、Biは、原告に損害を加える目的(不競法2条1項7号)を有していたものと認められ、Biの被告に対する本件情報の開示は、営業秘密不正開示行為に該当する。
・・・
4 争点4(原告の損害の発生の有無及び損害額)について
(1) 本件取得行為による損害について
前提事実(2)オ及びカの経緯並びに前記2で認定した事実に照らせば、被告は、Biによる営業秘密不正開示行為を知りながら、本件取得行為に及んだものであるから、故意の不正競争行為により原告の営業上の利益を侵害したといえる。そして、本件取得行為がなければ、原告は、本件仮処分申立てをすることもなく、これに伴い弁護士費用を支出することもなかったといえ、この支出に係る原告の損害は、通常の損害であるといえるから、原告が本件仮処分申立手続のために支払った弁護士費用55万円は、本件取得行為と相当因果関係のある損害であると認められる。
このように、営業秘密不正開示行為があったと知って営業秘密を2次的に取得した者は、取得した営業秘密を使用していなかったとしても、「取得」しただけで営業秘密の侵害となる可能性があります。


ここで、特許ではその権利範囲を広くするため、より上位概念となるように特許請求の範囲を作成します。このような考えによると、発明を営業秘密化するために文章化する場合でも、より広い範囲となるように営業秘密の特定を行うことが考えられます。
しかしながら、以下の理由から営業秘密をより広い技術範囲をカバーするように特定する必要はないと考えます。
仮に自社の元従業員が営業秘密を持ち出して他社に転職した場合に、この他社も営業秘密の侵害者(2次的取得者)となり、実質的にこの他社が自社に金銭的な損害を与えることとなるかと思います。そうした場合に、まず他社が侵害していることを自社は立証しなければなりませんが、この侵害立証には他社による営業秘密の使用を立証する必要はなく、上記のように、他社による営業秘密の「取得」を立証すればよいこととなります。すなわち、たとえ営業秘密の技術範囲がより広くなるように特定したとしても、営業秘密の侵害立証には影響を与えないと考えられます。
その一方で、営業秘密の技術範囲を広く特定しすぎた結果、従来技術まで含んでしまうと従業員等が営業秘密とする技術範囲を認識できなくなり、その営業秘密性が認められなくなるというリスクが生じ得ます。

また、営業秘密の不正使用の範囲は広く解釈される可能性があります。このような例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。
本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を原告会社の元従業員である被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして被告P1の転職先である被告会社による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムは原告会社のリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは被告会社のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、被告会社は原告会社のシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。
このように、営業秘密の不正使用は参考も含まれることにより、営業秘密として特定した技術情報を超えた広い範囲の使用も不正使用と判断される可能性があります。そうすると、技術情報(発明)を営業秘密として特定する場合には、当該技術情報を上位概念化することにあまり意味が無いように思えます。
その一方で、上述のように、必要以上に上位概念化することで公知の情報も含む可能性があり、そうすると真に秘匿化したい非公知の技術情報と公知の技術情報とを従業員等が認識し難くなり、その営業秘密性が認められないというリスクが生じる可能性が考えられます。

なお、2次的取得者の刑事罰に関しては、不競法21条1項3号において下記のように規定されています。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
・・・
三 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
不競法21条1項3号では、「営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示」とあるので、2次的取得者が営業秘密を「取得」しただけでは刑事罰を受けることはないと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年1月29日水曜日

判例紹介:ノウハウの特定について

営業秘密が法的保護を受けるためにはその内容が特定されなければなりませんが、ノウハウが法的保護を受ける場合にもその特定は必要でしょうか。これに関する判断をした裁判例が東京地裁平成26年5月16日判決(事件番号:平24(ワ)29634号)です。

本事件は、スイス連邦在住の原告が被告会社であるヌーヴェルヴァーグジャポンとの間で契約を締結し、被告会社はこれに基づき原告から本件契約中に記載されている「Aノウハウ」及び商標につき日本における独占的使用を許諾されて直営サロン及びフランチャイズサロンを経営していたというものです。そして、ライセンス契約が終了した後も、被告会社が商標と「Aノウハウ」の使用を継続しているとして、民法709条に基づき「Aノウハウ」の不正使用により被った損害の賠償等を原告が被告会社に求めました。
このように、本事件は、不正競争防止法でいうところの営業秘密の不正使用に基づく賠償請求ではなく、民法709条に基づくものであるから「ノウハウ」の不正使用にあたる訴訟であると考えられます。

ここで、原告は「Aノウハウ」について以下のように主張しています。
イ 被告ヌーヴェルヴァーグジャポンは,「Aノウハウ」の内容が特定されていないと主張するが,「Aノウハウ」は,(1)A美容サロンの運営管理ノウハウと(2)Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るところ,このAノウハウは,特許ノウハウと全く性格を異にし,それらは特許化できないものであり,特許や特許ノウハウにいう特定は不可能である。原告がいかにこの「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンらに伝授してきたか,その成果としてAフランチャイジーが繁栄したか,は原告自身の陳述書(甲30)にあるとおりである。
「特許」と「特許ノウハウ」との違いが何であるのかは不明ですが、原告自身が「特許や特許ノウハウに言う特定は不可能」であると認めています。さらに、原告は「Aノウハウ」が営業秘密ではないと自認しているためか、下記のような主張も行っています。
 (2) 秘密管理性について
美容のヘアドレッシング・カットの技術ノウハウは発案者が自ら公表するものであり,秘密に管理する性質のものでない。特許及びそのノウハウとは全く異なるものである。世界的に著名な原告が創案したヘアドレッシング・カットのテクニックは世界中に公表され,全世界でAの創案したカットテクニックとして認知されている。特許の対象となる技術のノウハウは秘密管理が原則で,ライセンス契約に基づきその開示に対しロイヤルティが支払われるものであるが,特許の対象とならないヘアドレッシング・カットのテクニックのノウハウは,その性質を全く異にするものである。

上記のような原告の主張に対して、裁判所は「3 争点(2)(被告ヌーヴェルヴァーグジャポンによる「Aノウハウ」の使用の有無)について」として以下のように判断しています。
(1) 原告は,原告の「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンが不正に使用していると主張して,民法709条に基づき損害賠償請求をするので,以下,この点について検討する。
技術上ないし営業上有用であり,秘密として管理されている非公知の情報につき,一定の場合にノウハウとして法的保護に値するものとして,その不正使用について不法行為責任を問うことが可能な場合があるとしても,原告の主張する「Aノウハウ」については,まず,その内容自体が明らかでない。
原告の主張内容は,「Aノウハウ」はエフィラージュカットにより体現される,エフィラージュカットが「Aノウハウ」であることは周知の事実である,エフィラージュカットの使用の継続は,「Aノウハウ」の使用の継続であるなどと主張した(原告第3準備書面〔平成25年7月2日付け〕)ところ,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンがエフィラージュカットは美容業界において一般に使用されている用語である旨の書証を提出した後は,原告はエフィラージュカットのみが「Aノウハウ」であると主張しているのではない,「Aノウハウ」は,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るなどとする(原告第5準備書面〔平成25年9月30日付け〕)が,そこにおいても,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウの具体的内容を明らかにしていない。原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンから,「Aノウハウ」として主張する具体的内容を明らかにするよう釈明を求められたにもかかわらず,これを明確にせず,また,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンからの,原告の主張する「Aノウハウ」は,原告の感性のことであるから具体的内容が明らかにできないとする主張に対しても,有効な反論がされていない。
また,個々的に原告の主張する内容についてみても,まず,エフィラージュカットについては,前記1で認定したとおり,それ自体カット技法の一つとして一般に紹介されているものであり,公知の内容であるというほかない。さらに,A美容サロンの運営管理ノウハウ,Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウとする内容についても,具体的内容が明らかにされていない。
以上によれば,原告主張の「Aノウハウ」については,請求の前提となる具体的内容の特定を欠くものといわざるを得ない。
このように、裁判所は「ノウハウ」として法的保護を受ける場合であっても、その内容を特定しなければならない判断しています。これは、営業秘密として法的保護を受ける場合にその内容の特定が必要であることと同じと考えられます。その理由は「ノウハウ」の法的保護を受ける場合には、当該「ノウハウ」が非公知であるか否かを判断する必要があるためでしょう。非公知であるか否かは、公知の情報との比較が必要になりますが、そもそもその内容が特定されていなければ比較もできません。このことは営業秘密と同様です。

