2024年9月28日土曜日

判例紹介:不適切な秘密管理措置

営業秘密に関する裁判において、秘密管理性の有無が争点になることは多々あり、情報に対する秘密管理措置が適切でないとして当該情報の営業秘密性を裁判所が否定することは多々あります。
今回紹介する裁判例は(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)は営業秘密と主張される情報が他の一般的な情報に埋もれた状態で保存されているとして、その秘密管理性が否定された事件です。

本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

なお、原告は、被告社内システム内の原告の仮想デスクトップ領域に保存されていた、データファイル合計3325個(本件デスクトップファイル群)が入った「01_Main」フォルダ(本件デスクトップフォルダ)及びBoxの飼料原料課のフォルダの下位フォルダに保管されていたExcelファイルである「20_荷捌CORN.xlsx」(本件Excelファイル)を、Google Driveの原告のアカウント領域にアップロードしていました。これらデータのアップロードが、転職先に持ち出すのではないかとして被告会社から問題視され、懲戒解雇となりました。

本事件ではこれらデータの秘密管理性が争われ、裁判所は、以下のように被告会社において秘密管理措置がとられていることを一応は認めています。
被告社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されているほか、Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定されるという、物理的ないし論理的な秘密管理措置がとられている。

しかしながら、被告がアップロードしたデータについては以下のようにして、裁判所はその秘密管理性を否定しています。なお、当該データについてその有用性及び非公知性を裁判所は認めています。
・・・本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まり、原告が本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったと認めることができる。そして、デスクトップ領域のみならず、被告社内システム及びBoxの中で、有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかったことからすると、上記原告による情報の保存方法が、他の従業員のものと比して特異なものではなかったことが推認される。
そうすると、被告社内システム及びBox内に保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態で保存されているのが常態であり、被告会社の従業員において、個々の対象情報が秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをすべきであると容易に認識することはできなかったというべきである。したがって、前記被告会社のとっていた秘密管理措置では、対象情報が一般情報から合理的に区分されているということはできないから、本件データファイル等については、秘密管理性を認めることはできない。
このように、裁判所は、原告がアップロードしたデータは非常に多数であるものの、有用性及び非公知性のあるデータはその中において少数であるため、原告は有用性及び非公知性のあるデータを認識できるように管理はしてはいなかった、そして、被告会社のシステムでも有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかった、として当該データの秘密管理性を否定しました。

なお、被告会社は「従業員が、フォルダ内に営業秘密は一切ないとの認識を持つことの方が不自然であり、営業秘密が含まれていることをフォルダ単位で認識することは容易である」とも主張しましたが、この主張を裁判所は認めませんでした。

本事件の被告会社におけるデータの管理状態は、システム等へのアクセス管理がなされていても、秘密管理の形骸化となっており、秘密管理性が認められ難いということでしょう。このような事態を防ぐためには、有用性及び非公知性のあるデータは専用のフォルダに保存し、秘密管理措置を行うことが必要となります。しかしながら、会社の従業員は多数のデータを扱っており、従業員各々が管理するフォルダでそのような管理まで行うことは現実的には難しいかと思います。
一方で、秘密管理がずさんなデータは自由に持ち出してもよいわけではありません。たとえ、営業秘密と認められないデータであっても、当該データを許可なく持ち出すことが就業規則等で禁止されていれば、会社からペナルティを受ける可能性があります。
実際に、本事件において裁判所は上記のように当該データの秘密管理性を否定したものの、「原告によるデータのアップロードについて「業務上の理由」がなく、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認でき、被告会社の就業規則違反である」として、懲戒解雇は違法かつ無効であるとの原告の主張は認めませんでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信