2026年4月22日水曜日

判例紹介:顧客に提示する書類等の営業秘密性

今回は顧客に提示する書類等の営業秘密性について判断した裁判例(大阪地裁令和6年12月19日判決 事件番号:令5(ワ)12731号)を紹介します。

本事件の原告は太陽光パネルや蓄電池の販売を業とする株式会社です。被告は原告の元従業員であり、令和5年3月31日に原告を退職し、その後原告の競合他社に転職しています。
そして、被告は、令和5年7月2日頃、営業活動を行った顧客P3に「現場調査依頼書」の上部(氏名、生年月日、住所、電話番号等)を記入してもらった上でその提出を受け、その頃、本件顧客に対し、「P3様邸経済効果シミュレーション」の用紙を用いて、太陽光パネル及び蓄電池設置の経済効果や費用等について説明を行っています。
そして、原告は、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」のフォーマット(本件情報2,3)が原告の営業秘密であると主張しています。

これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
ア 秘密管理性について
被告の原告在籍当時における「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の管理状況を明らかにする証拠はない(原告自身、上記の管理状況を裏付けるものとした甲第9号証の写真につき、被告の原告在籍当時のものではない旨述べている。)。
また、仮に、被告の原告在籍当時も甲第9号証の写真と同様の状況であって、上記の棚に注意書きの書面が掲示されていたとしても、上記の棚はいわゆる開放棚であり、書類が棚板の上にむき出しの状態で置かれていて、施錠管理等はされていない上、営業担当者のみならず、原告の従業員であれば誰でもアクセス可能であったことがうかがわれる(営業担当者のみがアクセスできる場所に設置されていたことを認めるに足りる証拠はない。)。加えて、原告が主張するような、棚に備え置かれた資料の数を管理する措置が講じられていたことも認めるに足りない。
しかも、「現場調査依頼書」(甲2の1)には「(お客様控)」との記載があり、「シミュレーションシート」(甲2の2)は、営業担当者の顧客に対する説明の際、トークだけでなく視覚的にも原告のサービスを分かりやすく認識させ、顧客を誘引することができるものであることからすると、これらの書面は、顧客(契約締結に至った者に限らない。)の手元に残ることが予定されたものであると認められる。また、これらの書面の内容について秘密にすることを顧客に求めているとは認められない。
以上のことからすると、被告が原告に在籍していた当時、原告において、本件情報2及び本件情報3につき、当該情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。

上記のように裁判所は、本件情報2,3の秘密管理性を認めていません。具体的には、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」が棚に保管されていたとしても、施錠管理はされておらず、誰でもアクセス可能であったという理由です。

さらに、「現場調査依頼書」や「シミュレーションシート」は顧客の手元に残ったり、顧客に見せていたという理由により秘密管理性が認められませんでした。
営業秘密は、社内での秘密管理よりも、社外の顧客に開示等した場合の秘密管理の方がより厳密に判断されています。すなわち、顧客等に対する秘密保持契約の有無です。顧客に対して秘密保持契約を締結せずに開示等した場合には、社内で秘密管理していたとしても当該情報の秘密管理性が認められなくなる可能性があります。
本事件では、社内での秘密管理性、社外に対する秘密管理性の両方が認められていないことになります。

なお、本事件では「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の内容は何れも一般的なものであること、上記のように顧客の手元に残ることが予定されていたものであるとして、非公知性も認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年4月14日火曜日

令和7年の営業秘密侵害事犯の検挙状況

先日、警察庁生活安全局 生活経済対策管理官 編の「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。これには、商標権侵害事犯、著作権侵害事犯、不正競争防止法違反等の知的財産権侵害事犯も含む生活経済事犯の令和7年(2025年)の検挙状況等がまとめられています。

令和7年における営業秘密侵害事犯の検挙事件件数は、過去最多の38件となっています。令和5,6年は前年に比べて減少していましたが、令和7は令和6年に比べて大幅に増加しています。
この報告においても「営業秘密侵害事犯としては、転職・独立時に営業秘密に関する情報を持ち出す事犯が多くみられる。」とあり、この傾向は今後変わることはないのではないかと思います。