なお、本事件は「原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンのいかなる行為が「Aノウハウ」の不正使用に当たるのかについても具体的な主張をせず,上記1認定事実記載の内容を含む原告の陳述書(甲30)のほかには,証拠も提出しない。」とのように裁判所は判断し、棄却されています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年12月12日木曜日

有用性及び非公知性を有する情報の法的保護<ノウハウ、営業秘密、特許>

法的保護を受けることができる情報とは何でしょうか。
法的保護を受ける情報であるためには、少なくとも有用性及び非公知性を有している必要があると考えられるでしょう。

すなわち、一般的に、ノウハウといわれるような自社以外で知られていない非公知の情報は法的保護を受けられる可能性があります。
その法的根拠は民法709条であり、具体的には、有用性及び非公知性のある情報をその保有者の許可を得ずに使用した結果、保有者に損害を与えた場合等、保有者は使用者から損害賠償という形で保護を受けることができると考えられます。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかしながら、ノウハウの法的保護としては、営業秘密や特許等のように使用の差し止めは認められないため、ノウハウの法的な保護範囲は限定的だと考えられます。

一方で、有用性及び非公知性を有する情報であって、さらに秘密管理措置が取られることで秘密管理性も有することとなると、それは営業秘密となります。
営業秘密は、不正競争防止法によって差止請求権、損害賠償、損害の額の推定等が定められています。すなわち、営業秘密の保有者は自身の営業秘密を不正使用等した者に対して、損害賠償だけでなく、差し止め請求等を行うことができます。さらに、営業秘密の不正使用等には、刑事罰も定められています。
このように、有用性及び非公知性のある情報を秘密管理という手間を加えることで、より強い保護を受けることができる情報になるといえるでしょう。

しかしながら、自社で営業秘密として管理している情報であっても、この営業秘密を他者(他社)が独自に創出して使用している場合には、この他者に対して法的措置をとることができません。すなわち、自社開発した技術情報を営業秘密としても、当該技術を独占できるわけではありません。

これに対して、非公知性を有する技術情報であれば、所定のフォーマットで特許出願することで特許の権利化ができる可能性があります。技術情報を特許とするためには、新規性(非公知性)だけでなく進歩性の要件も必要です。有用性については、技術情報であるので当然に満たしています。
技術情報を特許化できれば、他社が同じ技術を独自に開発して実施した場合でも、それが特許請求の範囲に記載されている技術範囲に含まれているのであれば、当該他者に対して権利行使が可能となります。すなわち、特許権者は、特許として技術を独占することができます。また、特許法には刑事罰も規定されています。
このように、同じ技術情報であっても、特許出願という手間を加え、さらに、特許庁での審査により特許権となれば、独占権(絶対的独占権)というより強い保護を得ることができます。なお、特許のように、技術情報を独占する手法としては例えば意匠権や実用新案権もあります。

一方で、特許権を得るための代償として、特許に係る技術を公開する必要があります。仮に特許出願をしても特許権を取得できなかったり、出願人が望む形で特許権を取得できなかったりした場合には、他者に対して不必要な技術情報の公開を行うことになり、結果的に他者を利する可能性があります。さらに、特許権は出願から基本的に20年を過ぎると、その権利が失われます。その結果、特許に係る技術は誰もが自由に実施することができるようになります。これらは、特許権という強い保護を得るというメリットに対するデメリットとなります。
なお、特許出願することでその技術情報が開示されると、当然その技術情報は非公知性を失っています。すなわち、特許出願した技術情報は基本的には営業秘密等に戻すことはできず、不可逆的な行為となります。

以上のように、情報が有用性及び非公知性を満たしてさえいれば、当該情報の不正使用による損害賠償請求程度であれば可能かもしれません。そして、同じ情報でも、適切な秘密管理措置を行うことで営業秘密としての保護を受けることができます。さらに、同じ情報が技術情報であり特許化できれば、より強い独占権を得ることができます。
このように、同じ情報(技術情報)であっても、より手間をかけることで、より強い保護を受けることができるといえるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年11月28日木曜日

判例紹介:ノウハウに関する少々古い事件

今回は約20年前のノウハウに関する裁判例(大阪地裁平成13年3月23日判決 事件番号:平12(ワ)2408号)を紹介します。
本事件は、被告から懲戒解雇されて退職金不支給とされた原告が、懲戒解雇は不当であると主張して、退職金等の支払いと名誉回復措置としての謝罪広告の掲示を求めた事件です。具体的には、原告は退職にあたり「技術上の情報及び営業上の情報は一切持ち出しておりません。」とする誓約書を被告に提出したにもかかわらず、技術資料等の持出をしたことにより、懲戒解雇され、退職金不支給とされたものです。

原告が持ち出したとする被告の技術資料は下記のものです。
(1)設計図面
(2)設計計算書
(3)設計基準書
(4)試算資料(顧客から依頼のあった各装置の価格見積資料)
(5)トラブル報告書
(6)その他

原告は、下記のように自身が持ち出した技術資料の各々について、重要性はなく、懲戒解雇を相当とするようなものではなかった、と主張しています。
(一)本件設計基準書は、被告で使用頻度の高い標準部品類のJIS規格や業界規格を効率化のために抜粋したものにすぎず、そこに記載されている情報は市販の便覧等から知ることができるものばかりである。・・・
(二)本件トラブル報告書も、競合他社で同様のトラブルが必ず発生するというのであれば格別、決してそうではないから、競合他社には無用のものである。・・・
(三)本件試算資料はBAL全体の二割程度の試算資料であり、この資料からは、全体のコスト分析はできないのみならず、個別機械の価格構成、試算経過、購入品の発注先、価格、型番、輸出梱包費、管理費等は分からないし、国内と台湾との調達部品の区分けもなく、設計仕様も不明であり、肝心の電機計装類、据付工事費、電気工事費、設計費、試運転費用、監督費用等も分からないものである。・・・
(四)本件基準設計計算書は、三八年も以前のもので現在では古典的資料であり、ロール配列や皮膜の厚さは被告のカタログ他雑誌文献等にも掲載されていて公知のものであるし、被告の現行の仕様とも異なるものであって競合他社では見向きもしないものである。・・・
(五)本件設計図面(書証略)は、検討のために配送したものであって、原告は特定部分を選別する手間を省くため全部を複写したものである。本件設計図面にかかるラミネータ装置は、非常に複雑であって、顧客の運転時に立ち会った試運転経験者が理解できるだけのプロセスノウハウ及び運転ノウハウが重要となる装置であり、関連設備技術等の一貫したものがなければ製品として生産できるものではないし、高価格の高級設備であることから需要も乏しいものである。
要するに、原告は自身が持ち出した被告の技術資料は有用性又は非公知性を有していないため重要性はなく、法的に保護する価値がないとのように主張していると解されます。特に、トラブル報告書、基準設計計算書、及び設計図面に関する主張は、他社にとって利用価値が低いものであるとのようなものであり、このような主張は近年でも有用性を否定するために主張されることがあります。


