では、転職等の際に営業秘密を持ち出した被告が、営業秘密を持ち出した理由を不正の目的ではないと主張した場合には、裁判所はどのように判断するのでしょうか。
その一例として、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)が挙げられます。 この事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。
なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業の代表取締役となっています。被告企業は、きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社です。
そして、被告は、本件生産菌を持ち出した理由を、原告を退職する際,所持品等の整理を求められたため,記念に自分の研究対象物の一部である本件各物品を持ち帰ったものであり、不正の目的はなかった、とのように主張しています。
しかしながら、このような被告の主張に対して、裁判所は下記のように判断して被告の主張を認めませんでした。
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本件生産菌A,Bは,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,それ自体が秘匿性の高い営業秘密であること,また,そのことは,原告の診断薬事業に長年関わってきた被告Cであれば当然認識していたはずであることからすれば,被告Cが持ち出した生産菌を原告を退職する際の記念として持ち帰ったとする被告Cの上記供述部分は,およそ不合理というほかない。かえって,上記のとおり,それ自体が営業秘密となる原告の重要な事業用資産である本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出したという行為自体からみて,被告Cには,それらを自己の利益を図るために利用する意図があったことがうかがわれるものといえる。
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さらに、裁判所は、下記のように生産菌を持ち出した後の行為も含めて不正の目的であると推認しています。
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平成16年10月ころに本件生産菌A,Bを原告社内から持ち出した前後の被告Cの行動をみると,被告Cは,上記持ち出し直前の平成16年9月ころ,マイナス80℃の冷却性能を有する本件冷凍庫を購入していること,原告社内から持ち出した本件各物品を本件冷凍庫に入れて保管していること,その後,本件冷凍庫の置き場所は何度か変わっているものの,本件各物品については,平成18年4月27日に大仁警察署に任意提出するまで,本件冷凍庫に入れた状態のまま継続して冷凍保存していることが認められるのであり(前記(1)ウ),これらの事実によれば,被告Cが本件各物品を持ち出す前から持ち出した生産菌を長期間保存し,それらを自己の利益を図るために利用する意図を有していたことを推認することができる。
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このように、被告が不正の目的でないと主張しても、裁判所は被告の行為を総合的に判断して不正の目的の有無を判断することになります。
また、刑事事件でも、不正の目的でないことを被告が主張した事件(最高裁平成30年12月3日 平30(あ)582号)があります。
この事件において、被告は、被告によるデータの複製は記念写真の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった、とのように主張しました。なお、被告は、営業秘密の保有企業である勤務先会社の退職後、勤務先会社の競合企業に転職しています。
被告の上記主張に対して裁判所は「「宴会写真」フォルダを除く3フォルダには,それぞれ商品企画の初期段階の業務情報,各種調査資料,役員提案資料等が保存されており,Aの自動車開発に関わる企画業務の初期段階から販売直前までの全ての工程が網羅されていた。」とのように事実認定をし、下記のようにして記念写真の回収目的であることを否定しました。
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なお、この事件において被告は、記念写真の回収であるとの主張と共に、業務関係データの整理を目的であるとの主張も行いましたが、この主張も裁判所は認めませんでした。
これらの事件による裁判所の判断から、営業秘密を持ち出して転職等した場合には、不正の目的でないとするよほど合理的な理由が無い限り、不正の目的であると判断(推認)されるのではないでしょうか。すなわち、転職等するときに営業秘密を持ち出し、それが発覚した場合には、言い逃れは相当難しいと思えます。
弁理士による営業秘密関連情報の発信