一方で、相談受理件数は令和7年よりも少なくなっていますが、大きな減少ではなく高止まりとなっています。


なお、検挙人数等は下記のとおりです。
令和7年は検挙法人数が「6」であり、この数は前年に比べて3倍になっています。この理由は、営業秘密を不正に取得した企業に対する処罰感情を有する被害企業が多くなっている可能性が考えられます。
仮にこの検挙法人が転職者の転職先企業であるとすると、他社営業秘密の不正流入リスクがより高まっているともいえます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月31日火曜日

判例紹介:特許権とノウハウの実施許諾契約

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和7年11月6日 事件番号:令6(ワ)1008号)は、特許権とノウハウの実施許諾に関するものです。
本事件は、被告が特許権の専用実施権者であり、原告が特許権者であり、被告の債務不履行を理由として本件実施許諾契約を解除したため、原告が被告に対して原状回復請求権及び民法545条2項に基づき、2160万円等を請求しました。

原告、被告の主張は以下です。
〔原告の主張〕
・・・被告は、「被告において、原告に対して特許権等侵害の主張をしない」といった単なる不作為義務にとどまらず、少なくとも、原告に対し、原告が現実に製品の製造・販売を行うために必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を提供し実施に協力する義務(作為義務)を負っていた。
本件実施許諾契約において実施許諾を受けている「本件特許及びノウハウ」のうち、少なくとも本件実用新案登録及び本件特許2については、その性質上、被告の協力・情報提供がなければ製品化及び販売の準備が不可能であった。すなわち、被告からの必要データや書類の提示、必要な作業に基づく情報提供がない限り、本件実施許諾契約において合意されている原告の実施権の施行、製品の販売は不可能であった。実際にも、被告の営業部長は、原告の従業員宛ての電子メール(令和元年8月2日付け)において、SEECにつき「このままデンケンの製造に移行するのは無理がある」と記載しており(甲22)、必要な情報なしに原告においてSEECを製造することは不可能であると認識していた。
しかるに、被告は上記の協力・情報提供をしないから、このことは、本件実施許諾契約に基づく債務不履行に当たる。具体的には、本件実施許諾契約の契約書に記載の「ノウハウ」には、別紙3及び別紙4の表のうち、「公開情報で対応不可の理由」欄において「公開情報に記載なし」とある部分(ただし、別紙4の12番及び13番を除く。)について、原告に対して情報を提供し、一定の作業を行うことは少なくとも含まれるから、被告にはかかる債務の不履行がある。
 〔被告の主張〕
被告は、本件実施許諾契約上、原告が「本件特許及びノウハウ」の実施に対し権利行使を行わない不作為義務を負うにすぎず、本件実施許諾契約に基づく被告の債務として、被告が製品の製造及び販売に必要な情報等を原告に提供し、その実施に協力する義務(作為義務)は含まれない。仮に、かかる義務が存在するとしても、被告は当該義務を履行している。よって、原告が主張する債務不履行は存在しない。
特許・実用新案の実施許諾に伴い技術情報の開示提供・援助義務が定められることもあるが、そのような場合は契約書において当該義務とその内容及び費用負担の有無が明示的に定められるのであり、本件実施許諾契約においては当該義務が定められていない以上、原告が主張する被告の義務が認められる余地はない。なお、原告が指摘する電子メール(甲22)の記載は、原告が応募しようとしていた国土交通省の技術公募につき、公募期間内に原告製のSEECで応募することは時間的に間に合わないという趣旨にすぎない。
特許権は特許明細書に記載されている技術情報だけでは実施できない可能性があることはよく知られており、特許権と共にノウハウも実施許諾してもらうことが一般的です。原告は、被告からノウハウの提供がなかったと主張し、被告はノウハウの提供は実施許諾契約に含まれていない、と主張しています。

