企業における営業秘密の不正流出に対する対策としては以下のようなものがあるでしょう。
このような措置のうち、複数を行っている企業は多いかと思います。
①就業規則への秘密保持条項の規定
②就業規則とは別に秘密管理規定の策定
③営業秘密に関する研修
④アクセス権限管理
⑤アクセス履歴
⑥転職者への秘密保持誓約
しかしながら、上記のような対策を行っても、前職企業の営業秘密を持ち出す転職者は存在します。このような転職者が営業秘密を持ち出す理由は、ただ一つ、転職先企業で開示・使用するためです。
ところで、転職者から前職企業の営業秘密を開示された企業は、その営業秘密を自由に使用してもよいのでしょうか。当然、そのようなわけはありません。
例えば、営業秘密の不正競争を規定した不正競争防止法2条1項8号では以下のようにして、転職者等によって不正に持ち出された営業秘密であることを知って、他者(転職先企業等)が使用等することが不正であると規定しています。
"不正競争防止法2条1項8号その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為"
また、刑事罰が規定されている不競法21条1項7号にも、同様の規定があります。
すなわち、転職者が前職企業から持ち出した営業秘密を転職先企業で開示し、転職先企業が当該営業秘密を使用すると、転職先企業やその従業員等が民事的責任、刑事的責任を負う可能性が有ります。より具体的には、民事的責任としては損害賠償及び差し止め等であり、刑事的責任としては罰金や従業員には懲役刑の可能性もあります。
以下の表は、日本企業間の転職に伴う営業秘密の流入事例です。
この表のように、既に億単位の損害賠償になった事例もあり、営業秘密の流入は特許権等の侵害と同様に知財リスクと考える必要があると思われます。実際に、転職者からの営業秘密の流入をリスクとして捉え、それを使用しないという正しい選択を行っている企業もあります。
なお、他社の営業秘密を侵害してしまった場合には、当然、その営業秘密の使用等の停止も求められます。ここで、特許権であれば、特許権の存続期間が終了した後には、元侵害者であったとしても当該特許権に係る技術の自由な実施が可能となります。
一方で、営業秘密には存続期間という概念がありません。したがって、営業秘密の侵害者は、その営業秘密の使用停止が何時まで続くのかはわかりません。すなわち、他社の営業秘密を用いて製造した製品等の製造販売は何時まで続くのかが不明確です。営業秘密はその情報が公知になれば、営業秘密ではなくなるため、公知になるまで待つしかなく、実質的に永久に当該製品の製造販売ができないかもしれません。
また、特許権はその技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるため、その外縁が明確です。しかしながら、営業秘密の技術的範囲の外縁はどうでしょうか。例えば、侵害した営業秘密に非公知の新たな技術的な課題も含まれていたら、この課題を解決するための技術手段の開発もできないかもしれません。
このように、営業秘密の侵害によって営業秘密の使用停止となった場合には、停止となる期間や技術的範囲が良く分からず、侵害企業は過剰な対応を取らざる負えなくなるかもしれません。
さらに、特許権侵害とは異なり、営業秘密の侵害は刑事罰となる可能性があります。このため、侵害企業に罰金が科される可能性があります。
さらに、加害企業の従業員(営業秘密を持ち込んだ転職者とな異なる従業員)が刑事罰を受ける可能性すらあります。例えば、不正に持ち込まれた営業秘密をそれが他社の営業秘密と知って使用等した従業員が特定されれば、当該従業員は刑事罰を受けるかもしれません。
このように従業員が最悪の事態となることを防止するためにも、営業秘密の流入は避けなければなりません。
そこで、他社の営業秘密の不正流入を防止するためには、以下の措置が考えられます。
①自社への転職者に対する注意喚起
(前職企業の営業秘密を持ち込んではいけないことを転職者に説明)
②社員研修
(不正流入が疑われる他社の営業秘密の不使用を周知)
③社内相談制度
(営業秘密の不正流入疑いを認知した場合に相談)
④知財活動を介した不正流入検知
(新規開発技術の開発経緯から営業秘密の不正流入を検知)
以上のように、転職者による営業秘密の不正流出とセットで不正流入が生じる可能性があります。この不正入流を防止することは知財リスクの観点から非常に重要なことです。
弁理士による営業秘密関連情報の発信