2025年4月23日水曜日

判例紹介:民事訴訟における営業秘密の不正な持ち出しの有無判断

営業秘密保有者から示された者による営業秘密の不正な持ち出しについて、刑事罰を課すためには「領得」(不法な取得)の要件が明示されています(不競法第21条第2項)。一方で、民事的責任を課すための不正競争の定義である第2条第1項第4号~10号では「領得」の要件は明示されていません。
今回紹介する判例(大阪地裁令和7年1月27日判決 事件番号:令5(ワ)9115号)は、「領得」の要件が明示されていない民事訴訟において被告が営業秘密を不正に持ち出したか否かについて判断したものです。

本事件は、障害児通所支援事業等を行う原告の元従業員であった被告が発達障害の生徒を対象とする塾サービスを開始し、その際に原告の営業秘密である顧客情報を使用したというものです。なお、この他にも原告は被告による競業避止義務違反等も主張しています。

まず、原告は被告による営業秘密(本件情報)の不正使用を以下のように主張しています。
6 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
 【原告の主張】
(1) 本件情報の秘密管理性
原告は、雇用契約書上、本件情報のような顧客情報について退職後も含めた守秘義務を負わせ、就業規則67条においても、正当な理由なく開示したり、利用目的の範囲を超えて使用したりすることを禁止していた。また、原告は、このような本件情報について、原告が用意した鍵付きの書庫で保管し、持出しを禁止し、その旨、従業員に指示していた。さらに、放課後等デイサービスの従業員又は管理者は、法令上、正当な理由なく、業務上知り得た障害児又はその家族の秘密を漏らしてはならないことが定められている。
よって、本件情報は営業秘密に該当するものとして管理されていた。
(2) 被告らによる使用等
被告らは、最終の出勤日であった令和4年7月31日に、本件情報を持ち出し、これを用いて原告を利用する児童又はその保護者に対し、被告事業へ転塾するよう働きかけるなど、不正の利益を得る目的で本件情報を持ち出し、使用した。
一方で、被告は下記のように本件情報の持ち出しを否定しており、原告から転塾した児童に対しても本件情報の使用を否定しています。
【被告らの主張】
(1) 本件情報の秘密管理性を争う。
原告は、本件情報やこれに関連する書面の作成の有無や保管方法に加え、個別支援計画書の保管場所、現金の保管場所等の日常的な業務体制すら把握しておらず、原告は、本件情報を秘密として管理していなかった。
(2) 被告らは、本件情報を使用していない。
被告らは、本件情報を持ち出していないし、これを被告事業のために使用もしていない。被告事業の塾に転塾した児童もいるが、これは、いずれも、自らの意思によるものや、通学の便宜等を踏まえてのものであり、被告らが本件情報を使用して勧誘等をしたからではない。

これら原告と被告との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
5 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
本件情報が営業秘密(不正競争防止法2条6項)に当たるかどうかはともかく、本件において、被告らが本件情報を持ち出したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は、被告らの最終出勤日の時点で、本件情報が見当たらなかったことや、原告を利用した児童の一部が被告事業に通塾したこと等を指摘するが、本件情報が見当たらなかったと認めるに足りる証拠はないし(むしろ、真実そうであるなら原告の管理不十分というほかない。)、マーブル北野田校を利用した児童の一部が被告事業に通塾したことは、被告らが当該児童と面識があることからすると本件情報の持出しに関わらず生じ得ることであって、本件情報の持出しや利用を推認させることにはならない。
以上の次第で、争点6に関する原告の主張は理由がない。
本裁判において原告は、被告が本件情報を不正に持ち出したこと、被告が本件情報を不正に使用したことを客観的に証明できていないことから、上記の裁判所の判断は妥当であると思われます。

この事件から理解できることは、自社の営業秘密等の秘密管理措置を適切に行う必要があることです。何時誰が当該営業秘密にアクセスしたかが明確に分かるように営業秘密は管理されなければなりません。
例えば、デジタルデータ化した営業秘密をサーバに保管してアクセスログを管理する、紙媒体であれば鍵付きのキャビネット等に保管して施錠管理して閲覧する場合には記帳する等です。
しかしながら、本事件において原告はこのような秘密管理措置を行っていなかったようです。

一方で、不正に持ち出した手法等が必ずしも明確でなくても、不正使用を証明できれば民事的責任を問うことが可能かもしれません。
例えば営業秘密が顧客情報の場合、退職者(転職者等)が顧客情報に記載されている多数の顧客に対して直接営業を行った場合等です。このような場合、例えば転職者の人的な繋がりを超えた多数の顧客に対して、退職者が営業を行ったことが証明できれば、当該顧客情報の不正使用が推認される可能性があります。具体的には、顧客情報の保有企業に対して「退職者から営業電話等があった。」とのように複数の顧客から問い合わせがあった場合には不正使用が推認される可能性があります。

