先日、かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの代表取締役(社長)が競合他社であるはま寿司の営業秘密を不正取得したとして刑事告訴される事件がありました。日本経済新聞社の報道によると、カッパ・クリエイトの社長は、元はま寿司の取締役であり、カッパ・クリエイトは2020年11月に顧問として迎え、副社長を経て今年の2月に社長に就任したとのことです。
カッパ・クリエイトのプレスリリース「当社役員に対する競合会社からの告訴について」には下記のようにあります。
❝当社の代表取締役個人(以下「対象者」といいます)に対して、株式会社はま寿司(以下「同社」といいます)より不正競争防止法に纏わる告訴がなされ、当該告訴に基づき、本年6月28 日、関係当局による捜査が行われました。これを受け、当社として事実関係の把握に努めた結果、本事案の内容は、対象者が同社親会社を退職後、当社顧問となった 2020年11月から12月中旬の期間において、元同僚より、同社内で共有されていた「はま寿司」の日次売上データ等を数回に亘って個人的に送付を受けていたというものです。❞
大手回転寿司チェーン店の社長(元はま寿司の取締役)が営業秘密侵害で刑事告訴されたこの事件は、会社の知名度もありインパクトが強いです。しかしながら、取締役等の企業幹部が営業秘密侵害で刑事又は民事で訴えられるということは少なくありません。
やはり、取締役等は所属企業の営業秘密の多くにアクセスできる権限を持っている場合も多いでしょう。また、今回の事件のように元所属企業を退職した後でもそこで培った人間関係により元所属企業の人にある程度の影響力を与えることができる場合もあるでしょう。
このため、取締役等は営業秘密を容易に知り得、それを持ち出すことも比較的容易とも思えます。また、もしかしたら、会社の営業秘密を自身も自由に使用できる情報であると間違えた解釈をしている人もいるかもしれません。
今回の事件は、社長が自身ではま寿司の情報を取得したのではなく、退職後に元同僚から入手したということです。すなわち、はま寿司の営業秘密の不正取得には2人が関与していました。しかしながら、はま寿司は社長個人のみを刑事告訴しています。この理由はいくつか考えられます。
その一つは、営業秘密侵害には不正の利益を得る目的(図利目的)等が必要となりますが、元同僚にはこのような目的等が求められなかった可能性があります。図利目的等は、金銭を受け取ったり、自身が転職先等で開示や使用する、といったことです。しかしながら、元同僚がはま寿司の営業秘密をかっぱ寿司の社長に渡しただけであり、その見返り等を何も受け取っていなかったりしていたら、図利目的等が認められない”可能性”があります。ただし、このような場合であっても公序良俗又は信義則に反するとして、図利目的が認められるかもしれません。
もう一つは、図利目的等が認められたものの、温情で刑事告訴されなかった可能性もあります。営業秘密侵害は親告罪であるため、はま寿司が刑事告訴しなければ元従業員は罪に問われません。また、刑事告訴しない替わりに、元従業員がどの様な経緯で誰に営業秘密を渡していたか、というように捜査に協力することを求められたかもしれません。
しかしながら、元同僚は刑事告訴されなかったとしても、一般的には、はま寿司を退職することになるのでしょう。その場合、この元同僚が従業員であれば通常、就業規則には営業秘密を漏えいさせた場合には退職金の減額や不支給が定められているでしょうから、元同僚は退職金の減額又は不支給となるかもしれません。
このように、かっぱ寿司の社長は、元同僚を今回の事件に巻き込んだことにより、元同僚の人生を悪い方向に大きく変えてしまった可能性があります。今回の事件のように、退職者が元同僚等に営業秘密の持ち出しを依頼することがあるようです。そのような場合、元同僚等を犯罪者にする可能性があります。また、退職者から営業秘密の持ち出しを依頼された元同僚等は、毅然とした態度で断る必要があります。営業秘密の持ち出しは、窃盗罪よりも重い罪であり、犯罪行為であることを十分に認識しなければなりません。
また、就業規則は従業員を対象としたものであり、取締役等の役員を対象としていません。このため、就業規則に営業秘密漏えいに関する規定があったとしても、役員はその対象となりません。一般的に、役員には役員規定が定められているかと思いますが、従業員及び役員を対象とした秘密管理規定を別途定め、この秘密管理規定によって営業秘密漏えいに対する罰則規定を定めてもよいでしょう。
上記のような規定がはま寿司で設けられていたら、はま寿司はかっぱ寿司に転職した社長に対して営業秘密侵害により発生した損害と共に、又は損害が無くても、退職金の返還訴訟を提起できるでしょう。
実際、営業秘密侵害において元従業員に退職金の返還請求を行い、2000万円余りの返還が認められた裁判例(生産菌製造ノウハウ事件 東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号))もあります。
弁理士による営業秘密関連情報の発信