2024年9月13日金曜日

判例紹介:取引先に開示したマニュアルについて

フランチャイザーがフランチャイジーに業務に関するマニュアルを開示することは一般的かと思います。そして、このようなマニュアルはノウハウとして秘匿されていることでしょう。
今回は、フランチャイザーである原告とフランチャイジ―である被告とに関する事件(大笹加地裁令和6年7月18日判決 事件番号:令5(ワ)829号)を紹介します。

本事件の原告はフランチャイズシステムによる学習塾の経営等を行っており、個別指導塾のフランチャイズ事業(Wam)を展開していました。
被告は、コンサルティング業務を行っており、被告を経営主体とした英会話スクールであるLanguage House(LH)を運営していました。
そして、原告(フランチャイザー)と被告(フランチャイジー)とは「個別指導Wam」のフランチャイズ契約を締結し、被告は物件のフロアを「個別指導Wam」の教室(本件教室)とLHとで折半する形でJR奈良駅前で運営しました。
しかしながらその後、被告は原告に対して契約の解除を通知し、本件教室を閉校しました。一方で、被告は同じ建物でLHの運営は継続しています。

このような経緯のもと、原告は、被告が原告から提供された受験指導に関するノウハウ(営業秘密)を不正の利益を得る目的でLHで使用したことが不競法2条1項7号の不正競争に当たると主張しました。なお、このノウハウはマニュアル(本件マニュアル)としてまとめられているもの等であり、営業秘密として特定できているようです。

なお、原告の従業員であるP3は、中学2年生の娘を持つ母親を装い、LHの入塾相談に赴き、これに対応した塾長であるP1とのやり取りを録音したりしています。これにより、原告は被告が原告のノウハウを使用しているという確信に至ったようです。

被告が原告の営業秘密を使用したか否かについて、裁判所は以下のように判断しています。なお、以下の本件相談2とは、原告のP3がLHの入塾相談に赴いたときの面談内容のことです。
(2) 本件相談2におけるP1の行為
原告は、保護者からのヒアリングにおける聞くべきポイント(苦手な教科と苦手になった時期や理由、得意な教科とその理由、毎日の勉強習慣等)、生徒の学習状況を確認するためのチェックすべき点(どの教科がいつからわかっていないのか、普段の学習習慣は本当に行われているか等)、受験の傾向などが営業秘密であることを前提に、P1が本件面談2でこれらを使用した旨主張する。
しかし、上記情報は、いずれも、一般的な学習指導の視点等として常識に属する程度の情報であって、非公知のものとはいえないし、仮に受験の傾向等、常識の範囲とまではいえない情報があるとしても、本件相談2においてP1が用いた情報は、同人の英語指導の経験等に基づく知見に属する範囲のものにすぎないものと認められるから、いずれにせよ、原告の営業秘密を不正に使用したとは認められない。
このように、裁判所は、原告の主張する営業秘密は「一般的な学習指導の視点等として常識に属する程度の情報」であり、非公知とはいえないとしています。また、常識の範囲とはいえない情報があるとしても、P1が用いた情報はP1の経験等に基づくものであるとし、原告の営業秘密を不正に使用を認めませんでした。


また、原告は被告に対して競業避止義務違反も主張していました。この主張に対して裁判所は、原告の主張を認めず、さらに下記のようにも裁判所は述べています。
原告は、本件許容条項は原告のノウハウを被告の英語・英会話教室に導入することまで許可したわけではない等と主張するが、本件許容条項のもとでフランチャイズ契約を締結するのであれば、ある程度のノウハウの共有、混同は避けられないのであって、このような事態は契約上当然に予定されているものと解されるから、原告の主張は理由がない。
すなわち、被告は原告と同様の事業であるLHを別途行っているのであるから、原告が被告に開示したノウハウが被告のLHにもある程度は共有、混同されることは想定の範囲内であると裁判所は判断したようです。

本事件のように、一般的に知られているようなノウハウのマニュアルは非公知性が無いとして営業秘密とは認められ難いのかもしれません。
また、フランチャイジーのような取引先にマニュアルを開示した場合、当該取引先はマニュアルを不正取得したとみなされることはないため、取引先が不正を行ったと主張するためには不正使用又は不正開示の主張となります。
しかしながら、本事件のように、取引先の行為がマニュアルの不正使用であると主張しても、取引先の行為が取引先自身の経験等に基づくものであるか、マニュアルの不正使用に基づくものであるかを切り分けることは難しいでしょう。
さらに、本事件では、被告は原告のフランチャイズ事業と同様の事業を並行して行っていることから、原告が開示したノウハウの共有、混同は避けられないとも裁判所は判断しています。

このように、取引先に自社の営業秘密とする情報を開示する場合には、当該情報が営業秘密として守られるのか、契約終了後における取引先の行為が自社の営業秘密の使用とされる範囲はどのようなものであるのか等を判断して、取引先との契約を行うべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信