2026年3月22日日曜日

判例紹介:特許権侵害訴訟の中で争われた営業秘密侵害

今回紹介する裁判例(東京地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令元(ワ)16120号)は、特許権侵害訴訟の中で争われた営業秘密侵害についてです。

まず、原告と被告翔友会は、平成24年6月21日付け合意書(甲9)により、原告が開発・製造する手術用縫合糸及び結紮糸である「YOUNGS LIFT」(以下「原告製品」という。)の販売、供給及び技術諮問等につき、以下の内容を含む契約(本件契約)を締結しました。
ア 原告の義務(1条)
 原告は、原告製品の生産を開始した後、最優先として被告翔友会にこれらを供給し、原告製品を利用した各種施術に関して被告翔友会の方で円滑に進められるように製品の構成、機能、使用方法及び手術方法等の技術を誠実を尽くす。
イ 最優先利用義務等(2条)
 被告翔友会は、原告製品を利用した施術が極大化及び普遍化されるようにマーケティングや教育、技術移転のプロセスなどに最善を尽くして参加し、原告製品を利用した施術を同種施術において最優先的に施行する。
ウ 秘密保持義務及び秘密情報の目的外使用をしない義務
 被告翔友会は、原告製品と関連し、原告又はその代理人から取得した下記4条ロ秘密保持対象の情報を被告翔友会以外に公開又は漏洩しないように徹底して秘密管理する(3条)。
被告翔友会は、本件契約締結後、原告製品を用いた美容整形術を被告医院において実施するようになりましたが、平成25年10月頃には原告製品の購入を停止しました。そして、 被告翔友会は同年11月頃から、アイサポート社から縫合糸等を輸入し、「フェイスアップ」と称する美容整形術(フェイスアップ施術)を実施するようになりました。また、被告翔友会は、平成30年6月頃には、被告製品2を輸入して施術するようになりました。また、被告医院所属の医師は、原告製品の取引を中止した直後の平成25年11月19日以降、アイサポート社が納入した被告製品1の構成部品をRacer Technology社が組み立てた製品である「Face Up」を、アイレンズ社を介して輸入しました。この被告製品1,2が原告の特許権を侵害品とされています。

さらに原告は、本件契約の締結に先立つ平成24年6月の商談において、被告翔友会に対して原告製品の試作品と共に原告紹介資料を交付し、その後、本件契約を締結した上で少なくとも平成25年8月頃までは、原告の被告翔友会所属医師に対する技術指導や原告及び被告医院の各医師間での技術面での相談等が行われていたようです。この行為は、原告から被告翔友会に対して、原告製品等を使用した施術に関するノウハウ等を提供していたと認められています。
そして、被告翔友会は、CS社等の訴外の複数社を通じて本件発明1の技術的範囲に属する被告製品1を輸入して使用していました。さらに、原告による原告製品の提供も専ら被告翔友会に対してのみ行われていたものであり、CS社が原告製品を市場等被告翔友会以外の者から入手できる状況にあったとは考え難いため、CS社が本件発明1の技術的範囲に属する被告製品1の部品を製造するに当たっては、被告翔友会から原告製品の提供があったものと裁判所によって推認されています。
このような、被告翔友会による原告製品そのもの及びこれに関する情報(本件情報)の開示行為は、本件契約所定の秘密保持義務等に違反したものといえる、と裁判所によって判断されています。


ここで、裁判所は本件情報の営業秘密性についても判断し、その営業秘密性を認めています。
特に秘密管理性については、被告翔友会に対して上記本件契約に基づく秘密保持義務を課していることで認められています。その他に裁判所は「また、原告製品は施術後に患者の体内で吸収される素材からなることに鑑みると、原告製品の全体又は一部が患者に対する施術後に一般に流通するといった事態も考え難い。」とも認定しています。
ここで、営業秘密保有者(原告)が製品を製造販売することで、当該製品に使用されている営業秘密が公知となる可能性があります。しかしながら、本事件では、「原告製品が施術後に患者の体内で吸収される素材からなること」により秘密(非公知)の状態が維持されていると裁判所は認定しています。特に、本事件の原告製品は、秘密保持義務のある被告翔友会にしか供給(販売)されなかったようなので、原告製品が被告翔友会に販売されたことで公知となったことにはなりません。

なお、このように本件情報の営業秘密性を裁判所は認めたものの、本件情報の差し止め請求については以下の理由から認めませんでした。
本件特許1の設定登録がされたことにより、本件情報のうち当該公報に記載されたものについては、非公知性を失ったものといえる。また、仮にこれにより本件情報の全てが非公知性を失ったのでないとしても、残余の部分がなお営業秘密として保護すべきものであることの具体的な主張立証はない。このため、本件情報は、平成28年8月以降は営業秘密に当たらないものというべきである。そうである以上、原告の不競法3条に基づく請求については、その余の点について検討するまでもなく、いずれも認められない。これに反する原告の主張は採用できない。
特許出願することで発明に係る自社開発技術は公開されます。仮に営業秘密としていた技術情報が特許明細書の実施形態等に記載されていると、特許公開公報等の発行によって公知性を失います。上記のように訴訟において、特許公開公報には記載されていない営業秘密については、原告による主張立証が必要となります。
本事件において、なぜ原告が主張立証を行わなかったのかは分かりませんが、特許権侵害に対して原告の主張が認められることが確定的であり、必要以上に自社の営業秘密の関する情報を開示することを嫌ったのかもしれません。現に本事件は判決として、被告製品の輸入、使用、廃棄、及び被告らに対して48億2473万0566円や21億1610万9319円や損害賠償が認められています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月15日日曜日