このような原告の主張に対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・第一に、一般的にも設計図面には種々の技術やノウハウが盛り込まれていると考えられるところ、本件設計図面は、・・・同業他社に漏れるなどすれば、被告の競争力に重大な影響を及ぼすことは明らかである。原告は、需要の乏しいものである主張したり、カタログ掲載図面(書証略)からでも製作できると供述したりしているが、・・・一般的な需要は少ないかも知れないが、被告にとってはラミネータ装置の技術やノウハウの現時点での集大成と考えられるし、右カタログ掲載図面は寸法などが記載されていない配置図であり、これからでも製作できるという原告の供述は暴論というほかない。本件設計図面を含む設計図一式が被告にとって重要な技術資料であることは明らかであり、これが重要でないという原告の主張は採用できない
第二に、一般的にも設計計算書には種々のノウハウが盛込まれていると考えられるところ、本件基準設計計算書等は、前記認定のとおり、技術資料としては、古いものであるとしても、基本的な思想や原理原則が示されていたり、被告独自の数値が記載されていたり、被告で現在でも利用されている現行の設計計算書でもあるというのであるから、これらの設計計算書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが古典的で公知であるなどとして重要でないという原告の主張は採用できない。
第三に、前記認定のとおり、本件設計基準書は、主として公的規格や実験データ等の集積であり、その個々のデータ自体は被告独自のものではないとしても、それを被告における設計の標準化、効率化のためにまとめたものであるから、そこには自ずと被告のノウハウが盛込まれているというべきであるし、被告の設計図面や設計計算書等を検討するときにも必要になるものと考えられる。被告が、番号登録して貸与とし、改廃、退社時に回収するなどしているのも、原告がいうように単なる経費削減のためなどというものではなく、右のような内部書面として重要性の故であると考えられる。したがって、本件設計基準書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが公知であるなどとして重要でないという被告の主張は採用できい。
第四に、一般的にみても試算資料には原材料費と利益等種々の営業上の情報が盛り込まれていると考えられ、主として営業上の観点からこれが顧客や競合他社に流出するときは、商談等に重大な影響を及ぼすことは明らかというべきところ、本件試算資料は、前記認定のとおり、機械設備一式を含むもので、被告にとって社外流出を防止しなければならない重要な資料と認められ、単なる部分的なものであるがゆえに重要性がない等という原告の主張は採用できない。
第五に、一般的にみてもトラブル報告書は、これが外部に流出するときは、被告及び顧客の信用にかかわるうえ、競合他社からの攻撃材料に利用されるなどする危険をはらむものというべきところ、本件トラブル報告書も、前記認定のとおり、そのようなトラブル報告書の一つであり、しかも、被告のノウハウに属する資料まで添付されたものであったのであり、被告にとって重要な営業上及び技術上の資料であったと認められ、他社にとっては無意味である等の理由で重要でないなどという原告の主張は採用できない。
上記のように、裁判所は、トラブル報告書及び設計図面に関する有用性を否定する原告の主張を裁判所は認めませんでした。
しかしながら本事件の裁判所の判断では、全体的に各ノウハウの判断基準は被告にとって重要であるか否かを重視しているように思えます。具体的には、設計計算書や設計基準書については、非公知性を喪失している可能性があるようにも思えるものの、被告にとって重要であるとして原告の主張を認めませんでした。
ノウハウがその保有者にとって重要であるか否かは、近年の裁判例では判断基準となっていないと思います。このため、仮に設計計算書や設計基準書の全体が公知若しくは公知の情報の寄せ集めであれば、これらに記載のノウハウは近年の判断基準では法的保護の対象とはならないかもしれません。

一方で、本事件は、原告に対する懲戒解雇の適否を争っているものであり、原告が持ち出した情報の非公知性の有無よりも被告における重要性を重視しているとも考えられます。すなわち、被告の就業規則には「七一条 従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に付する。 二号 業務上の機密を社外に漏らしたとき。」とあり、「機密」を「被告にとって重要な情報」とのように解釈すると、持ち出された情報の非公知性の有無はさほど重要ではないとも考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年11月11日月曜日

判例紹介:ノウハウの判断基準

営業秘密ではなくノウハウの法的保護についての裁判例を最近紹介しています。今回の裁判例は東京地裁令和4年9月16日判決(事件番号:令3(ワ)30231号)です。

本事件の原告は、インターネット上でのライブ配信活動を行う者(ライバー)のマネジメント事務所を運営しています。原告と被告は被告を原告の代理店としてライバーの勧誘業務やマネジメント業務を委託する代理店業務委託契約を締結していところ、被告が同契約に違反して原告の同業他社のためにライバーのマネジメント業務等を行ったとして、原告が被告に対して債務不履行等を主張したものです。
具体的には、被告は原告事務所に所属していたBの担当マネージャーとなり、Bのマネジメント業務を担当したものの、被告はライバーのマネジメント事務所△△を運営するa社との間で代理店となる契約を締結し、Bは△△を所属事務所としてライブ配信活動を行ったようです。

ここで、原告と被告との間で締結された代理店業務委託契約には競業禁止条項があり、この競業禁止条項が公序良俗に反するか否かが争点となっています。競業禁止条項を設定する目的として、原告のノウハウの流出を防ぐという目的があります。そして、競業禁止条項に反した場合には、500万円の違約金が発生する違約金条項が定められていたようです。そこで、原告は、被告に対して代理店業務委託契約に違反したとして、この契約に基づき500蔓延の支払いを求めました。


このため、本事件において原告は原告のノウハウを以下のように主張しました。
原告は、ライバーマネジメント業務のノウハウ、ライブ配信事業の経営ノウハウ、ライブ配信活動のノウハウなど多くのノウハウを代理店に提供している。本件契約においても、原告は、被告に対して、契約締結前の個別説明会や契約締結後の被告からの個別の問合せに答える形で多くのノウハウを提供した。このようなノウハウは、原告の営業秘密として要保護性が高い情報であり、これが外部に流出すれば、原告がこれまでかけてきたコストが無駄になるだけでなく、ライブ配信業界における原告の競争力が失われてしまうのであるから、競業禁止条項を設けることには正当な目的がある。
これに対して、被告は以下のように反論しています。
原告は、ノウハウを被告に伝授したと主張するが、原告は、代理店加盟希望者に一般的に配布している個別説明会資料や被告とのLINEのやりとりを示すにすぎない。原告が、被告に対して、秘密管理性・非公知性・有用性を有するような重要なノウハウを伝授したことはない。
そして、裁判所は、原告主張のノウハウについて以下のように判断しています。
本件競業禁止条項の違反について定められた違約金は、損害賠償の予定と解されるところ、原告の提出する証拠によっても、原告が被告に提供していた情報等の有用性や非公知性が、ノウハウとして高度のものであるとまで認めることはできない。
このように裁判所は、原告主張のノウハウは有用性や非公知性が高度のものでないとして、その法的保護を認めませんでした。すなわち、裁判所は被告の主張を認めたこととなります。
この判決でも、ノウハウの判断基準は有用性と非公知性の2つであることを示唆しています。しかしながら、この2つを一括りとして高度でないと裁判所は判断しているため、有用性が高度でないのか、非公知性が高度でないのかが判然としません。
ここで、被告が「代理店加盟希望者に一般的に配布している個別説明会資料や被告とのLINEのやりとりを示すにすぎない。」と主張していることから、原告主張のノウハウは既に公知とされている資料に記載の内容と同様であると裁判所は判断しているようにも思えます。そうすると、原告主張のノウハウは非公知性を有していないこととなります。
また、原告は「被告からの個別の問合せに答える形で多くのノウハウを提供した。」との程度の主張しか行っていないことから、本事件において、原告主張のノウハウの特定が十分に行われていなかった可能性も考えられます。

