2024年10月8日火曜日

判例紹介:有用性について

前回紹介した裁判例(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)では、原告が営業秘密であると主張した情報(本件データファイル)に対して裁判所は秘密管理性を否定しました。しかしながら、裁判所は当該情報の有用性及び非公知性は認めています。

なお、本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

そして、原告は、被告会社が営業秘密であると主張する本件データファイルに対して、以下のようにその有用性を否定する主張を行いました。特に下記(イ)では、持ち出したデータファイルについて転職先では利用できないものであるから、営業秘密としての有用性が無い、と主張していると考えられます。
(ア) 本件Excelファイルは、原告が担当していたトウモロコシのデリバリー業務について、Excel関数を利用して、トウモロコシの買い付け数量とそれらの客先への売数量のバランスを常時把握するために原告が作成したファイルであり、特段、機密性の高いものではなく、有用性はない。
(イ) 本件詳細主張ファイル群を含む、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分は、原告が、平成27年度から平成30年度までの麦・油糧種子課在籍時に作成保存したものである。これらのデータファイルは、情報の鮮度からしても有用性は認められず、転職先へ持ち込む意味のないものである。また、本件詳細主張ファイル群の中には、原告が平成29年から令和元年頃までリーダーとして担当していた生産性改革のプロジェクトに関するものも含まれるが、これも相当に古い情報であって有用性はなく、日系企業と社内制度や体質が全く異なる外資系の転職先へ持ち込む意味もないものである。

これに対して裁判所は、有用性について以下のように判断しています。
 (1) 有用性及び非公知性について
ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ(別紙略)、これらにつき原告は具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、①飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、②投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、③現在交渉継続中の案件に関する情報、④被告会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、⑤食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は⑥被告会社の保有株式に関する情報等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告は、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、平成27年度から平成30年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記原告の主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、原告の上記主張は採用することができない。
裁判所は、特に下線部で示しているように、「有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならない」と述べています。

このように、営業秘密(情報)を持ち出した側が、当該情報の有用性を否定するために、転職先で利用できない等のような主張を行う事例がいくつかあります。

しかしながら、このような有用性を否定する主張はまず認められないと考えられます。その理由は、有用性の概念は基本的に広いものであり上記のように「客観的に企業の事業活動にとって有用である」というもののためです。このため、企業で創出される情報は、違法性のある情報等でなければ、基本的に有用性を有していると考えられます。なお、技術情報については、特許でいうところの進歩性と同様の判断を裁判所が行い、その有用性を否定する裁判例もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信