地裁の判決であるものの、不正競争防止法第2条第1項第8号に関する興味深い判決があります。
なお、不競法2条1項8号は下記のような条文です。
「その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為」
ここで、興味深い判決とは、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。
この事件は、被告が原告の営業秘密である本件情報につき、不正開示行為であること若しくは同行為が介在したことを重大な過失により知らないで取得し、使用するなどしたので、被告の上記行為は、不競法2条1項8号所定の不正競争に該当するとして、同法3条1項に基づく本件情報の使用及び開示の差止め、同条2項に基づく本件情報が記録された文書及び記録媒体の廃棄、並びに同法14条に基づく謝罪広告の掲載を求める事案です。
本件情報である本件文書1,2は、各丁に「CONFIDENTIAL」との記載があり、原告製品の中国での販売について代理店契約を締結していた台湾企業に対し、中国企業である●●向けの資料とし、原告が電子データをメールで送信しています。
そして原告と台湾企業との代理店契約には秘密保持条項が設けられており、さらに、原告は、本件各文書の開示に先立ち、台湾企業及び中国企業との間でも秘密保持契約を締結していました。
なお、被告は、平成27年に原告製品の製造、販売等をすることが被告の特許権の侵害に当たるとして、原告を相手方とする2件の特許権侵害訴訟を提起し、仮処分命令申立てをし、原告製品の動作、構造等を特定する証拠又は疎明資料として、本件各文書を裁判所に提出しています。
そして、原告は、「本件各文書を秘密保持契約を締結した取引先にしか開示していないから、これらを被告が取得する過程で、守秘義務違反による不正開示行為が介在したことは明らかであるところ、被告は原告と競業関係にあり、自社での営業秘密管理体制に照らし、また,本件各文書のConfidentialの記載から、本件各文書の取得時に不正開示行為を認識することは容易であったはずであるから、被告には,不競法2条1項8号所定の重大な過失があり、同号所定の不正競争が認められる」と主張しています。
要するに、原告は台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、特許権侵害訴訟の証拠として被告が本件文書を提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると主張しているようです。
被告が取得した本件文書を特許権侵害訴訟の証拠として提出することが営業秘密の使用にあたるか否かはさておき、本件文書は「CONFIDENTIAL」との記載があり、通常では手に入らないと思われる競合他社の情報であるため、被告による本件文書の取得は、「不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、」に該当すると考えることは当然であるととも考えられます。
では、裁判所の判断はどうだったのでしょうか?
まず、裁判所は結論として、「被告が本件各文書を取得する過程で不正開示行為が介在したと仮定したとしても,以下のとおり,被告が不正開示行為であること又は不正開示行為が介在したことを重大な過失により知らないで本件各文書を取得したと認めることはできないから,被告に不競法2条1項8号所定の不正競争は認められない。」としています。
このように今回の事件では、被告による原告の本件文書の取得は「不正開示行為が介在したと仮定したとしても」不正競争は認められないとのことです。
この判決は、すごく重要な判決だと私は思います(地裁ですが)。
そして、この主な理由は以下のような通りです。下線は筆者が付しています。
「(1)・・・本件文書1は,原告製品の製品概要,仕様等が記載された16丁の書面であり,また,本件文書2は,表紙はなく,原告製品の露光に関する内容(光源の配置,露光量に関するシミュレーション等)が記載された4丁の書面であって,いずれも原告が中国企業に対して原告製品を販売する目的で台湾の代理店及び中国企業に提供したものと認められる。また,その内容も,被告が自社の製品に取入れるなどした場合に原告に深刻な不利益を生じさせるようなものであるとは認められない。そして,被告は,原告の競合企業であり,同様の営業活動を行っていたものであるから,被告が営業活動の中で原告が営業している製品の情報を得ることは当然に考えられるのであり,その一環として,本件各文書を取得することは不自然とはいえず,被告が通常の営業活動の中で取得することは十分に考えられるものである(なお,原告は,競合他社の情報について開示を受けること自体が異常事態であり,競争者が少ない光配向装置メーカーの業界では殊更異常と認識すべきであるとも主張するが,競争者が少ないからこそ,他社の製品に関する情報に接する機会が多いという側面も考えられるのであるから,原告の上記主張は,直ちには採用することができない。
(2)また,原告と被告が競業関係にあるとしても,原告が取引先との間で本件各文書に関する秘密保持契約を締結したか否か,本件各文書に記載された内容が取引先の守秘義務の対象に含まれるか否かについて,被告が直ちに認識できたとは認められないし,本件各文書のConfidentialの記載をもって,直ちに契約上の守秘義務の対象文書であることが示されているものともいえない。」
この判決で私が重要と思う個所に下線を付したのですが、重要なことは要するに、
(1)競合企業の営業秘密と思われる情報を取得することは不自然ではなく、通常の営業活動中で取得することが十分に考えられる。
(2)「CONFIDENTIAL」との記載があるからといって、それが直ちに守秘義務の対象文書であることが示されているものとはいえない。
ということでしょうか?
上記(2)が特に重要かと思います。確かに「CONFIDENTIAL」や「社外秘」というような記載をその重要度にかかわらず企業は付けたがるかと思います。そのため、このような記載のみをもってして、他社の営業秘密とすることはできないとする判断は妥当かと思います。
そして、(1)のように、そのような競合他社の情報を入手することは十分に考えられることです。
そうすると、原告は、被告の行為が不競法2条1項8号に該当することを主張するのであれば、「不正開示行為が介在したこと」を立証しなければならないということでしょう。
ここで、営業秘密に関する訴訟の場合、多くは不競法2条1項7号と共に8号に該当することを原告は主張します。例えば、原告の元従業員が被告企業に転職し、その被告企業で元従業員が営業秘密を開示し、被告企業がその営業秘密を使用するといった場合です。
この様な場合は、営業秘密の流出ルートが明確であるため、不競法2条1項8号における「不正開示行為が介在したこと」の立証は説明するまでもなく容易でしょう。
しかしながら、営業秘密の流出ルートが分からない場合、原告にとって「不正開示行為が介在したこと」の立証は非常に難しいのではないでしょうか?
そうすると、他社が自社で営業秘密管理されていた情報を取得したという事実のみをもって訴訟を提起すること困難かと思います。
以上、上記判決から理解されることは、「CONFIDENTIAL」等の記載があり、他社の営業秘密と思われる情報を取得したからといって、それのみをもって即、不競法違反となる可能性は低い可能性が有るということです。
しかしながら、やはりこのような他社情報の取り扱いには注意するべきでしょう。
競合他社の営業秘密の取得が「不正開示行為が介在したこと」を立証する人物が現れるかもしれません。
例えば、当該他社に転職した自社の元従業員が証人になるかもしれません。
現在の雇用の流動性を鑑みると十分に考えられることかと思います。
そのような場合、不競法2条1項8号のみの営業秘密の不正取得・使用が立証さfれてしまうかもしれません。
なお、上記判決において、下線を付した「その内容も,被告が自社の製品に取入れるなどした場合に原告に深刻な不利益を生じさせるようなものであるとは認められない。」との判断は重要なのかもしれませんが、私にはどのように解釈すればよいか今一つよくわかりません。
これは、暗に本件文書の有用性がない又は低いと裁判所は判断しているのでしょうか?そうであるならば、本件文書は営業秘密でないとの判断になるかとも思いますが・・・。
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