2024年8月21日水曜日

判例紹介:転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為とはならなかった事例

転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為ではないと裁判所が判断した事件(東京地裁令和2年6月11日判決 事件番号:平30(ワ)20111号)を紹介します。

本事件の被告は、AIU保険会社に研修生として入社し、同社の保険商品を勧誘や販売していたが退職し、AIU保険会社の紹介により原告に入社して損害保険の勧誘等の業務に携わり、原告を退職後に訴外会社に転職しています。
そして、原告は、被告が退職前に原告の営業秘密である本件顧客情報1,2を不正に持ち出して取得し、又は転職先において使用したとして被告を提訴しました。
なお、本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客である一方、本件子役情報2の各顧客はもともと原告の顧客であって被告が開拓した顧客ではないという違いがあります。
今回のブログでは、本件顧客情報1に対する違法性について記載します。

被告が原告の本件顧客情報1,2を取得した経緯は、被告が原告を退職した後に原告の従業員であったBから、LINEを通じて本件顧客情報1,2を写真で送ってもらったというものです。このBが被告に本件顧客情報1,2を送った趣旨は、被告が原告在籍時に担当していた顧客について、保険契約の満期が迫っていたにもかかわらず連絡がとれないことから、被告を問い詰めるためであったというものです。
そして被告は転職後に本件顧客情報1の顧客(株式会社C)との間でやり取りがあったようです。


このような事実のもと、裁判所は、本件顧客情報1を取得した被告に対する違法性について以下のように判断しています。
(イ) 本件顧客情報1の各顧客に対する営業行為等について
本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報2の各顧客と比べ,被告との結び付きは弱いとはいえないものであり,また,被告は,原告在籍時,本件顧客情報1の各顧客の連絡先を,原告から支給された携帯電話ではなく,被告の所有する携帯電話に登録し,同各顧客にはこの携帯電話の番号を教えて連絡をとり,通常の業務を行っていたものである。このことに,本件顧客情報1の顧客(株式会社C)が,保険契約の満期に際し,同社の方から被告に連絡をとっていることが認められること(被告の所有する携帯電話に連絡があったとしても不自然とはいえない。)などを併せ考慮すれば,本件顧客情報1の各顧客については,本件顧客情報2の各顧客と異なり,被告が,原告からの退職後も,本件顧客情報1の各顧客から直接連絡を受けるなどして本件顧客情報1記載の情報を把握し,同各顧客への営業を行ったことが合理的に推認され,被告が,本件顧客情報1を使用して各顧客に対して営業を行ったとは認めるに足りないというほかない。
・・・そして,本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報1の各顧客の連絡先も,被告の原告在籍時から,被告が退職時に返還した原告支給の携帯電話(これには本件顧客情報2の各顧客の連絡先が登録されていた。)ではなく,被告の所有する携帯電話に登録されて通常の業務が行われていたものである。これらを併せ考慮すれば,Bから被告に対する本件顧客情報1の送付については,本件顧客情報2の送付とは異なり,原告からの退職後,当該営業秘密を保有していなかった被告に対して改めて示したものでもなく,その違法性は必ずしも高いものとまではいえず,上記をもって,法2条1項7号に規定する目的での秘密開示行為や,秘密を守る法律上の義務に違反した秘密開示行為とまでは評価されないというほかなく,これらに係る被告の悪意重過失も認められない。
そうすると,被告において,原告からの退職後等において,Bから送られた本件顧客情報1については,その送付が不正開示行為であることを知りながら,これを取得し,その取得した本件顧客情報1を使用して,同各顧客に対して営業を行ったものということはできない。
このように裁判所は、被告が原告の本件顧客情報1を取得したこと、本件顧客情報1の顧客に対して営業したことを認めたものの、その営業活動は本件顧客情報1を使用したものでもなく、本件顧客情報1の取得について被告の悪意重過失も認められないとして、本件顧客情報1に対する被告の違法性を認めませんでした。

本裁判例のような事例はレアケースのようにも思えます。しかしながら、転職先において前職企業の営業秘密とされる顧客情報に含まれる顧客から個人的に連絡があり、この顧客に対して営業活動をすることもあるでしょう。
このような場合は営業秘密侵害なるのでしょうか?
本裁判例を鑑みると、営業秘密侵害とはならないでしょう。その理由は、転職者と顧客との個人的なつながりによって営業活動を行ったのであり、前職企業の営業秘密を使用した営業活動ではないためです。

このように、どのような行為が営業秘密侵害となるのか、正しく判断する必要があります。仮に上記のような場合において、前職の顧客から個人的に連絡があっても、前職の顧客リストにある顧客という理由でその後のつながりを拒否することは誤った判断となるでしょう。このような判断をしてしまうと、転職者自身も転職先企業にとっても、せっかくのビジネスチャンスを失うこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信