前回のブログでは、原告と被告との間で特許権侵害訴訟がまず提起され、この証拠として被告(特許権侵害訴訟の原告)が原告(特許権侵害訴訟の被告)の営業秘密とする本件文書を提出した事件を紹介しました。
この事件では、裁判所は被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと判断していますが、営業秘密を裁判における証拠として提出することは、営業秘密の使用にあたるか否かの判断はされていません。
ここで、営業秘密を裁判の証拠として使用することに関した事件として、東京地裁平成27年3月27日判決の損害賠償請求事件があります。
この事件は、被告が原告らの業務上の機密(既に退職していたCほか数名の元従業員に係る「集計シート」である本件データ)を第三者に漏洩したとして、原告が労働契約上の機密保持義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を求めたものです。
そして、別件訴訟として、原告らの従業員であったCらが、平成23年中に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴え(別件訴訟)を提起し、この別件訴訟において、本件データをプリントアウトした書面がCらの労働時間に係る主張を根拠づける書証として提出されています。なお、本事件の被告も、平成24年6月2日に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴えを提起しています。
すなわち、原告元従業員Cらの未払い残業代支払い訴訟のために、原告が営業秘密とする本件データを被告が開示したというものです。
本事件において、まず裁判所は「本件漏洩行為は,本件交付行為の部分も含めて,労働契約上の機密保持義務の適用を受けるものと解すべきである。」と判断し、上記本件データの秘密管理性、有用性、非公知性をすべて認めています。すなわち、裁判所も本件データが原告の営業秘密であることを認めています。
次に裁判所は、被告による漏洩行為が「原告会社の就業規則に違反する債務不履行行為」となり得るか否かを判断しています。
これについて、裁判所は漏洩行為を「漏洩とは,いまだその情報の内容を知らない第三者に情報を伝達することをいうところ,既にその情報を熟知する者に交付するものであっても,その者が提供した情報をさらにその情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されているような場合には、漏洩したことになるというべきである。」と定義したうえで、「公開の法廷で行われる訴訟に利用することを前提とした情報の提供も,その情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されている場合として,漏洩に当たるものというのが相当である。」とし、営業秘密を裁判の証拠とすることも「漏洩」にあたると判断しています。
そして、裁判所は「本件漏洩行為について違法性阻却事由があるか」として、違法性阻却事由を「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」とし、「被告による本件漏洩行為が正当行為であるとの主張は,理由がないことになる。」と判断しています。
なお、裁判所が本事件において「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」とした理由は、以下のようなものです。
まず、被告は「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行ったのであり,Cの原告らに対する正当な権利の行使を補助するという正当な目的をもっていたことが違法性阻却事由の評価根拠事実となる」と主張していました。
これに対して、裁判所は「被告は,原告らを退職する前に,Cらを誘って原告らに対する残業代請求訴訟を提起することを企図し,その際の証拠とすべく,本件持出行為を行い,退職後に,Cらを誘って,残業代請求訴訟を提起することを決意させるとともに,本件交付行為を行ったことが推認されるのであり,そうであれば,Cからの依頼を受けて,その正当な権利行使を補助しようとして本件交付行為ないし本件漏洩行為を行ったとする被告主張のような事実はそもそも認められないことになる。」とし、上述のように「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」としています。
このように被告は原告会社から営業秘密である本件データを持ち出し、別件訴訟の証拠として提出し、それを裁判所は漏洩行為であり、かつ違法性阻却事由もないと判断しました。
しかしながら、最終的に裁判所は、本漏洩行為による原告の損害はないと判断し、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却としています。
ここで、本事件は地裁の判決ではありますが「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」というように、営業秘密を漏洩させたとしても、その違法性が阻却される場合を定義しています。これは営業秘密(秘密情報)の漏洩行為に対する重要な判断基準となり得るかもしれません。
なお、本事件では、被告の主張が事実でないとして違法性阻却事由が否定されていますが、もし、被告が主張しているように「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行った」のであれば、違法性阻却事由が認められたのでしょうか?それともそのような事実があったとしても認められないのでしょうか?
本事件では、違法性阻却事由の具体例が挙げられていないので、その具体例を今後知りたいところです。
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