本事件において仮に被告が顧客情報である本件情報を不正に持ち出して使用したのであれば、原告の顧客である児童や保護者からこのような問い合わせがなされたでしょう。しかしながら、そのような事実も主張されていないことからも、被告による本件情報の不正使用はなかったと思われます。

なお、本事件は、被告らが原告在職中に被告事業のウェブサイトを開設する等の準備行為を行い、有給休暇期間中に被告事業の開始に至っていることから、少なくとも雇用契約において信義則上負う競業避止義務には違反したと、裁判所は判断し、原告には1万7160円の損害が生じたことを認めています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年4月14日月曜日

転職者による前職の営業秘密の流入防止と流入時の対応

営業秘密のリスクとして流出リスクと流入リスクがあります。流出リスクと流入リスクは共に転職者によってもたらされる可能性があります。
すなわち、流出リスクは、自社からの転職者(退職者)が他社への転職時に自社の営業秘密を不正に持ち出すことであり、流入リスクは、自社への転職者(転入者)が前職の営業秘密を不正に持ち込むことです。

ここで、営業秘密の流入リスクの対策として、自社への転職者に対して前職の営業秘密を満ち込まないことの誓約書(不正流入防止誓約書)を求める企業も少なからずあるようです。
この誓約書を拒む転職者は存在するとは考え難く、全ての転職者がサインをするでしょう。そして、仮に既に前職の営業秘密を不正に持ち出した転職者に対しては、当該営業秘密を自社へ持ち込むことを躊躇させることになるかと思います。しかしながら、この誓約書にサインしたとしても、前職の営業秘密を自社に不正に持ち込む転職者が存在する可能性があります。そして、実際に当該転職者が前職の営業秘密を自社に持ち込んでしまったら、どうするべきでしょうか。

まず、前提として、他社の営業秘密を不正に使用等することは違法行為(犯罪)であるということを自社の従業員や経営層が認識する必要があります。仮にこのような認識が無い場合に、転職者が前職の営業秘密を自社内で不正に開示すると、それが自社内で拡散し、使用されることになるでしょう。その結果、自社が営業秘密侵害により民事的責任又は刑事的責任を負うだけでなく、それを使用した従業員も民事的責任又は刑事的責任を負いかねません。
一方で、自社の従業員や経営層が上記の認識を持っていれば、他社営業秘密の拡散等を防止できるでしょう。

具体的には、転職者から他社営業秘密を開示された従業員は、速やかに上司等に報告します。このとき、上司等にメールでその内容を報告したり、他社営業秘密であるデータをメールに添付することは避けるべきでしょう。
その理由は、そのような行為が意図せず自社内での当該他社営業秘密の拡散を招くためです。もし、cc等で複数人にメールを送ることを常としている従業員である場合、一度のメールで複数人に拡散させる可能性もあります。
このため、他社営業秘密を開示された従業員等は口頭で上司等に報告するべきでしょう。また、報告を受けた上司等は、営業秘密の担当部署に速やかに報告します。この担当部署は、法務部又は知的財産部となるかと思います。


そして、担当部署は、報告した従業員及び転職者から他社営業秘密を受け取り、厳重にアクセス管理されたサーバ等に保管します。当該他社営業秘密が紙媒体等でしたら、キャビネット等に鍵をかけて保管します。さらに、従業員がメールで他社営業秘密を受け取っていた場合には、当該メールを担当部署立ち合いのもとで削除します。これにより、自社内で他社営業秘密が拡散することを防止します。

そして、転職者が持ち込んだ他社営業秘密が真に営業秘密であるかの判断を行う必要があります。
具体的には、他社営業秘密と考えられる情報が非公知性を満たしているかを判断します。仮に転職者が持ち込んだ情報が公知である場合には、営業秘密ではないので自社でも自由に使うことができます。また、公知である場合には、転職者による当該情報の持ち込みは誓約書に反する行為ではないので(必ずしも望ましい行為ではないですが)、処罰の対象とはならないでしょう。
この判断は、自社内で行うのではなく、特許事務所や法律事務所に依頼するべきでしょう。仮に自社内で判断を行った結果、それが非公知性を満たしていたら、当該他社営業秘密の内容を詳細に知る者が自社内に存在することになります。その場合、他社営業秘密の保有企業から当該他社営業秘密の不正開示や不正使用の疑いを掛けられかねません。
なお、転職者が「当該情報は前職で秘密管理されていなかったので、営業秘密ではない」と主張する可能性もあります。しかしながら、この主張が真実であるか否かを客観的に調べる術はありません。このため、このような転職者の主張を真に受けてはいけません。営業秘密であるか否かは、客観的な判断が可能である非公知性の有無で判断する必要があります。