なお、裁判所は、Bを△△に所属させたことは、被告による引抜行為であるとも判断し、被告は原告に対して違約金100万円を支払えという判決となりました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年10月31日木曜日

判例紹介:ノウハウの秘密保持義務

自社のノウハウを他社に開示する場合に秘密保持義務を課すことは一般的です。今回は原告が被告に開示した自社のノウハウについて、被告が秘密保持義務違反を行ったとして争った裁判例(東京地裁令和3年10月18日判決 事件番号:平29(ワ)38189号 ・ 平30(ワ)13817号)についてです。

本事件は、訪問マッサージ治療院のフランチャイズ事業を運営する原告が、同事業に加盟して治療院を開設した被告会社に対し、被告会社は原告とのフランチャイズ加盟契約の各条項(フランチャイズ加盟契約書)に違反したと主張して損害賠償請求をした事件です。

被告Y1(被告会社の設立当時の代表取締役)は原告とフランチャイズ契約を締結した際に、原告からマニュアル等の提供を受けています。
そして、被告会社は被告Y1が代表取締役を辞任した後に、訪問マッサージ治療院を募集し、被告会社からマニュアル等の提供を受けた各治療院がそれぞれ訪問マッサージ事業を行い、その施術に係る療養費を被告会社が代行請求する方法でロイヤリティ及び療養費請求の代行手数料を徴収するというフランチャイズ事業を始めました。

原告は、原告作成のマニュアルに関して、秘密保持義務に反して被告会社がマニュアルのデッドコピーを無断で作成して、被告FC事業に加盟した上記アの治療院に配布して営業活動を行った、と主張しています。

これに関して被告らは以下のように主張しました。なお、Cは原告の取締役です。
原告作成のマニュアルの記載内容には,有用性,非公知性がなく,経営ノウハウとして法的保護に値しない上,被告らは,平成28年8月4日,上記配布につき,Cの承諾を得ている。また,被告会社は,上記8つの治療院以外には原告作成のマニュアルではなく,別のマニュアルを提供しているので,いずれにしても,被告らに秘密保持義務違反はない。
しかしながら、裁判所は以下のように、Cの承諾があったことも含めて被告の主張を認めず、原告が主張する被告による秘密保持義務違反を認めました。
ア 被告会社が別紙2記載の治療院のうち,番号5,同29及び同31を含む8つの治療院に対し,原告作成のフランチャイズマニュアル(甲55。以下「原告マニュアル」という。)を配布したことは当事者間に争いがなく,証拠(甲5(枝番を含む。)~7,甲52~56)及び弁論の全趣旨によれば,この配布は,本件FC契約15条1項の「本契約に基づいて知り得たノウハウ」及び同2項の「マニュアル」を第三者に開示あるいは譲渡したものと認めることができる。
イ これに対し,被告らは,原告のマニュアルには,有用性や非公知性がないと主張するが,被告会社は,原告のマニュアル(甲55)の内容のうち,原告が「独自のノウハウ」と述べる部分(甲53)を抜き出したと認められる被告会社名義の「〈秘〉情報「みんなの笑顔治療院」訪問マッサージマニュアル」(甲52。以下「被告マニュアル1」という。)を被告FC事業に利用しており,仮に,原告マニュアルの内容の一部に非公知性等に欠ける部分が存在していたとしても,そのことによって被告が本件FC契約に基づく秘密保持義務を免れるとはいえないから,被告らの上記主張を採用することはできない。

このように、裁判所は原告作成のマニュアルの内容の一部に非公知性等に欠ける部分があるとしても、原告が「独自のノウハウ」と主張する部分の非公知性を認め、被告が秘密保持義務に反して使用したと判断しています。なお、上記裁判所の判断では、原告作成のマニュアルの有用性については特段言及していないものの、当該マニュアルは当然にビジネスに用いられるものであることから、有用性を否定する理由はないと思われます。

ここで、本事件のように、ノウハウは有用性と非公知とを有する情報であるかと思います。ノウハウの定義をこのように考えると、何らかの法的保護を受けることができる企業の情報として、秘密管理をしていなかったものの有用性及び非公知性を有する情報であればよいことになります。

なお、本事件では被告に対して営業秘密侵害を主張できるのではないかとも思えます。原告作成のマニュアルは秘密保持義務を課して被告に渡されているからです。
しかしながら、原告が「独自のノウハウ」と主張する部分に対して秘密管理性が認められるかが微妙であり、営業秘密として認められないかもしれません。その理由は、秘密保持義務を課されて被告に渡された情報に公知の情報が多数含まれていた場合には、原告が秘密であると主張する情報(非公知の情報)が何であるかを被告が認識できないと判断される可能性があるためです。このため、仮に、本事件において原告が営業秘密侵害を主張した場合には棄却された可能性があります。
一方で、本事件では、同じ情報であってもノウハウの侵害(秘密保持義務違反)を主張したことで、営業秘密侵害のように差し止め請求はできませんが、秘密管理性の主張は必要なく実質的に非公知性の主張さえできればよいので、原告の主張が認められた結果となったかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年10月8日火曜日

判例紹介:有用性について

前回紹介した裁判例(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)では、原告が営業秘密であると主張した情報(本件データファイル)に対して裁判所は秘密管理性を否定しました。しかしながら、裁判所は当該情報の有用性及び非公知性は認めています。

なお、本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

そして、原告は、被告会社が営業秘密であると主張する本件データファイルに対して、以下のようにその有用性を否定する主張を行いました。特に下記(イ)では、持ち出したデータファイルについて転職先では利用できないものであるから、営業秘密としての有用性が無い、と主張していると考えられます。
(ア) 本件Excelファイルは、原告が担当していたトウモロコシのデリバリー業務について、Excel関数を利用して、トウモロコシの買い付け数量とそれらの客先への売数量のバランスを常時把握するために原告が作成したファイルであり、特段、機密性の高いものではなく、有用性はない。
(イ) 本件詳細主張ファイル群を含む、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分は、原告が、平成27年度から平成30年度までの麦・油糧種子課在籍時に作成保存したものである。これらのデータファイルは、情報の鮮度からしても有用性は認められず、転職先へ持ち込む意味のないものである。また、本件詳細主張ファイル群の中には、原告が平成29年から令和元年頃までリーダーとして担当していた生産性改革のプロジェクトに関するものも含まれるが、これも相当に古い情報であって有用性はなく、日系企業と社内制度や体質が全く異なる外資系の転職先へ持ち込む意味もないものである。

これに対して裁判所は、有用性について以下のように判断しています。
 (1) 有用性及び非公知性について
ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ(別紙略)、これらにつき原告は具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、①飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、②投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、③現在交渉継続中の案件に関する情報、④被告会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、⑤食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は⑥被告会社の保有株式に関する情報等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告は、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、平成27年度から平成30年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記原告の主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、原告の上記主張は採用することができない。
裁判所は、特に下線部で示しているように、「有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならない」と述べています。

このように、営業秘密(情報)を持ち出した側が、当該情報の有用性を否定するために、転職先で利用できない等のような主張を行う事例がいくつかあります。

しかしながら、このような有用性を否定する主張はまず認められないと考えられます。その理由は、有用性の概念は基本的に広いものであり上記のように「客観的に企業の事業活動にとって有用である」というもののためです。このため、企業で創出される情報は、違法性のある情報等でなければ、基本的に有用性を有していると考えられます。なお、技術情報については、特許でいうところの進歩性と同様の判断を裁判所が行い、その有用性を否定する裁判例もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年9月22日日曜日

判例紹介:営業秘密ではなく、ノウハウの不正流出が認められた事件

ノウハウについての法的保護については、営業秘密とは違い条文化されていません。しかしながら、ノウハウの流出について裁判で争われた事例はいくつかあります。
今回紹介する事件は、そのような事件(東京地裁令和4年9月15日判決 事件番号:令元(ワ)18281号)であり、ノウハウの保有者である原告の賠償金請求が認められています。

