前回のブログでは、知財戦略カスケードダウンにおいて知財部から事業部又は技研究開発部へフィードバックや提案を行うことで、三位一体を実現する例を示しました。
知財部からフィードバックや提案を行う場合とはどのような場合でしょうか?それは様々な場合があると思いますが、前回のブログでは自社の秘匿化技術が他社でも独自開発されそうな状況になった場合を例に挙げました。この他にも、ビジネスに必要とする特許権等の権利取得の可否もそれに含まれるでしょう。そのような例を以前、知財戦略カスケードダウンに当てはめたQRコードの例を参照して考えてみたいと思います。
参考ブログ記事:
まず、QRコードの事業目的、戦略、戦術は下記でした。
事業目的:
QRコードを世界中に普及させる
事業戦略:
誰もが自由に安心して使えるようにすると共に、早期にQR市場を形成させる
事業戦術:
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう。
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供
そして、QRコードは技術要素として「QRコードそのもの」と「読取装置」に分けることができます。
「QRコードそのもの」の知財目的、戦略、戦術は下記でした。
知財目的:
誰もが自由に安心して使える環境作り
知財戦略:
(1)利用者にはQRコードをオープンにする。
(2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。
知財戦術:
QRコードの特許権取得
このように、QRコードのビジネスには、QRコードそのものの特許権の取得が必要になります。実際にデンソーはQRコードの特許権を取得しています。
❝特許第2938338号(出願日:平成6年(1994)3月14日 登録日:平成11年(1999)6月11日)【請求項1】 二進コードで表されるデータをセル化して、二次元のマトリックス上にパターンとして配置した二次元コードにおいて、前記マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンの位置決め用シンボルを配置したことを特徴とする二次元コード。❞
また、Wikipediaを参照すると、1997年10月にAIM International規格、1998年3月にJEIDA規格、1999年1月にJISのJIS X 0510、2000年6月にISO規格のISO/IEC 18004となっています。以上のように、実際のQRコードに関しては特許権の権利取得や規格化も順調に行われたのでしょう。
一方で、出願日から登録まで5年以上を要しており、QRコードの開発から事業に至るまで比較的余裕を持って行われたのかなとも思えます。QRコードの開発が現在から30年近く前であり、ビジネススピードの感覚も現在に比べて緩やかであったのかもしれません。
現在では、新規の事業であり速いビジネススピードを求められたら、特許出願から特許権取得までに5年もかけていられないでしょう。
仮に権利取得が新規事業の前提となっているのであれば、事業の開始は特許権の取得如何によって左右されるかもしれません。そして、技術開発から事業開始までのスピードを求められていたら、特許権の取得までに数年単位をかけることはできないでしょう。特許権を取得する業務はまさに知財部の業務です。研究開発部でもなく、ましてや事業部でもありません。
もし、研究開発部が当該事業に用いる技術開発が終了した時点で発明届け出を知財部に提出すると共に、「半年後には市場にリリースすることが事業部との間で決まっている。それまでに特許権を取得してほしい。」といわれたらどうでしょう?
急いで特許事務所に明細書作成依頼を出して、現時点から出願まで1ヶ月とし、早期審査請求により特許庁から特許査定通知がでるまで出願から2~3ヶ月、上手く権利化できても現時点から3~4ヶ月です。もし拒絶理由があると、さらに特許査定までの期間を要するため、半年後のリリースには間に合わないでしょう。このような状況になると、知財部としてはもっと早く発明届け出を出して欲しかったとなるでしょう。しかしながら、このような状態に陥る知財部があるとすると、この原因は知財部の姿勢が「待ち」であるためとも考えられます。
ここで、知財戦略カスケードダウンでは知財部が事業に基づいて知財目的・戦略・戦術を立案するものです。このため、知財部は事業に関する情報を積極的に取得する必要があります。このため、例えば、知財部が事業部等に出向き、今後の事業計画や現在の事業動向等の情報を取得し、知財部でこれに応じた知財目的・戦略・戦術を立案します。これが知財戦略カスケードダウンの肝でもあります。
事業部からの情報収集の過程で新規事業の情報も知財部は取得するでしょう。その場合、知財部は、当該新規事業に用いる開発段階の技術情報を研究開発部から取得する必要性に気が付くはずです。そうすると、その後に実行するべきことは容易に理解できます。
新規事業に用いる技術開発の動向をウォッチし、製品に用いる状態にまで開発が進むのを待つことなく、特許として出願できる状態(実施可能要件を満たす状態)にまで開発が進んだときに特許出願を行なえばよいのです(秘匿化を選択するのであれば、早期に適切な秘密管理を行います)。
このように、知財戦略カスケードダウンの考え方によると、知財部が事業を理解することによって、知財部が自発的に技術からも情報を取得し、特許出願等を行うことになります。その結果、特許取得が待ちの状態とはならないため、事業のスピード感にも合わせた権利取得等が可能となります。また、拒絶によって権利取得できない場合、その対応策を講じる時間的余裕も出てくるでしょう。
QRコードの例において、仮にQRコードそのものの特許が取れないとしても、他社の特許権を侵害していないという確証があれば事業を予定通り行い、特許権による権利行使はできないものの、QRコードを不正使用している他社に対しては商標権による権利行使を行うという知財戦術を立案することもできるでしょう。
さらに、権利取得の過程で、新規事業に使用する技術の特許権を他社が既に取得していことに気が付くかもしれません。そのような場合には、事業部及び研究開発部に他社特許権の侵害リスクを伝え、事業の戦略又は戦術の見直し、研究開発部には他社特許の回避策の検討を促すこともできます。また、他社の特許権の譲渡又はライセンス取得の可否、無効理由の検討等も行えるでしょう。
このように、知財部が事業を理解して自発的に行動することで、事業及び研究開発にフィードバックや提案を行なえます。その結果、三位一体が実現できると考えます。
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