一方で、転職者が持ち込んだ情報が真に非公知、すなわち真に営業秘密である場合には、誓約書に反したとして当該転職者を解雇等します。また、転職者の前職は、既に当該営業秘密が不正に持ち出されたことを検知している可能性もあります。このため自社がこの不正な持ち出しに関与しておらず、自社内での不使用等を主張するためにも、前職に対して通知することの検討も必要でしょう。

他社営業秘密の不正使用は刑事的責任も負う可能性がある犯罪であるため、万が一自社に他社営業秘密が不正に持ち込まれた場合には、このように細心の注意を払って対応するべきです。
このためにも、自社の従業員に対して、営業秘密の不正流出はもちろん、不正使用等も違法行為であることを周知し、かつ他社営業秘密が不正流入した場合の対応策も事前に準備する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年3月31日月曜日

判例紹介:機密保持義務における機密情報とは?

営業秘密と機密情報とは意味が似ているようにも思える文言ですが、営業秘密は不正競争防止法で定義されている一方、機密情報は法的には定義されていません。
今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年10月10日 事件番号:令4(ワ)8300号)は機密保持義務における「機密情報」の解釈に関するものです。

本事件は原告の運営するサービスに関する販売代理店契約(本件契約)を締結した被告会社に対し、被告会社が販売代理店として取得した同サービスに係る営業上の機密事項や営業手法を利用し、これと類似する事業を行ったとのように原告が主張した事件です。

まず、本件契約における機密保持義務は以下であり、その内容は一般的な内容であると考えられます。
キ 機密保持(15 条)
(ア) 被告会社及び原告は、本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し、又は第三者に開示してはならない。(1 項)
(イ) 前項により課された機密保持義務は、以下の情報については適用されないものとする。(2 項)
・相手方による開示又は提供以前に公知となっている情報(1 号)
・相手方による開示又は提供の時点において既に自己が所有していた情報(2 号)
・相手方による開示又は提供の後に、自己の契約違反、不作為、懈怠又は過失等によらずに公知となった情報(3 号)
・相手方から開示又は提供されたいかなる情報にもよらずに独自に開発した情報(4 号)
・何らの機密保持義務を負担することなく第三者から合法的に取得又は開示された情報(5 号)
(ウ) いずれの当事者も、本件において機密とされた情報について複製を作成しようとする場合には、相手方の事前の承諾を得るものとする。(3 項)
(エ) 本条による機密保持義務は、本契約終了後も存続するものとする。(6 項)
そして、原告は以下のようにして、被告会社に開示した情報(本件提案書及び本件報告書サンプル)が機密保持義務の対象であること、及び被告会社による機密保持義務違反を主張しています。
ア 被告会社は、本件契約により、原告の業務上の情報につき、同条 2 項各号の適用除外事由に当たらない限り機密として扱うべき義務を負い、原告の承諾なく、本件契約の目的外使用ないし複製をすることは禁止されている(15条1項、3項)。本件提案書及び本件報告書サンプルは、各データのファイル名に「【confidential】」と記載され、かつ、パスワードが付されていたほか、本件提案書の各ページにも同旨の記載がされ、販売代理店に限って提供されていたものであるから、いずれも本件契約15条の機密保持義務の対象となる。
にもかかわらず、被告会社は、別紙類似性・情報使用一覧記載のとおり、原告に無断で本件提案書の記載内容を使用ないし複製してレキシル事業の提案書(以下「レキシル提案書」という。)を作成すると共に、本件報告書サンプルを使って、レキシル事業の報告書のフォームを作成した。
したがって、被告会社は、本件契約に基づく機密保持義務に違反する。
イ 本件契約 15 条は、法律上保護される情報よりも広く本件事業に関する情報を保護対象とするものであるから、同条の「機密」は不競法2 条 6 項の「営業秘密」とは異なる。仮に両者が同じ内容のものであるしても、本件提案書及び本件報告書サンプルには上記記載のとおりの措置が施されており、「営業秘密」の要件である秘密管理性、有用性及び非公知性のいずれをも充たす。
これに対して被告会社は以下のように主張しています。
本件契約の機密保持義務の対象は、原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られるというべきであり、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。
しかし、本件提案書に記載された内容は競合他社も用いる一般的なものであり、原告固有の情報はなく、機密保持を課すことが合理的に必要なものとはいえず、秘密管理性も認められない。
したがって、本件提案書及び本件報告書サンプルの記載内容はいずれも本件契約15 条の機密事項に当たらず、本件契約 15 条違反は成立しない。
また、レキシル事業の営業用資料の中には、本件事業の説明文言やその成果物であるレポートの報告項目に類似する部分はあるものの、サービスの概要を説明するための形式的なものであるし、レポートの記載内容も、利用者が一般的に求める情報が記載されているのみで、原告独自の事項は含まれないから、本件事業のノウハウを流用したとはいえない。また、レキシルレポートのひな形は被告会社が採用フィルター事業の報告書を参考にグラフを追加したものであるが、情報収集・分析をするのは企業情報センターであり、被告会社による機密保持義務違反はない。
被告会社は、「本件契約の機密保持義務の対象は、・・・不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。」とのように主張し、原告と争っています。なお、被告会社は上記のように「非公知性」については言及していません。本件提案書及び本件報告書サンプルに対する「非公知性」までも否定することは難しかったという被告会社の判断なのでしょうか。