原告の代表者であった被告Aが原告の開発した技術やノウハウを被告会社に提供してこれを取得させた行為は、原告に対する忠実義務(会社法355条)及び競業避止義務(同法356条1項1号)に違反する不法行為であり、原告が被告と被告会社に共同不法行為(民法719条1項)及び不法行為(同法709条)に基づいて損害賠償を求めたものです。
なお、ノウハウとは、ナノサイズの炭素繊維の製造技術や粉砕技術、分散技術に関するもののようです。
ここで、被告Aは原告の元代表取締役であり、その在任中に、炭素繊維の粉砕、分散、再生等の事業に対する技術面で中心的な役割を担ってきたようです。そして原告の主張によると被告Aは、原告代表取締役在任中の平成30年頃以降、原告に秘匿して被告会社と顧問契約を結び、技術指導として、原告が資金、労力をかけて開発してきた炭素繊維の粉砕・分散技術やノウハウを原告に無断で被告会社に提供し、その対価として顧問料の支払を受けていたとのことです。

原告のノウハウについて裁判所は具体的に以下のように判断しています。
原告は、平成29年6月までには、試作品ではあるものの、炭素繊維の粒子を平均繊維径20nm、平均繊維長360nmのナノサイズに粉砕し、これをマスターバッチ化することに成功し、その後も炭素繊維をアスペクト比を大きくするように繊維状に粉砕する方法、分散剤の選定等についても試行錯誤を重ね、同年12月までには、特許出願ができる程度に、炭素繊維を一定のサイズに粉砕するために使用する乾式粉砕の装置、雰囲気温度、インペラ回転数、粉砕時間、混合液の処方条件、湿式粉砕及び分散処理に使用する装置、使用ビーズの条件等や一連の工程を特定し、その後も、実用化に向けて、炭素繊維を一定のナノサイズにまで粉砕しつつ飛散や再凝集の課題を解決し得る一定の技術を取得していたというべきである。
他方、その当時、このような炭素繊維の粉砕技術等を用いて、所定のサイズのカーボンナノワイヤー分散液であって、かつ、高濃度にカーボンナノワイヤーを含有する分散液を調製する方法が原告以外の第三者によって既に開示されていたことをうかがわせる具体的な事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、遅くとも本件特許出願当時に原告が有していたカーボンナノワイヤー分散液の製造方法に係る技術内容、すなわち、炭素繊維をカーボンナノワイヤーと称するほどのサイズ(平均繊維径30nm~200nm、平均繊維長1μm~20μm、アスペクト比3~200)に粉砕・分散処理したカーボンナノワイヤー分散液を調製する方法(以下「原告方法」という。)は、一定の有用性・経済的価値を有するものであり、みだりに他者に開示、使用されない正当な保護を受けるに値する情報といえる。
このように原告のノウハウは保護を受けるに値すると裁判所は判断しました。この判断基準は、実質的に営業秘密でいうところの有用性と非公知性であると思われます。一方で原告主は営業秘密ではなく単にノウハウとしか主張していないので、秘密管理性については当然ながら判断されていません。


さらに、被告Aの被告会社に対する技術情報の提供の有無について、以下のように裁判所は判断しています。
被告会社は、被告Aを顧問に迎え入れるまでには炭素繊維の粉末を利用したマスターバッチを製造する技術等についての知見及び経験を有していなかったことから、被告Aが有する炭素繊維の分散技術に期待して同被告を顧問として迎え入れ、同被告も、被告会社の顧問として炭素繊維の分散技術の開発に必要な炭素繊維粉末を準備した上で、高濃度で分散性の優れた炭素繊維のマスターバッチ製造のための試行錯誤を繰り返し、一般的な炭素繊維ミルド粉末を利用したマスターバッチの濃度を優に超える高濃度のマスターバッチを作製するための製造方法(レシピ)を開発したものといえる。
このことと、原告が平成29年当時有していた炭素繊維を原料とするカーボンナノワイヤー分散液の技術的課題、意義及びその特徴と被告会社が自社の技術として広報した高分散・高濃度の炭素繊維マスターバッチのそれとが共通していること、他方で、その当時、被告会社において被告A以外の者により炭素繊維粉末を高濃度に含むマスターバッチの製造に関する具体的技術やノウハウを取得したことを認めるに足りる証拠はないことに鑑みると、被告Aは、原告において開発していたカーボンナノワイヤー分散液の製造技術を被告会社に対して提供し、被告会社においてこれを利用したことが合理的に推認される。
このように、被告Aが被告会社に原告のノウハウを提供し、さらに被告会社がこのノウハウを使用したことを裁判所は認めています。
裁判所はこのような被告Aの行為を「カーボンナノワイヤー分散液の製造方法といった炭素繊維の粉砕・分散技術に関する原告の技術情報を、少なくとも過失によって第三者である被告会社に開示して使用させたものであり、原告に対する忠実義務に違反する。これにより、被告Aは、原告の営業上守られるべき利益を侵害したといえることから、原告に対して不法行為責任を負う。」と認めています。
そして、裁判所は「原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づき、連帯して160万円の損害賠償請求権・・・を有する。」とのように原告の損害賠償請求権を認めました。

以上のように、営業秘密ではなくノウハウの不正流出に対しても法的保護を受ける可能性があります。そして、ノウハウは秘密管理性を必要としません。すなわち、秘密管理性がないものの、営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有する情報であればノウハウとして法的保護を受ける可能性があります。
しかしながら、民法719条や709条に基づく請求であれば、損害賠償は認められても差し止めは認められない可能性があります(本事件でも原告は差し止めを請求していません。)。
とはいえ、被告がノウハウを使用しており、原告の損害賠償請求が認められた場合には、その後、被告が当該ノウハウの使用を継続する可能性は低いようにも思えます。一方で、例えば自社からの転職者によってノウハウを不正に持ち出されて、転職先で開示されただけでは、損害が発生していないとして損害賠償が認められないかもしれません(営業秘密では弁護士費用が損害として認められている裁判例もあります)。
さらに、ノウハウの不正流出(不正使用)は不正を行った者に対して民事的責任を負わせることができたとしても、刑事的責任を負わせることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月31日水曜日

判例紹介:ノウハウの法的保護について

前回のブログでは、ノウハウの法的保護について記載しましたが、今回もノウハウの法的保護に関連した裁判例(知財高裁平成30年12月6日判決、事件番号:平30(ネ)10050号)を紹介します。

本事件は、中学校受験のための学習塾等を運営する控訴人(一審原告)が同様に学習塾を経営する被控訴人(一審被告)に対し、被控訴人がそのホームページやインターネット上で配信している動画等に原告表示と類似する表示を付する行為はが不競法2条1項1号の不正競争行為であると主張したものです。

さらに、控訴人は、以下のように、被控訴人学習塾の営業は控訴人のノウハウにただ乗りするものであって、自由競争の範囲を逸脱し、一般不法行為を構成するとも主張しました。
被控訴人は,控訴人が多大な労力及び費用をかけ,控訴人独自の教育思想・理念(論理的な思考力,表現力,知識にとらわれない豊かな感性,主体的な学ぶ姿勢を生徒に持たせるように育成する。)に基づいて作問したテスト問題及び解答を材料にし,控訴人のノウハウにただ乗りし,控訴人学習塾の生徒を対象として,ウェブサイト上でのライブ解説(以下「ライブ解説」という。)の提供又は解説本の出版を行っている。被控訴人は,最難関校の合格者が多いという控訴人学習塾の実績を横取りして入学者数を増やすために,控訴人学習塾の補習塾であるかのような運営を行っているが,小学校で良い成績をとるための小学校の補習塾と異なり,営利目的の営利企業である株式会社の運営する控訴人学習塾についての補習塾を運営することは,自由競争の範囲を逸脱するものである。
ここでいうノウハウとはどのようなものであるかは、判決文からは判然としませんが、おそらく、「控訴人が多大な時間と労力をかけて作成したテスト問題」にノウハウが化体しているのでしょう。
確かに、控訴人の競合他社である被控訴人が控訴人が作成したテスト問題を用いてビジネスを行っているので、控訴人としては何らかの対応を行いたい、ということなのでしょう。


