また、退職者に対して競合他社等に転職してほしくない、独立して競合他社になってほしくないとして、競業避止義務を負わせる企業もあるかと思います。
転職者に対する「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」、これは今後、転職が益々当然のこととなるビジネス環境にとって、企業における人事活動の新たな課題ではないでしょうか。
そして「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」はセットになる場合が多々あります。
ここで紹介する裁判例は、そのような「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」に絡んだ事件として非常に参考になると思われるものであり、知財高裁令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)10016号)です。
本事件は、東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が、元従業員である被控訴人が控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは、被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反し、また、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したことは不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号,5号又は8号)に当たる等と主張しているものです。
ここで、控訴人の就業規則には、下記の規定があったとされています。
1.社員は、退職後も競業避止義務を守り、競争関係にある会社に就労してはならない。
2.社員は、退職または解雇後、同業他社への就職および役員への就任、その他形態を問わず同業他社の業務に携わり、または競合する事業を自ら営んではならない。
裁判所はこの規定に対して、「この定めは,退職する社員の地位に関わりなく,かつ無限定に競業制限を課するものであって,到底合理的な内容のものということはできないから,無効というほかはない。」と判断しています。
ちなみに、本判決では、競業避止義務が認められる場合を以下のように定義しています。この定義は、競業避止義務に対する一般的なものです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
退職者に対する競業の制限(以下「競業制限」という。)は,退職者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるから,個別の合意あるいは就業規則による定めがあり,かつその内容が,これによって守られるべき使用者の利益の内容・程度,退職者の在職時の地位,競業制限の範囲,代償措置の有無・内容等に照らし,合理的と認められる限り,許されるというべきである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして本事件において裁判所は、「被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には、退職後2年間、国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから、これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。 」とも判断しています。
さらに、被控訴人と控訴人との間には、競業避止に関して入社時誓約書において下記のような合意をしていたとのことです。本事件では、これに基づいても争っています。
1.被控訴人は、退職後2年間は、在職中に知り得た秘密情報を利用して,国分寺市内において競業行為は行わないこと。
2.秘密情報とは,在籍中に従事した業務において知り得た控訴人が秘密として管理している経営上重要な情報(経営に関する情報,営業に関する情報,技術に関する情報…顧客に関する情報等で会社が指定した情報)であること。
ここで裁判所は「秘密情報」の意義について下記のように判断しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記入社時誓約書の記載によれば,入社時合意における「秘密情報」とは「秘密として管理」された情報であることを要することが理解できる。また,入社時誓約書の秘密情報に関連する規定は,その内容に照らし,不正競争防止法と同様に営業秘密の保護を目的とするものと解される。そして,入社時誓約書には「秘密として管理」の定義規定は存在せず,「秘密として管理」について同法の「秘密として管理」(2条6項)と異なる解釈をとるべき根拠も見当たらない。そうすると,入社時誓約書の「秘密として管理」は,同法の「秘密として管理」と同義であると解するのが相当である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、裁判所は、入社合意時における競業避止義務について、「2年という期間と国分寺市内という場所に限定した上で,秘密管理性を有する情報を利用した競業行為のみを制限するものと解されるから,職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものではなく,その制限が合理性を欠くものであるということはできない。」として、入社時合意は被控訴人の職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものであって無効であるという被控訴人の主張を認めませんでした。
すなわち本事件では、就業規則における競業避止義務は、無限定に競業制限を課するものであって合理的な内容ではないため認められなかった一方、入社時合意における競業避止義務は、「2年」という期間の制限、「秘密管理性を有する情報を利用した競業行為」という制限を有していることから合理的な内容であるとして認められたと解されます。
なお、ここでいう「秘密情報」は、「秘密として管理」されていれば良いようであり、不正競争防止法2条6項で定義されている「営業秘密」としての「有用性」及び「非公知性」は判断されておりません。
すなわち、ここでいう「秘密情報」は「営業秘密」ほどの要件を必要とはしないと解されます。しかしながら、競業避止義務の制限とされる「秘密情報」であるので、「有用性」は必然的に満たしているでしょうし、技術情報でなければ「非公知性」も満たした情報であるでしょう。
実際、本事件の秘密情報とされる顧客の「施術履歴」も顧客獲得に用いることもでき、かつ「施術履歴」は一般的に公知となるようなものではないので、営業秘密の要件でいうところの「有用性」と「非公知性」は有していると思われます。
しかしながら、本事件では、「施術履歴」に対する秘密管理は認められず、これにより、被控訴人(一審被告)の競業避止義務違反も認められませんでした。
長くなってきたので、この続きは次回に。
弁理士による営業秘密関連情報の発信