上記のような原告と被告会社との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
2 争点 1-2(被告会社の機密保持義務違反の成否)
(1) 前提事実及び前記各認定事実によれば、被告会社は、本件契約に基づき、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し…てはならない」という機密保持義務を負う。しかるに、被告会社は、上記のとおり、本件事業に関して原告から提供された資料に示された情報をもとにレキシル提案書その他レキシル事業に関する資料等を作成し、レキシル事業に使用したものと理解される。
具体的には、本件提案書及び本件報告書サンプルは、いずれも本件事業の内容や、営業手法について記載されたものであり、機密事項であることがそのデータファイルのファイル名等に明記された上で、被告会社に対し、本件事業の販売代理店として営業活動を行う上で必要なものとして原告から提供されたものである。したがって、これらに記載された情報は、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の…営業上その他の業務上の情報」すなわち「機密」(本件契約 15 条 1 項)に当たる。しかるに、被告会社は、本件契約締結の前後に原告から本件提案書その他の資料の提供を受ける一方で、原告との本件契約締結から約 2 か月後に企業情報センターと被告 OEM 契約を締結してレキシル事業を開始したところ、レキシル提案書には、本件提案書記載の「Web の専門手法と心理学的知見」という特徴的というべき文言を含め、別紙類似性・情報使用一覧記載の下線部部分のとおり、全く同一の文言を使用した説明箇所が複数存在する。こうした経緯やレキシル事業に関する資料等の記載を踏まえると、被告会社は、少なくとも、原告から取得した本件提案書等をレキシル提案書等の作成に当たって流用ないし参照したものとみるのが相当である。
したがって、被告会社は、本件契約上「機密」とされる原告の固有の「営業上その他の業務上の情報」を「本契約の目的以外に使用し」たものといえ、原告に対する本件契約上の機密保持義務に違反したものと認められる。
(2) これに対し、被告会社は、本件契約の機密保持義務の対象は原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られ、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定されるところ、資料中の類似する文言等はこれに当たらない旨など主張する。しかし、本件契約 15 条 1 項の文言上、機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。その他被告会社が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告会社の主張は採用できない。
このように、裁判所は「機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。」としつつ、被告会社による機密保持義務違反を認めています。
そもそも原告は上記のように、機密保持義務の対象に対して秘密管理措置を行い、この対象は有用性及び非公知性も有していると主張しており、被告はこれに対する明確な反論は行えていません。そうすると、本事件において機密保持義務の対象が営業秘密であるか否かにかかわらず、本件契約 15 条 1 項に原告が被告会社に開示した情報は機密であるといえるでしょう。

一方で、このような機密保持義務の対象となる情報は営業秘密であるとする裁判所の判断もあります。このような事例では、取引先に開示した情報が営業秘密でいうところの非公知性を有しているか否かが判断され、非公知性を有していないとして機密保持義務の対象ではないと判断されています。


すなわち、機密保持義務の対象は営業秘密であるか否かが本質的な議論ではなく、当該機密保持義務の対象が既に公知となっているか否かが重要であると思えます。そして、わざわざ機密保持義務まで締結して開示された他社の情報は、非公知である蓋然性が高いと考えられるでしょう。従って、機密保持義務を締結して受け取った取引先の情報は、機密(秘密)であるとして扱い、目的外使用をしないことが重要かと思います。

なお、本事件において機密保持義務違反による損害については裁判所は以下のように、機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない、と判断しています。
また、本件契約上、機密保持義務については契約終了後も存続する旨の規定が存するところ(15 条 6 項、21 条)、同条にはその存続期間に関する定めがないことなどに鑑みると、そもそもその効力につき疑義なしとしない。その点を措くとしても、本件契約終了後において、レキシル事業に係る被告会社の営業活動を通じた顧客獲得に起因して本件事業の顧客獲得機会を原告が喪失したことなど、原告に損害が発生したことをうかがわせる具体的な事情の存在は、証拠上認められない。すなわち、仮に原告に何らかの損害が発生していたとしても、それと被告会社の本件契約上の機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない。

弁理士による営業秘密関連情報の発信