このような控訴人の主張に対して裁判所は以下のように判断しています。
大手学習塾が,自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから,大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ,他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。そして,控訴人が主張する,中学校受験生を対象とする学習塾同士が熾烈な競争下にある中で,控訴人がその教育方針に従い,そのノウハウに基づいてテスト問題を作問していること,被控訴人による解説は控訴人による事前の審査を経ておらず,その内容が受験テクニックに偏ったもので,控訴人の出題意図や教育方針に反することといった事情があったとしても,このことから直ちに,被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が社会通念上自由競争の範囲を逸脱するということはできない。
上記のように、裁判所は、控訴人のノウハウについて特段言及することもなく、被控訴人の行為は不法行為ではないと判断しています。

ここで、ノウハウは営業秘密でいうところの有用性及び非公知性を有するものと仮定すると、控訴人のテスト問題は公知のものであり、そのようなテスト問題の解説等を行うことは何らの不正行為、換言すると控訴人のノウハウを不正使用する行為ではないとも考えられます。
一方で、控訴人のテスト問題を作成するための手法がノウハウであり、この手法は非公知であるとすると、被控訴人はノウハウを用いた成果物であるテスト問題を使用しているに過ぎず、控訴人のノウハウそのものは使用していないこととなります。
ノウハウの定義は法的に定まっていませんが、ノウハウも有用性及び非公知性を有する情報と考えると、ノウハウの侵害(不正使用)の考えも明確になると思います。
なお、本事件では、控訴人(原告)の請求は全て棄却されています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月22日月曜日

判例紹介:法的に保護されるノウハウとは?

ノウハウを法的に保護するためには、ノウハウが営業秘密であるとして不正競争防止法による保護を受けることが考えられます。しかしながら、ノウハウを営業秘密というためには、ノウハウを情報として特定したうえで、当該情報が秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を有していることが必要です。
しかしながら、情報が三要件、特に秘密管理性を有していないとしてその営業秘密性を否定されることが多々あります。そうすると、営業秘密と認められなかったノウハウ(情報)は法的保護を受けることができないのでしょうか。

そこで法的保護を受けることができるノウハウについて示した裁判例(東京地裁令和 4年5月31日判決、事件番号:令元(ワ)12715号)を紹介します。
本事件は、ソフトウェア等のテスト業務を専門に行う原告会社の元従業員である被告Aによって、テスト業務に使用するテスト設計書の電子ファイル(本件ファイル1、2)が被告Aの転職先である被告会社に無断で持ち出され、被告会社において使用されたとのように、原告会社が主張したものです。
原告は、被告らに幾つかの請求を行っていますが、そのうちの一つとして、「原告のノウハウを侵害したことを理由とする共同不法行為による損害賠償請求」が含まれています。

なお、当事者に争いのない事実から分かるように、被告Aは少なくとも本件ファイル1について実際に転職先である被告会社に持ち出し、それを使用したようです。
(4) 被告Aによる本件ファイル1の持ち出し等
被告Aは、平成30年6月頃、原告から貸与されていた業務用パソコンを使用して、本件ファイル1の電子データをチャットツールの自身のアカウントにアップロードして保存した。そして、被告モリカトロンに入社した後、私用パソコンを使用して、上記アカウントから同電子データをダウンロードして同パソコンに保存し、自身のUSBメモリスティックを介して被告モリカトロンの業務用パソコン及びローカル・エリア・ネットワークに保存した。さらに、被告モリカトロンの社内研修で使用するために、本件ファイル1を加工修正して研修資料(以下「本件研修資料」という。)を作成し、被告モリカトロンの従業員7名が出席した被告モリカトロンの社内研修(以下「本件研修」という。)において、同研修資料を用いて指導を行った。(甲6、弁論の全趣旨)
そして、裁判所は以下のように原告が主張するノウハウである本件各ファイルは著作物又は営業秘密でもないと判断しています。しかしながら、裁判所は、著作物又は営業秘密でなくても本件各ファイルの利用行為が不法行為と解する余地もあるとしています。
本件各ファイルは、下記7に記載のとおり、著作権法2条1項1号所定の「著作物」に該当せず、また、下記8に記載のとおり、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」にも該当しないものである。しかして、本件各ファイルの利用行為は、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
もっとも、これを前提としても、原告の主張は、被告らによる本件各ファイルの利用行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業の自由を侵害するものであるとして、前記特段の事情が存在する旨をいうものと解する余地がある。

この「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様」で使用されていたか否かについて、裁判所は以下のよう判断しています。
(3) 上記認定事実によれば、本件ファイル1は、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を記載するために使用されるテスト設計書のひな型であることが認められ、具体的なテスト業務を想定したテスト観点やテスト結果等は記載されておらず、それらを記入すべき枠としての表が記載されているものに過ぎない。加えて、本件研修資料が具体的にどのような資料であったのかについては証拠上明らかでないが、本件研修資料は、少なくとも、被告Aが本件ファイル1を加工修正して作成したものであって、本件研修や被告モリカトロンにおけるテスト業務において本件ファイル1がそのまま使用されたものではない。これらの事情を考慮すれば、被告らの行為が、具体的、客観的見地からみて、直ちに自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。
また、本件ファイル2は、テスト設計書のひな型の一部であるところ、原告の主張によれば、原告は、テスト業務に使用するテスト項目を●(省略)●本件ファイル2に係る●(省略)●ものであるという。しかして、これを前提としても、本件ファイル2は、●(省略)●が記載されたもので、原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎないということになる。また、前提事実によれば、テスト業務は、ゲームソフト等のソフトウェアが仕様どおりに動作するかを確認してプログラムの不具合の有無を検出することを内容とするものであるため、そこで確認すべき事項は、ソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられる。このようなテスト業務の性質にも照らして検討すると、上記認定のような本件ファイル2自体が、客観的,具体的見地からみて、原告独自のテスト観点等を記載したものとして、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を有するとまではいいがたく、被告らの行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとはいえない。
このように、本件ファイル1には原告が実施したテスト観点やテスト結果は記載されておらず、単なる枠であり、被告Aはそれを加工修正したものであり、本件ファイル1をそのまま使用していないために原告の営業を妨害するものではないと裁判所は判断しています。そもそも、本件ファイル1はその著作物性が否定され、かつ原告独自の情報も含まれていないのであれば、それを加工修正しても原告の営業を妨害とは考え難いでしょう。
本件ファイル2は「原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎない」として、法的に保護された利益を有するとは言えないとしています。そもそも、本件ファイル2については使用したか否かも判然としません。
このように、本事件では、原告の本件各ファイルを持ち出して使用した被告の行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。」と判断されています。

