2026年7月22日水曜日

刑事事件件数の推移

下記のグラフは、毎年、警察庁生活安全局の生活経済対策管理官が編集している「生活経済事犯の検挙状況等について」に記載の営業秘密侵害事犯の検挙事件件数に基づいて作成したものです。


このグラフから分かるように、営業秘密侵害の検挙事件数は2013年の統計開始以降、基本的に増加傾向にあり、2013年には5件程度だったものが2025年には38件にまで増加しています。なお、一つの事件において複数人が検挙される場合もあるようで、検挙人数は検挙事件数よりも多くなっています。
また、検挙法人数に関しては、2015年、2016年に関しては共に4件でしたが、2024年までは0件から2件とのように少なかったものの、2025年は6件になっています。
すなわち、2025年は検挙事件数と検挙法人数とが例年に比べて大幅に増加しています。

2025年に検挙事件数と検挙法人数とが増加した理由は何であるかは定かではありません。
しかしながら、2024年には、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されて共に有罪となった地裁判決、高裁判決がでています。
この事件は、他の営業秘密侵害事件に比べても多く報道されており、営業秘密侵害事件において営業秘密を不正取得した企業や当該営業秘密を不正使用等した従業員も刑事告訴できるということが再認識されたことかと思います。
もしかすると、2025年に検挙法人件数が増えた理由はこの事件の影響かもしれません。

一方で近年の企業は、営業秘密研修等を行うことによって従業員等に営業秘密の不正持ち出しは犯罪であることを認識させているかと思います。そうすると、営業秘密侵害そのものは以前に比べて減少している可能性があると思います。
それにもかかわらず、検挙事件数等が増加しているということは、被害企業の処罰感情が高まっているだけでなく、警察等においても営業秘密侵害の意識が相当高まっていることもあるかと思います。具体的には、警察自身が営業秘密侵害に関するセミナーを企業向けに行っていたりします。このため、以前では受理されなかったり、不起訴等になっていたような事件であっても、現在では起訴される場合もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年6月30日火曜日

営業秘密の流入ルートの違いによって侵害に違いがある?

自社に他社の営業秘密が流入するルートはいくつかあると思います。その一つが中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むというルートです。そして、中途採用者が持ち込んだ他社の営業秘密が自社で開示等されると、不正競争防止法第二条1項八号等違反になり営業秘密侵害であるとなります。
不正競争防止法第二条1項八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
一方で、例えば取引先から自社へ競合他社の営業秘密を渡される場合というのも少なからずあります。これは取引先の担当者が他社の営業秘密に関する意識が相当に低く、深い意図なく若しくは良かれと思って渡してくる可能性があります。
渡し方は、唐突にメールに添付する形や、当該取引先に伺ったときに印刷物を渡されるという方法でしょうか。自社としては、取引先が渡してきたものであり、とりあえず受け取るという形になるかと思います。
このよう場合に、取引先から取得した他社の営業秘密を自社内で開示等すると、営業秘密侵害となるのでしょうか?

ここで、取引先から取得した営業秘密の侵害の有無について判断した裁判例(知財高裁平成30年1月15日判決 事件番号:平29(ネ)10076号、東京地裁平成29年7月12日判決、事件番号:平28(ワ)35978号)があります。

この事件は、原告(控訴人)の営業秘密である「配向膜用光学アライメント装置仕様書」(本件各文書)を被告(被控訴人)が不正に取得したとして、不競法2条1項8号違反を理由に使用や開示の差止等を求めたものです。 
本件各文書は、原告が台湾企業や中国企業と秘密保持契約を締結して開示したものであり、原告製品の製品概要、仕様等が記載されていると共に各丁に「CONFIDENTIAL」との記載があります。被告は、どのようにして本件各文書を入手したかは明らかにしていませんが、営業活動等の過程で入手したようです。
そして、本件各文書には、原告製品の情報と共にCONFIDENTIALとの表示があることから、被告はこれが原告の営業秘密であることが容易に理解できたとも言えるでしょう。


これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。
よって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものとは認められないこと,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,被控訴人が不正開示行為等を重大な過失により知らなかったことと関係がないとはいえず,控訴人の主張は採用できない。
・・・被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問い合わせるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえないから,控訴人の主張は採用できない。
上記のことから、裁判所は本事件において営業活動で取得した他社の営業秘密の取り扱いについて、以下のように判断しています。
1.本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当する。
2.本件各文書のCONFIDENTIALの記載のみをもって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない。
3.本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に,控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素となり得る。

すなわち、通常の営業活動において取得した営業秘密かもしれない他社の情報であっても、CONFIDENTIALとのような記載程度では注意義務の程度は低く、取得したとしても大きな問題はないとの判断のようです。一方で、当該情報を実施すると当該他社に深刻な不利益を生じさせる可能性が有る場合には要注意のようです。

このように、営業活動によって他社の営業秘密を取得した場合は、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込んだ場合とは違い、注意義務がかなり低いようです。すなわち、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込むことに対しては注意義務が相当高いと言えるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年6月16日火曜日

特許に係る技術の「実施」と営業秘密の「使用」の違い

他社が保有する特許権の侵害と他社の営業秘密の侵害とは似て非なるものです。
営業秘密の侵害が特許権の侵害と同様であると考えると、大きな間違いを犯す可能性があります。

まず、特許権の侵害とはどのようなものでしょうか。
特許権の侵害の判断は、特許請求の範囲に記載された構成要件を基準として行われます。
まず、請求項を個々の構成要件に分説し、それぞれの技術的意味を特許請求の範囲の記載、明細書、図面および出願時の技術常識を踏まえて解釈します。
次に、被疑侵害製品又は方法(イ号製品等)と各構成要件とを対比し、イ号製品等に対して各構成要件が充足されているかを検討します。この際、すべての構成要件が充足されている場合には、いわゆる文言侵害が成立します。一方で構成要件のうち一つでも充足しないものがあれば、原則として文言侵害は成立しません。

例えば、請求項1がA、B、C、Dの構成を有している場合に、この構成要件A、B、C、Dの全てをイ号製品等が充足している必要があります。仮にイ号製品等が構成要件A、B、Cを含んでいるものの、構成要件Dを含んでいなければ、これは特許権の侵害とはなりません。
また、他社の特許権と同じ効果を有して製品であり、構成要件A、B、Cを満たしているものの、構成要件Dの代わりに他社の特許請求の範囲に含まれない構成Eに置き換えられていると、この製品は侵害品となりません。

このように、特許権の侵害の有無は、特許請求の範囲の構成に基づいて厳密に判断されます。このため、他社の特許権に係る技術範囲を回避し、似て非なる技術を実施することも場合によっては容易であったりします。

さらに、特許法には以下の条文があります。
第六十九条
特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
このことは、他社の特許権に係る技術であっても、営業目的で製品を製造・販売する目的ではなく、特許発明の内容を検証したり、改良技術の開発のために実験・分析を行ったりする行為は、原則として特許権侵害にはならないというものです。


一方で、営業秘密の侵害はどうでしょうか?ここでは、中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に自社に持ち込んだ場合を想定します。
不正競争防止法の第2条第1項第8号は下記のように規定されています。
第二条第1項第八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記規定の末尾に「開示する行為」とあります。この開示とは、不正に取得した他社の営業秘密を誰もが閲覧可能なようにサーバに保存したり、社内においてメールで送信したりする行為です。営業秘密の不正行為には、使用だけでなく、このような開示行為も含まれます。この開示行為は、特許権の侵害にはありえないものです。

さらに、営業秘密の不正使用も特許権の侵害のように厳密に判断されるものではありません。不正取得した営業秘密を参考にする程度でも不正使用になる可能性があります(大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)。
例えば、特許権の侵害では、他社の特許権に係る技術を参考にして、特許権の技術範囲に含まれない異なる技術を新たに開発することは、特許権の侵害にはなりません。
しかしながら、他社からの不正取得した営業秘密を参考にして、異なる技術を新たに開発することは営業秘密侵害となる可能性があります。

このように、営業秘密侵害は、侵害とされる範囲が特許権侵害に比べて非常に広い可能性があります。この違いを理解せず、営業秘密侵害とされる範囲を特許権侵害と同様であると判断し、不正取得した営業秘密を開示や使用したりすると、取り返しのつかない事態になり得ます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信