この事件は、報道でもあまり扱いが大きくなかったようです。しかしながら、NEXCO中日本は、公共性の高い企業であるためか、自社での検証を行い調査報告書で公表しています。これは、営業秘密の流出の事例として参考になるかと思います。
・NEXCO中日本 「入札に係る不正行為に関する調査及び再発防止のための委員会」
本事件は、施工管理員として業務に従事していた業務委託先の社員(X社社員A)が、NEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報(入札情報)を特定の工事会社の役員(Y社役員B)に漏えいし、この工事会社が当該2件の工事を落札したというものです。本事件は、刑事事件になっており、X社社員AとY社役員Bとは罰金100万円の略式命令が確定しています。
本事件の特徴的なところは、自社からの入札情報の漏えいにもかかわらず、自社の社員が関与しておらず、当該入札情報の漏えい者及び当該入札情報を取得者もNEXCO中日本と取り引きのある企業の従業員又は役員であるということです。
そして、NEXCO中日本の調査報告書には、X社社員Aの動機として主として下記(1)~(3)が記載されています(調査報告書10~11ページ)。
(1)Y社には仕事上で何度も技術協力をしてもらい、そのおかげで施工管理員として鼻が高い思いをしていた。その積み重ねから、自分のできる範囲でY社に何かしてやりたいという気持ちが芽生えていた。
(2)Y社には他の業者には感じない協力会社としての友好的なものも感じており、少なからず儲かって欲しいと常日頃から思っていた。
(3)Y社が取ってくれることで施工管理業務がスムーズにいくと思っていたので、金額を教えてY社に取ってもらうのは、自分にとってもNEXCO中日本にとっても良いことだと考えてしまった。
この調査から、X社社員Aは入札情報の漏えいが不正競争防止法違反であり、犯罪行為であるとの認識は相当低いどころか、逆に良いことだと考えていたようです。
さらに、このX社社員Aは、どのような人物であったかということも調査報告書から想像できます。調査報告書の11ページに下記のような記載があります。
「X社社員Aは、X社が受注した施工管理業務の施工管理員として平成8 年から継続して横浜HSCで業務に従事しており、横浜HSCのNEXC O中日本の社員から頼られる存在であった。」
この記載から、X社社員Aは業務委託先の社員であるにもかかわらず、NEXCO中日本からの信頼は厚かったようです。だからこそ、X社社員Aは、入札情報も開示されていたのでしょう。
一方、Y社役員Bの動機はどうでしょうか。
(1)年初めに行う工事として是が非でも取りたい工事だった。
(2)(総合評価方式のもとでは)技術評価点が常に上位にいるとは限らないので、価格評価点で満点を取らなければ入札に勝てないと思い、どうしても工事価格は知りたかった。
(3)自分は営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。
上記(1),(2)は、NEXCO中日本からの発注を受ける立場としては当然の思いかと考えられます。
しかし、上記(3)はどうでしょうか。「概算金額=入札情報」のことであり、入札情報は秘密情報であることは、一般的に理解可能であると解されます。
すなわち、Y社役員Bは、入札情報という秘密情報を聞き出すことは営業活動の一つであると考えていることになります。そして、言うまでもなく、入札情報という秘密情報を不正に取得することは不正競争防止法違反となります。
このように、Y社役員Bは、民事的責任、刑事的責任を負う可能性のある行為を営業活動の一つであると捉えていたことになります。
本事件は、上述のように2016年の事件とのように近年発生した事件です。
このため、営業秘密に対する理解がなく、Y社役員Bのように未だに他社の営業秘密を取得することを正当であるとの考えを持っている人は少なからず存在すると思います。
まして、会社役員等の部下を持つ役職者がこのような考えを持っていたら非常に恐ろしいことかと思います。
部下は、役職者からの指示により他社の営業秘密を取得する可能性があるためです。これが発覚すると、この部下は刑事責任を追及される可能性、すなわち犯罪者になる可能性があります。また、役職者からの指示となると、この役職者も刑事責任を負い、会社ぐるみとのように判断されると会社も法人として刑事責任を負う可能性があります。
このように、企業の役職者等が不正競争防止法における営業秘密を十分に理解していないと、部下を犯罪者にし、当該部下の一生を台無しにする可能性があります。
さらに、調査報告書では、「第4 本件事件の問題点(事件発生の要因)」として、14ページに下記のことが記載されています。
「1 X社社員Aに施工管理業務契約の対象外の業務を実施させていたこと
横浜HSC改良Ⅱにおいては、X社社員Aに対し、以下のような、本来同人 が実施すべき業務ではない業務を実施させていたことが明らかになった。その 結果、X社社員Aに事実上の権限と情報が集中することになり、情報漏えいを 誘発する大きな要因になったと考えられる。 」
X社社員Aが優秀な人物であったからこそ、契約対象外の業務まで実施させていたのだと想像できますが、やはり権限と情報の集中は情報漏えいという観点からはリスクを生じさせます。
情報管理のうえでは、当該情報を誰に開示するのか、そして、開示対象となる人物から当該情報が漏えいするリスクがあるのかを判断すべきです。
本事件では、X社社員AはNEXCO中日本の工事を受注する立場にあるY社役員Bとの接点があったわけですから、X社社員Aに入札情報を開示するべきでなかったことは容易に想像できます。
また、調査報告書では以下のことも指摘しています。
「3 施工管理業務に求められるコンプライアンス意識の欠如等
X社社員Aのコンプライアンス意識の欠如及びX社の社員教育の不徹底という問題点も一つの要因となっている。」 (17ページ)
私は結局これに帰結すると考えています。この調査報告書では、NEXCO中日本の管理下にあったX社社員Aに対することだけを述べていますが、実際にはY社役員Bもコンプライアンス意識の欠如及び教育の不徹底があったと考えられます。
すなわち、どのような企業も、従業員だけでなく社長を含む役員に、自社の営業秘密の不正な漏えいや他社の営業秘密の不正な取得は不正競争防止法違反となり得、民事的責任及び刑事的責任を負う可能性があることを十分に理解してもらい、このようなことが生じないようにするべきです。
弁理士による営業秘密関連情報の発信