このように、営業秘密や著作権等の法的保護を受けることができない情報に対して、法的な保護を受けると裁判所が認める可能性は低いように思えます。
しかしながら、特に営業秘密については、秘密管理性がその要件として重要なファクターとなっており、有用性及び非公知性を満たしているにもかかわらず、秘密管理性を満たしていないとして営業秘密性が否定される場合は少なからずあります。そして、企業が保有している情報のうち、有用性及び非公知性を満たしている情報の全てを秘密管理することは現実的に不可能です。
具体的には、開発途中の技術に係る情報や完成に近い発明等は、有用性及び非公知性を有している場合が多々あるかと思います。このような情報は、技術や発明が完成した後に秘密管理される場合がほとんどです。そして秘密管理されていない情報を不正に持ち出したとしても、営業秘密侵害にはなりません。
しかしながら、このような情報が不正に持ち出されて使用され、その行為が「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するもの」であれば法的保護を受けることができるかもしれません。
また、顧客情報が不正に持ち出されて使用された場合でも、秘密管理性が否定され営業秘密としての保護が受けられない場合が多々あります。しかしながら、秘密管理されていない顧客情報を不正に使用する行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する」行為の典型例となるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2022年12月19日月曜日

判例紹介:ノウハウの対価請求権

前回のブログでは、ノウハウの保護について判断した裁判例(東京地裁令和3年12月7日判決 事件番号:平30(ワ)38505号・令2(ワ)27948号)を紹介しました。この裁判例によると、ノウハウが法的な保護を受けるためには、有用性や非公知性を有していなければならないとのことでした。

今回は、ノウハウの対価請求に関する裁判例(知財高裁令和3年5月31日判決 事件番号:令2(ネ)10048号)を紹介します。
本事件は、一審被告会社(被控訴人)の従業員である一審原告(控訴人)が、下記①と②についの特許を受ける権利(①について、原告は共同発明者4人のうちの1人であるため、4分の1の持分、②については全部)を被告会社に承継させたと主張して、その対価を請求した者です。
①被控訴人の特許となっているもの(競争ゲームのベット制御方法に関するもの)
②被控訴人の特許となっていないもの(競争ゲームに関するノウハウ)
なお、①については、原審で17万0625円の請求が認容されたものの、②については請求が棄却されています。

ちなみに、被告会社は、下記のように本件ノウハウの特許性を含む価値を否定しています。
❝本件ノウハウは,発明とはいい難い。仮に,本件ノウハウが発明に当たるとしても,対価請求権が認められるためには,特許を受ける権利として新規性及び進歩性等を含めた特許性を備えるものでなければならないが,本件ノウハウは,このような特許性が肯定されるようなものではなく,ノウハウとして秘匿すべき何らの価値もない。❞
次に本事件に対する裁判所の判断です。まず裁判所は、ノウハウの対価請求に対して以下のように、特許性を有する発明出なければノウハウに対して対価を請求できない、としています。
❝本件ノウハウは,特許登録がされていない職務発明として主張されているものであるところ,特許性を有する発明でなければ,これを実施することによって独占の利益が生じたものということはできず,特許法35条3項に基づく相当の対価を請求することはできないと解される。❞

そこで裁判所は本件ノウハウの特許性を判断するために、まず本件ノウハウの特徴を下記のように①から④に分けました。
・特徴① プレイヤー馬について、能力値とは別に、一定の割合でメダル数と相互に換算される活力値と呼ばれる指標を導入。
・特徴② 馬主ゲームにおいて、レースに出走するための消費活力値とレース結果に応じて増加する増加活力値の期待値とを等しくすることにより、馬主ゲームにおける馬ごとのメダル獲得の期待値の不公平さが生じないようにする。
・特徴③ 同じレースに複数のプレイヤー馬が出走する場合もあるので、プレイヤー馬の能力値が当初は未確定であることから、各プレイヤー馬の増加活力値,消費活力値及び能力値について、一旦暫定値を用いて計算して必要に応じて数値を再調整。
・特徴④ 活力値は、メダルとして目に見える賞金や出走料とは異なり、プレイヤーに認識されない形で増減され、次回以降の競馬ゲームに影響を与えるように導入することで、ゲーム性を醸成させる。

そして裁判所は、上記特徴①~④について以下のように、特許性はないと判断しました。
・特徴① 活力値の導入は完全確率抽選方式の下で予想ゲームと馬主ゲームとを組み合わせた競馬ゲームを設計する場合において、必然的に必要となる指標を導入したものにすぎない。
・特徴② 期待値の調整は完全確率抽選方式の下で予想ゲームに馬主ゲームを組み合わせる場合において、前記の課題を解決するために当然に採られ得る手段である。
・特徴③ 活力値の計算方法は複数の未確定の数値を基に確定的な数値を算出しようとする場合の計算方法として、通常よく採られる方法を超えるものではない。
・特徴④ 本件ノウハウの特許性を根拠付ける事情には当たらない。

このように、裁判所は、本件ノウハウは特許性がないとして、その対価請求も認めませんでした。この判断は、前回のブログで紹介した裁判例と同様の判断であると思われます。

しかしながら、上記特徴④は発明の効果を示していると思われるものの、上記特徴①~③の組み合わせは、本当に特許性がないのでしょうか。
特徴①~③の構成要件を一つの組み合わせとして特許出願すると、経験的には特許庁の審査では進歩性が認められ特許査定となる可能性もあるように思えます。
このため、仮に本件ノウハウが特許出願され、特許査定となっていたならば、原告(控訴人)は被告会社の社内規定に沿って裁判を行うことなく何らかの対価が得られていた可能性があったようにも思われます。
すなわち、従業員は自身の発明から対価を得るためには、当該発明をダメ元でも会社に特許出願してもらうという傾向になり得るでしょう。
もし、そうような傾向が強くなると、発明は特許出願して欲しいという開発側の圧力が強くなり、本来特許出願すべきでない発明も特許出願することとなり、企業は適切な知財戦略が構築できなくなるかもしれません。
そのような事態に陥らないためにも、新たな技術を開発した従業員に対しては、特許出願の有無に関係なく、十分な評価を行う体制が必要となるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年12月4日日曜日

判例紹介:ノウハウの保護について

自分の理解としてはノウハウ=営業秘密ではありません。ノウハウは営業秘密よりも広い概念であると考えています。ノウハウは営業秘密のように法的に定義されていないので、ノウハウの保有者が「これが自社のノウハウだ。」と言えば、それは秘密管理されていなくても公知であってもノウハウであると思います。しかしながら、そのようなノウハウが法的に保護されるかどうかは分かりません。

ここで、ノウハウの保護に関して争った裁判例(東京地裁令和3年12月7日判決 平30(ワ)38505号・令2(ワ)27948号)があります。
本事件は、本訴原告(反訴被告)が本訴被告(反訴原告)らとの間で、原告をフランチャイザー、被告会社をフランチャイジーとして、薬局営業に関するフランチャイズ契約を締結しました。
そして、本訴では原告が、フランチャイズ契約において契約終了後の閉店義務及び競業禁止義務が定められていたにもかかわらず被告会社はこれらの義務に反し、本件各店舗を閉店せず、競業する薬局営業を継続していると主張し、被告らに対してフランチャイズ契約における閉店義務及び競業禁止義務に基づき,本件各店舗の営業の差止め等を求めました。
一方、反訴では被告らが、原告はフランチャイズ契約に基づく経営指導支援やノウハウの提供等を行わなかったことなどから当該フランチャイズ契約は公序良俗に反し無効であると主張し、原告に対して不当利得返還請求権に基づきロイヤリティ相当額の返還等を求めました。