ここで、実施許諾契約には下記のように「本件特許及びノウハウ」の定義が行われています。この契約内容を見る限り、「本件特許」が実用新案1件と特許権2件であることは明確ですが、「ノウハウ」が何であるかは特段の定義が無いように思えます。
イ 定義(1条)
なお、前記第2の本判決における略称と区別する趣旨で、本件実施許諾契約において定義された略称はかぎ括弧でくくることとする。
(ア) 「本件製品」
「本件特許及びノウハウ」を使用して原告が製造・販売した製品及びその部品をいう。
(イ) 「本件特許及びノウハウ」
「本件製品」に関して被告が本契約締結日現在所有している次のものをいう。
① 実用新案登録第3218047号(本件実用新案登録)
② 特許第5883605号(本件特許1)
③ 特許第5951218号(本件特許2)
このような原告と被告の主張に対する裁判所の判断は以下の通りです。
2 争点1(本件実施許諾契約に基づく被告の債務不履行の有無)について
(1) ・・・そして、ここでいう「本件特許及びノウハウ」とは、「本件製品」(「本件特許及びノウハウ」を使用して原告が製造・販売した製品及びその部品)に関して、被告が保有している本件特許等(本件実用新案登録並びに本件特許1及び同2)を指すものと定義されている(1条)。
こうした本件実施許諾契約の定めからすれば、同契約上、被告は、原告が本件特許等を実施して、製品及び部品を製造・販売することを許諾し、原告はこれに対する対価として消費税を含めて2160万円を支払ったものであり、被告において、これを超えての情報等を提供することで、原告による上記製造・販売に積極的に協力すべき法的義務まで負うものではないと解するのが相当である。
(2) これに対し、原告は、本件実施許諾契約上、被告には上記のような許諾に伴う権利不行使の不作為義務にとどまらず、少なくとも、現実に製品の製造・販売に必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を原告に提供し、実施に協力する義務(作為義務)が存在する旨主張する。
この点、本件実施許諾契約において、「本件特許」との表現ではなく、「本件特許及びノウハウ」との表現が用いられていることに着目すれば、一般の用語・用例として、特許発明に含まれない情報等も契約の目的となっている旨の原告の主張の趣旨自体が理解できないわけではない。しかしながら、前記のとおり、本件実施許諾契約の定義規定(1条)においては、「本件特許及びノウハウ」とは、本件特許等(本件実用新案登録並びに本件特許1及び同2)を指すことが明確に定義されているもので、これを超えた何らかの情報等まで上記文言に含まれることに言及する定めは見当たらない。・・・
このことは、原告が指摘する序文(被告が有している特許及びノウハウを原告と共同して発展させることを目的とする。)の存在や、実施許諾の対価として販売実施料が定められていること(3条)により左右されるものではない。また、前記前提事実(3)のとおり、本件実施許諾契約の契約書は原告自身が作成・用意したものでもあることからしても、原告の真意に反する文言や定義が用いられていると解することは困難である。
・・・
(4) したがって、被告において、現実に製品の製造・販売に必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を原告に提供し、実施に協力する義務(作為義務)が存在することを前提に、被告がかかる義務を履行しないことは本件実施許諾契約に基づく債務不履行に当たるとする原告の主張は、理由がない。
裁判所も「本件実施許諾契約において、「本件特許」との表現ではなく、「本件特許及びノウハウ」との表現が用いられていることに着目すれば、一般の用語・用例として、特許発明に含まれない情報等も契約の目的となっている旨の原告の主張の趣旨自体が理解できないわけではない。」とも述べていますが、やはり、実施許諾契約にノウハウの定義やノウハウを示す情報が含まれていないため、被告が原告にノウハウを提供する義務はないと判断しています。
また、裁判所は「本件実施許諾契約の契約書は原告自身が作成・用意したものでもあることからしても、原告の真意に反する文言や定義が用いられていると解することは困難である。」とも述べています。このことは、原告が被告との力関係に基づいて不利な条件で契約を結ばされていないことを、裁判所が暗に述べているのかなとも思います。

また、そもそも原告はなぜ提供して欲しいノウハウを示す情報を定めなかったのでしょうか?例えば、inpitのサイトでは「特許及びノウハウ実施許諾契約書」として、ノウハウを含む技術情報を特許権と共に実施許諾する場合のひな形が公開されています。本事件では、令和元年5月20日に実施許諾契約を締結したようなので、このようなひな型を見つけることは難しくなかったと思ういます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信