知財戦略:知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性

筆者が提案する知財戦略カスケードダウンが生成AIと親和性が高いのではないかと思い、Copilotに聞いてみました。

Ⅰ. 知財戦略カスケードダウンと生成AIの二面的親和性


知財戦略カスケードダウンは、事業目的から知財戦術までを階層的に整理し、上位概念と下位概念の因果関係を明確にしながら戦略を構築する手法です。この手法は、複雑な事業構造を体系化し、知財活動を事業戦略に結びつけるための枠組みとして有効に機能します。一方、生成AIは、概念の分解・再構築、抽象と具体の往復、論理的整合性の保持、網羅性の確保、複数案の生成、文章化といった形式的な処理を得意とします。
これらの特徴を踏まえると、知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性は、形式的構造のレベルでは非常に高い一方で、事業の本質理解や経営判断を要する本質的構造のレベルでは限定的であると考えられます。ここでは、この二面的な親和性を整理するとともに、本質的構造において人間がどのように生成AIを補完し、代替するのかについて考察します。

Ⅱ. 形式的構造における親和性:生成AIが強みを発揮する領域


知財戦略カスケードダウンは、 ①事業目的 → ②事業戦略 → ③事業戦術 → ④知財目的 → ⑤知財戦略 → ⑥知財戦術 という階層構造を前提とします。生成AIは、自然言語処理の内部で階層的な意味構造を扱うため、上位概念を下位概念へと分解する作業を自然に行うことができます。このため、事業目的から知財戦術への論理的なブレークダウンを高速かつ整合的に生成できる点で、両者は構造的に強い親和性を持ちます。
知財戦略カスケードダウンでは、抽象度の異なるレイヤーを行き来しながら戦略を構築する必要があります。事業目的は高度に抽象的であり、知財戦術は具体的かつ実務的です。生成AIは、抽象概念の要点を保持しつつ、具体的な施策へと変換する能力に優れています。また、生成AIは、具体的な施策から抽象的な目的を再構築することも可能であり、抽象と具体の双方向変換が求められる知財戦略カスケードダウンとの適合性は高いと言えます。

知財戦略カスケードダウンの難しさは、各階層間の因果関係を破綻なく維持する点にあります。生成AIは、文章生成の過程で前後関係や論理的整合性を自動的に評価し、矛盾のない構造を形成することができます。そのため、事業戦略と知財戦略の整合性、事業戦術と知財戦術の一貫性など、人間が見落としがちな論理的ギャップを補完しながら戦略を構築できます。

さらに、知財戦略カスケードダウンでは、上位目的に対して下位施策が十分に網羅されているかどうかが重要です。この点に関して生成AIは、大量の事例やパターンを参照しながら推論するため、一般的に必要とされる要素の抜け漏れを検出しやすい特性を持ちます。これにより、戦略構築における網羅性が高まり、人間が陥りがちな部分的・断片的な戦略形成を回避することができます。

そして、知財戦略の策定には、複数の選択肢を比較し、最適な戦略を選択するプロセスが不可欠です。生成AIは、異なる前提条件や視点に基づく複数の戦略案を短時間で生成できるため、比較検討の幅を広げることができます。また、複数案の統合や差分分析も容易であり、戦略の質を高めるための思考支援ツールとして有効に機能します。

知財戦略カスケードダウンは、最終的に文書として整理されることが多い手法です。生成AIは、階層構造を保ちながら論理的な文章を生成する能力に優れており、戦略文書、提案書、社内説明資料などの作成を効率化できます。特に、論文調・ビジネス調・技術調など、文体の切り替えが容易である点は、知財戦略の文書化において大きな利点となります。