このように、ノウハウの保有者は原告であり、被告は当該ノウハウの提供を原告から受けています。なお、原告は当該ノウハウについて、営業秘密との比較で以下のように、ノウハウは広く保護されるべきであると主張しています。このため、原告は、当該ノウハウについて有用性についての自身があまりなかったのかもしれません(秘密管理の対象ともしていなかったのかもしれません。)。このノウハウは、1000頁にも及ぶ各種マニュアルとして被告らに提供されていたようです。
❝保護すべきフランチャイザーのノウハウは,不正競争防止法にいう営業秘密と同様に解する必要はなく,フランチャイズチェーンが展開する事業の営業にとって有用な情報であり,フランチャイザーからフランチャイジーに提供されるものであれば足り,また,ノウハウの有無は,個別に要素を分解して判断すべきではなく,全体として統合されたものとして非公知性や有用性が認められれば広く保護の対象とされるべきである。❞
一方、被告は当然というべきか、保護されるノウハウは営業秘密と同様の水準であると主張しています。
❝ここでいうノウハウは,不正競争防止法で保護される営業秘密に近い水準のものを意味し,当該ノウハウについて,①秘密管理性,②有益性,③非公知性の観点から流出を防ぐ必要が認められると評価できるものでなければならない。❞
また、原告のノウハウは、以下のようなものであり、原告の独自のノウハウともいえるものであったようです。
❝ア 原告によるフランチャイズシステムは,米国において調剤薬局のフランチャイズ展開を業とするMSIと原告との間の本件マスターライセンス契約に基づき,原告が日本国内における独占実施権を得た上で,MSIのフランチャイズシステムによる調剤薬局及びそれに関連するヘルスケア事業についての経営ノウハウと,原告が開発するなどした調剤薬局及びそれに関連するヘルスケア事業のための独自の経営ノウハウを活用して,日本における調剤薬局のフランチャイズを行うことを目指すものであった。・・・
イ もっとも,米国と日本とでは,調剤薬局に関する制度の相違があり,MSIのノウハウをそのまま日本に適用することができなかったことから,原告は,MSIの米国におけるノウハウを,原告独自のノウハウも踏まえて日本の制度の下でも利用することができる形に改変して利用していた。原告は,そのような改変は結局のところ原告独自のノウハウを利用して行われたものと評価できるとの判断に至り,また,一定の出店数を下回った場合にMSIから反則金を課せられることなどから,平成27年7月1日,MSIとの間での本件マスターライセンス契約を,本件商標使用契約に変更した。これによって,原告は,MSIの商標の使用を継続する一方で,MSIのノウハウを使用することはなくなり,本件各契約におけるフランチャイザーの義務の履行についてもMSIのノウハウを使用しなくなった・・・❞

まず、被告らの主張である「フランチャイズ契約は公序良俗に反し無効である」に対して、裁判所は以下のように被告らの上記主張を認めませんでした。
❝・・・調剤薬局においては,保険調剤における薬剤の種類,品質,数量,価格といった提供する商品の主要な部分は,関係法令による規制の下にあり,また,調剤薬局において薬剤を自由に勧めることができるわけでもないから,主要な業務である保険調剤によって提供する商品の部分についてノウハウが影響力を持ち得る範囲は乏しいものといえる。また,前記1(1)アで認定したとおり,保険薬局では,顧客を誘引する方法も制限されているため,顧客の獲得に関するノウハウが成立する領域も制限される。以上のように,調剤薬局についてのフランチャイズ契約については,そのノウハウが成り立ち得る領域が,一般的なフランチャイズ契約と比して,大きく制限されるということができる。
しかし,被告らも自認するように,顧客が利用する調剤薬局を選択するに当たっては,特に門前薬局について,付近の医療機関等との位置関係が重要であるといえるから,調剤薬局の立地の選定等に関するノウハウは成り立ち得るし,また,同じ薬剤を処方するにしても,薬剤師による処方の手際の良さや正確性,顧客に対する接遇の良し悪しなどは顧客の獲得に影響し得るから,この点についてのノウハウも成り立ち得る(前記1(1)イ及びウ参照)。また,調剤薬局の新規開業(立地の選定を含む。),調剤薬局の運営(薬剤の仕入方法,人事,会計等を含む。)及び事業の承継等といった調剤薬局の経営面についてのノウハウは成り立ち得るといえる。以上の点に加え,調剤薬局についてフランチャイズシステムを現に展開し,あるいは少なくとも過去に展開していた調剤薬局が複数存在していることを併せ考慮すれば(甲65ないし甲71,乙12ないし乙15,乙32),調剤薬局においてフランチャイズ契約というものがおよそ成り立たないということはできない。したがって,調剤薬局においてはフランチャイズ契約というものがおよそ成り立たないということを前提として本件各契約が公序良俗に反するとする被告らの主張は,採用することができない。
このように、裁判所は、フランチャイズ契約は調剤薬局であるため、ノウハウが成り立ち得る領域が一般的なフランチャイズ契約と比して,大きく制限されると認定しつつも、当該ノウハウが成り立ち得ること領域も認め、当該ノウハウの提供が無くフランチャイズ契約は公序良俗に反し無効であるといった被告の主張は認めませんでした。すなわち、当該ノウハウは、フランチャイズ契約が妥当であったと言える程度の有用性はあったとの判断のようです。

それでは、原告による被告に対するフランチャイズ契約における閉店義務及び競業禁止義務違反という主張はどうでしょうか。
まず、裁判所は、閉店義務又は競業禁止義務を課す契約条項は、下記のような場合には公序良俗に反し無効になる、と述べています。
❝・・・フランチャイズ契約終了後に,フランチャイジーに対し,閉店義務又は競業禁止義務を課す場合には,独立の事業者であるフランチャイジーの営業の自由や所有権等に対する相当程度の制約が生じることになるから,フランチャイザーのノウハウの流出等による不利益の防止や,フランチャイザーの商圏を維持するための必要性など,フランチャイザー側の利益と,フランチャイジーの営業の自由等の制約の程度など,フランチャイジー側の不利益とを総合考慮した上で,フランチャイジーに対する過度な制約となる場合には,そのような制約を定める契約条項は,公序良俗に反し無効になるというべきである。❞
そして、裁判所は、上記のように顧客獲得等に関するノウハウが成り立ちうる領域は,相当程度制限される、と認定したうえで、以下の理由から、原告には本件各義務条項による保護に値するほどのノウハウがあると認めるには足りない、と判断しました。
❝原告は,前記1(4)及び前記2(2)アないしウでみたとおり,被告会社に対して一定の薬局運営のノウハウを提供していたということはできるものの,その内容は,各種法規制や種々の書籍等に分散している情報や原告のフランチャイズにおいて保有している知見等を集約し,体系化したマニュアルを作成し提供することや,定期訪問などを通じて随時,各種の情報の提供をすることなどにとどまっている。以上でみてきたところによると,原告が提供していたノウハウの内容は,上記のような日本の調査薬局の法制度の下では必然的に,非公知の内容,その時々の顧客のニーズ等の流行に対応した新鮮な内容又は他の調剤薬局との差別化を図り得るような個性的な内容を含むものとはならない面があり,実際にも原告から提供されたノウハウが顧客獲得に当たって果たす役割は相当限定的であったと考えられることからすれば,原告が被告らに提供していた調剤薬局運営のノウハウは,契約期間中にその対価としてロイヤリティを支払う義務を生じさせる程度のものではあったとはいえるものの,本件各義務条項を課すことによってフランチャイズ契約の期間終了後においてもなお一定期間流出を防止する必要があるほどの非公知性ないし有用性を認めることは困難であるというべきである。
このように、原告主張のノウハウはフランチャイズ契約が妥当であったと言える程度の有用性はあったと判断したものの、そのフランチャイズ契約が終了した後にまで保護されるほどの有用性はない、との判断のようです。
何とも微妙な判断のような気がしますが、営業秘密ではないノウハウという視点からすると、妥当なのかもしれません。すなわち、何らかの保護や権利を主張できるノウハウとは、それ相応の価値(有用性)を有している情報に限定されるということなのでしょう。そして、この有用性とは営業秘密で言うところの有用性と同様ということなのかと思います。
一方で、十分な有用性を有するノウハウであれば、それは何らかの権利や保護の対象になり得るのかと思います。そのときは、ノウハウであって、営業秘密ではないため、秘密管理性については特段判断されないのかとも思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信