転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むことは、転職時にのみ行われるものではありませんし、介在する人物が複数人の場合もあります。
今回はそのような営業秘密の不正な持ち込みのルートに関する事例(東京地裁令和5年1月27日 事件番号:令元(ワ)20604号)を紹介します。
この事件は、戸建て住宅の建築業を行うアキュラホーム(原告会社)の元従業員2人(被告A、被告B)が、建築工事業等を行うアイ工務店(被告会社)に転職したものです。この転職に伴い、アキュラホームのシステムに関するデータ(本件検討資料、本件AQS関連ファイル)が漏洩したと原告会社は主張しています。なお、本事件は知財高裁に控訴されたものの判決が確定しているようです。
アキュラホームリリース:判決(アイ工務店による不正競争行為の認定)確定のお知らせ
時系列としては以下となっています。
・被告Bは、平成26年8月31日に原告会社を退職し、同年9月1日に被告会社に入社し、被告会社のシステム開発を担当。被告会社の基幹システムを独自開発を開始。
被告Bは、被告Aに対して、原告会社で使用していたシステムに関する資料(設計建設業務支援システム操作マニュアル)を送付するように依頼。
・被告Aは、平成26年9月8日、被告Bに対して、原告会社が作成した「設計建設業務支援システム操作マニュアル」の電子データを添付したメールを送信。
・被告Aは、平成26年9月23日、被告Bに対して、被告Bのメールに返信する形式で「これですね。」とのみ本文に記載して、本件検討資料が添付されたメールを送信
・被告Aは、平成27年4月30日、原告会社に対して同年6月30日をもって退職する旨の退職願を提出。
・被告Aは、平成27年5月1日、原告会社のファイルサーバにアクセスし、本件AQS関連ファイルを複製。
・被告Aは、平成27年6月30日に原告会社を退職し、同年7月1日に被告会社に入社。被告Bと被告Aの2人でシステム開発を行う。
このように、被告Bは、被告会社への転職時には原告会社の情報は持ち出していなかったようです。しかしながら、被告会社に転職してすぐに被告Aにデータの持ち出しを依頼し、被告Aは依頼に従い原告会社に在職中に被告Bに渡しています。さらに、被告Aは被告会社に転職する際にもデータを持ち出しています。
このように転職者が前職の同僚又は部下等に依頼して前職の営業秘密を入手することは少なからず起きています。そして、多くの場合、このようなことが違法であるという認識もありません。本事件では、証人Cの証言として下記があります。この証言のように、被告Aは前職の原告会社のシステムを参考にして被告会社のシステムを作成したとのようなことを原告従業員Cに話しています。被告Aに違法性の認識があれば、下記のようなことを原告従業員に話すことはないでしょう。
被告Aは、その後、原告従業員のCとインターネットを通じてメッセージ交換ができるアプリケーションでやり取りをした。被告Aは、その中で、Cから、被告Aが働いている会社を尋ねられて被告会社だと回答し、誰の誘いかと尋ねられると、被告Bだと回答した。その後、被告Aから、「システムはアキュラのシステムをブラッシュアップして開発している」「さすがBさん、いい形でできていたよ」と送信し、これに対してCは、「そりゃそうでしょ。そこは疑う余地なし。」と返信し、これに対して被告Aは「あんなパッケージとは格が違う」と送信し、Cが「手組?」と返信すると、被告Aは、「手組よ」「インフラが凄くて」「VPNなし」「ネット通販でPC買ってる」その他、被告会社におけるシステムの環境やその管理の貧弱さを列挙していく内容を送信した。(甲20、証人C)
また、原告会社は、被告A,Bの行為をどのようにして知ることができたのでしょうか。これに関して原告会社は下記のように説明しています。
原告では、被告会社に原告の従業員を80名以上引き抜かれたこと、被告会社が使用している帳票類が原告のものに類似していることを覚知したことから、情報漏洩の可能性を考慮して平成28年8月頃から、退職者も含めた内部調査を行った。その結果、被告A及び被告Bによる平成26年9月頃の情報漏洩を疑わせるメールが存在することが発覚した。そのため、原告では、平成26年9月頃のメールを保全する必要が生じ、不正競争行為が行われたと考えられる時期のメールの保管期間を延長するために、572万8800円を支出した。また、原告は、被告A及び被告Bが原告において利用していたパソコンのフォレンジック調査を外部業者に委託し、そのために20万3200円を支出した。
このように、近年では、メールやサーバへのアクセス履歴等のデータのやり取りの情報は記録されています。このため、過去のメールやアクセス履歴等から営業秘密の不正な持ち出しが発覚することがほとんどであると思います。
本事件は、令和元年7月31日に訴訟が提起されています。被告A,Bが原告会社のデータを持ち出してから4年近く経過してからの提起であるため、被告A,Bは自身は行ったことは既に忘れてしまっていたのではないでしょうか。
なお、本事件は、原告会社の本件検討資料の営業秘密性は認められたものの、本件AQS関連ファイルの秘密管理性がないとして当該ファイルの営業秘密性は認められませんでした。
そして、本件検討資料を取得してこれを使用したことについて、原告が被告会社から受けるべき金銭の額は100万円が相当であるとされ、さらに、電子メールの保全や調査の費用に44万2750円、弁護士費用として15万円が認められ、計159万2750円が原告会社の損害とされ、被告A,B及び被告会社が連帯して支払え、等の判決となっています。
弁理士による営業秘密関連情報の発信