2019年10月27日日曜日

ー判例紹介ー 就業規則等における「秘密情報」と競業避止義務 その2

前回紹介した裁判例である知財高裁令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)10016号)の続きです。

本事件は、東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が、元従業員である被控訴人が控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは、被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反し、また、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したことは不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号,5号又は8号)に当たる等と主張しているものです。

また、本事件において裁判所は、原告と被告とが入社時に合意した競業避止義務は「2年」という期間の制限、「秘密管理性を有する情報を利用した競業行為」という制限を有していることから合理的な内容であるとして認めました。

しかしながら、原告が秘密情報であると主張した「施術履歴」に対する秘密管理性(不正競争防止法2条6項で規定)は認められず、これにより、結果的に被告(被控訴人)の競業避止義務違反も認められませんでした。

ここで、原告企業の就業規則には下記規定がありました。
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第24条 社員が職務上,あるいは職務を遂行する上で知ることのできた情報は,業務の遂行のためのみに使用しなければならない。
2.社員は,在職中はもちろんのこと退職後であっても,前項の情報を他者に漏らしてはならない。この場合,口頭あるいは文書等のいかなる媒体であっても認めることはない。
3.本条でいう情報とは,従業員に関する情報(個人番号,特定個人情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報の一切を指す。
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これに対して裁判所は、この就業規則に対して下記のように判断しています。
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 就業規則における「従業員に関する情報(個人番号,特定個人情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報」との文言は,非常に広範で抽象的であり,このような包括的規定により具体的に施術履歴を秘密として指定したと解することはできない。
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このような就業規則における包括的すぎる内容では、何が秘密情報として特定しているかを従業員が認識できないため、それをもって秘密管理性を主張することは難しいと考えられます。


一方で原告は、原告店舗において顧客カルテが入っているファイルの背表紙にマル秘マークを付して、室内に防犯カメラも設置していました。

しかしながら、以下のことから、施術履歴に対する秘密管理性を裁判所は認めませんでした。 
(1)顧客カルテは従業員であれば誰でも閲覧することができた。 
(2)顧客カルテが入っているファイルの保管の際に施錠等の措置はとられていなかった。
(3)施術履歴の用紙にマル秘マークが付されていたかは明らかではない。 
(4)他に、施術履歴についての管理体制を裏付ける的確な証拠はない。

さらに、裁判所は下記の顧客カルテの運用によっても、その秘密管理性を認めませんでした。
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控訴人の一支店から他の支店に顧客を紹介することがあり,その際には,顧客に施術するなどの営業上の必要から,支店間で情報を共有するため,顧客カルテを撮影し,その画像を,私用のスマートフォンのLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いが日常的に行われていた(弁論の全趣旨)。LINEアプリにより画像を共有すれば,サーバーに画像が保存されるほか,私用スマートフォンの端末にも画像が保存されるものであり,顧客カルテについての上記取扱いは,顧客カルテが秘密として管理されていなかったことを示すものといえる。
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このように、原告は、施術履歴が含まれる顧客カルテに対してマル秘マークを付し、防犯カメラも設置するという管理を行っていたにもかかわらず、その実際の運用の結果、顧客カルテに対する秘密管理性が認められない結果となっています。

個人的には、上記(1)~(3)は原告の企業規模から鑑みると、顧客カルテの秘密管理性に大きな影響を与えるものではないとも思えます。マル秘マークは顧客カルテの背表紙ではなく、表面に付したほうがよいでしょうが。
一方で、顧客カルテを撮影してLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いを日常的に行っていたという運用は秘密管理性を否定する大きな要素となったのかと思います。

このようなLINEアプリ等のSNSを用いた秘密情報の情報共有は相当な注意を要するでしょう。近年、企業でも従業員間でLINEアプリ等のSNSによって様々な情報共有を行うことが多いようですが、公私混同が生じ、その結果、この裁判例のように企業が秘密情報であると主張してもその秘密管理性が認められない結果を招く可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信