以上の点から、形式的構造のレベルにおいて、知財戦略カスケードダウンと生成AIは極めて高い親和性を持つと言えます。

Ⅲ. 本質的構造における限界:生成AIが代替できない領域


一方で、知財戦略カスケードダウンの核心部分は、生成AIが代替することが難しい領域です。第一に、知財戦略は事業の本質理解を前提とします。ここでいう本質とは、単なる事業内容の説明ではなく、企業が市場においてどのような価値を提供し、どのような競争優位を構築しようとしているのかという深層的な構造を指します。生成AIは、言語パターンに基づく推論は行えますが、経営者の意図や企業文化、長期的なビジョンといった非言語的・暗黙的要素を理解することはできません。
さらに、知財戦略カスケードダウンでは、目的・戦略・戦術の間に厳密な因果構造を設計する必要があります。生成AIは、相関に基づく推論を行うため、もっともらしいが誤った因果関係を構築するリスクを内包しています。知財戦略においては、「なぜその知財施策が事業目的の達成に資するのか」という因果の筋道が重要であり、この設計は依然として人間の戦略的思考に依存します。
また、知財戦略は企業固有の制約条件を前提とします。具体的には、組織能力、資本制約、技術成熟度、社内政治、リスク許容度、レピュテーションなど、多様な要素が絡み合います。生成AIは、これらの企業固有の文脈を十分に把握することができず、一般論に基づいた提案に留まりがちです。
そして、知財戦略は経営判断そのものであり、「どこを守るか」「どこを開放するか」「どこに投資するか」「どこを捨てるか」といった価値判断を含みます。これらは、法的・技術的合理性だけでなく、倫理的判断や長期的な企業観にも依存するため、生成AIが代替することはできません。


Ⅳ. 人間による代替と補完:本質部分をどう担うのか


本質的構造における限界を踏まえると、知財戦略カスケードダウンにおいて人間は、生成AIが担えない領域をどのように代替・補完するかが重要になります。
人間は事業の本質を定義し、事業目的を言語化します。この段階では、経営者や事業責任者が、企業の存在意義、市場におけるポジショニング、長期的な方向性を踏まえて、上位目的を設定します。生成AIは、この入力を前提として初めて有効に機能します。
そして、人間は因果構造の設計者として機能します。生成AIが提示する複数の戦略案やカスケード構造を参照しつつ、「どの戦略が本当に事業目的に資するのか」「どの知財施策が実際に競争優位を生むのか」を評価し、因果の筋道を取捨選択します。このプロセスでは、経験知や直感も重要な役割を果たします。
次に、人間は企業固有の制約条件を統合します。生成AIが生成した案に対して、「この組織で本当に実行可能か」「社内の抵抗はどうか」「既存のパートナーシップと矛盾しないか」といった観点から現実適合性を検証し、必要に応じて修正します。
そして人間は最終的な経営判断を下します。生成AIは選択肢を提示し、論理的な整合性や網羅性を補完しますが、「どの道を選ぶか」を決めるのは人間です。この判断は、リスク許容度、企業文化、社会的責任、長期的なブランド価値など、多数の非定量的要素を含むため、生成AIが代替することはできません。
このように、人間は生成AIを「戦略案生成と構造化のエンジン」として活用しつつ、本質的な理解・因果設計・制約統合・最終判断という中核部分を担うことで、知財戦略カスケードダウンの質を高めることができます。

Ⅴ. 結論:形式的親和性と本質的限界を踏まえた生成AI活用の位置づけ


以上の検討から、知財戦略カスケードダウンと生成AIの親和性は、形式的構造のレベルでは極めて高い一方で、本質的構造のレベルでは限定的であることが明らかになりました。生成AIは、階層構造の分解、抽象度の変換、論理整合性の補完、網羅性の確保、複数案の生成、文書化といった領域で強力な支援ツールとして機能します。しかし、事業の本質理解、因果構造の設計、企業固有の制約条件の統合、最終的な経営判断といった領域は、人間が担うべき中核的役割として残ります。
したがって、生成AIは知財戦略カスケードダウンの「形式的プロセスを加速・高度化する補助装置」として位置づけることが適切であり、戦略そのものを自動生成するエンジンとして捉えるべきではないと考えられます。この役割分担を前提とすることで、生成AIは知財戦略策定の質と速度を向上させつつ、人間による本質的な戦略思考を補完する有効な手段となり得ます。

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2026年3月1日日曜日

特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移

近年の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移のグラフです。特許出願件数は特許庁の報告から取得し、研究開発費は総務省統計局の調査結果から取得しています。

日本企業の研究開発費は、2023年、2024年にかけて順調に増加しています。特許出願件数も増加していますが、これはソフトバンクによるAI関連の出願が1万件以上行われたようであり、その影響も大きいかと思います。
このため、2023年と2024年の特許出願件数の増加は、日本企業の研究開発費が増加しているからとは言い難いようにも思えます。
なおソフトバンクは、2023年、2024年において各々2ヵ月程度の間に大量に特許出願したようです。そして、2025年の11月の特許出願件数は前年同期比で34.8%の増加、12月には前年同期比で166.6%の増加となっています。この増加は異常であり、もしかしたらソフトバンクによるAI関連の特許出願がまた大量に行われたのかもしれません。
いずれにせよ、特許出願件数と日本企業の研究開発費とはその増減に関係性は低いと思われます。

そして、特許出願件数はピーク時に比べて2/3程度まで減少しており、これは特許出願の多くを行う大企業が特許出願を減らしたからです。これに対して、特許庁等が特許出願を増やすような活動、例えば中小企業に特許出願を促したり、スタートアップに特許出願を促すような活動をしていましたが、あまり効果はなかったようです。
また、しばらく前には、特許出願件数を日本企業の研究開発力の指針の一つのように考える人たちもいたようですが、最近ではそのような考えもなくなってきたような気がします。

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