今回は、取引先に対する商慣習及び信義則による秘密保持義務について争った判例(東京地裁令和3年12月23日判決 事件番号:令元(ワ)18374号)を紹介します。
本事件の原告と被告(被告ベアー等)との関係は以下のとおりです。なお、被告は他にもいますが、今回紹介する内容については直接的な関係はないので省略します。
・原告及び被告は平成23年8月5日に、被告が原告に対し鎖骨骨折の治療に用いるチタン製のインプラント(以下「鎖骨プレート」という。)を販売することとして、鎖骨プレートの取引を開始した。
・原告は、訴外メディカルネクスト社が販売していたリングピンの後発医療機器として「JSピン」と名付けた骨治療用のリングピンを製造販売することについて、平成26年7月31日に厚生労働大臣の承認を受け、被告はJSピンを製造して原告に供給し、原告は同年9月以降、JSピンを医療機関等に販売した。
・被告は、平成29年に自らが製造販売元となってリングピンを製造販売することとし、同年5月8日,その製造販売について厚生労働大臣の承認を受け、同年6月から「STRピン」と名付けた各被告商品を含むその製造や販売を開始した。
・被告は、平成30年6月29日,原告に対して本件鎖骨プレート契約を更新しない旨の申出をし、本件鎖骨プレート契約は同年8月4日に期間満了により終了した。原告と被告は、その後も鎖骨プレートについて現金で決済する取引を継続したが、原告は平成30年11月30日に被告ベアーとの間の鎖骨プレートの取引を中止した。
このような経緯があり、原告は以下のように主張しました。
❝被告は,商慣習及び信義則により原告との間で秘密保持義務を負っているにもかかわらず,原告と取引関係にあった際に知り得た原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して,各被告商品を製造販売し,原告の取引を妨害した。❞
これに対して裁判所は判断は以下のとおりです。
まず、裁判所は以下のように被告はJSピンの共同開発者であると認定しています。
❝当初のJSピンから各原告商品への変更は原告が得た情報を契機とするものであるが,被告は,各原告商品の形態の開発について,自ら費用,労力等を負担したといえるのであって,各原告商品について,少なくとも共同開発者であったというべきである。❞
そして、裁判所は、被告が共同開発者であると認定したうえで、以下のように原告の主張を認めませんでした。
❝被告は,各原告商品について少なくとも共同開発者の立場にあったものであり,自ら費用と労力を負担して行った上記の開発に基づいて,各被告商品を製造販売しているにすぎないといえる(前記3)し,上記の開発における秘密の保持やその後の製造販売等について,原告と被告ベアーとの間に特段の合意はなかった(前記1⑸)。したがって,被告が,原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して各被告商品を製造販売しているとは認められないし,原告の取引を違法に妨害しているとは認められない。❞
このように裁判所は、原告と被告との間で特段の合意はなかったとし、原告が主張するような、商慣習及び信義則による秘密保持義務を認めませんでした。
本事件と同様に秘密保持契約を締結しなかったものの、商慣習や信義則といったことに基づいて被告に秘密保持義務があると原告が主張した事件は既にあります。
参考論文:取引先への営業秘密の開示と秘密保持契約
例えば、上記参考論文にも記載している金型技術情報事件(知財高裁平成 27 年 5 月 27 日判決 事件番号:平成 27 年(ネ)第 10015 号,東京地裁平成 26 年 12 月19 日判決 事件番号:平成 25 年(ワ)第 26310 号)において、原告(控訴人)は以下のように陳述書で主張しています。
❝控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきている❞
しかしながら、このような主張に対して裁判所は下記のようにその秘密管理性を否定しています。
❝陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。❞
このような判断は、今回紹介した事件と同様の判断であり、営業秘密における秘密管理性においては、商慣習や信義則による秘密保持義務といったものは認められないことが分かります。
すなわち、取引先に対する秘密保持義務は、秘密保持契約等による客観的に判断が合意が必要です。この秘密保持契約に関しても、秘密保持の対象となる情報が何であるかが特定できていない包括的な内容であれば、その秘密保持義務の対象となる情報が狭く判断される可能性が有り(秘密保持義務の対象が実質的に営業秘密の範囲内となる)、注意が必要かと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信